66 絶叫する師弟
コースに入った。
が、いきなり全開走行したりはしない。
車自体の慣らしの意味合いもあるが……
「なんと!? これは馬よりも早いのではないか?」
ドワーフの親方ボッシュが目を白黒させている。
弟子のヨハンは声にこそ出していないが驚愕を顔に張り付かせていた。
「でしょうねえ。すごいものですよ、これは。革新的な乗り物じゃないですか」
ゴーレム職人のエドガーは驚きはしているが同時に余裕も感じられる。
先に渡したゴーレム化の術式の仕様書からパワーを算出して自動車の性能におおよその見当をつけたのだろう。
人型ゴーレムではないので正確に把握している訳ではあるまいが。
故に本気を出した場合にどんな反応をするかは読めない。
師弟コンビよりはマシだと思いたいところである。
とにかく、1周回って車の挙動もコースの感触も把握できた。
車の方は前世の経験から修正は難しくなかったもののコースの方は想定通りとは言い難い。
タイヤの食いつきやハンドルから伝わる振動などから思った以上に硬質な感触があったのだ。
綺麗に舗装されたアスファルトの道路と大差ないんじゃないかと思われる。
原因はこのあたりの地質を考慮せずゴーレムたちに整備させたことだろう。
自転車で走ったときから薄々はそうじゃないかとは思っていたんだけど重量のある4輪車で走ると明確に感じるね。
おかげで慣らしで走っている間に車体がズルズルと滑ることはなかった。
予定ではすでに後部座席から悲鳴が聞こえているはずだったんだけど思い通りには行かないものである。
「シド、ずいぶんと手ぬるいじゃない」
模型自動車の運転映像を散々見ている姉からも指摘されてしまいましたよ。
しかしながら、姉はひとつ大事なことを見落としている。
「姉さん、これは模型とは違うんです」
「それがどうしたのよ」
「ここまでサイズが違うと挙動は大きく変わるんです」
「だとしても、あからさまに運転しづらくなった訳ではないでしょう」
「決定的に違うのは人を乗せているか否かという点です」
「そうね。それで?」
「シートパッドのような保安器具があっても絶対じゃありません。不測の事態がないよう最初にコースや車の感触をつかんでおく必要があるんですよ」
俺の説明は終わったが姉はすぐに何かを言うことはなかった。
頭の中で情報を整理しているのだろう。
そんなに長々と待たされることはなかったけどね。
「……つまり、事故を起こさないよう限界を見極めていると?」
「ええ、そうです。加害者でありながら被害者になるのは嫌ですからね」
俺がそう返事をすると姉は虚を突かれたように目を見開いたかと思うと次の瞬間には苦笑した。
「シドも乗っているんだから、そうなるわね」
「でも、感じはつかんだので2周目からはペースを上げていきますよ」
そして、2周目に突入する。
アクセルの踏み込みをジワリと増やした。
いきなり全開走行にはしない。
その方がインパクトはあるとは思うけどタイヤのグリップが失われる限界を見極めてからでないと事故につながりかねない。
「うおっ、スピードが上がったじゃと!?」
「そんなバカな……」
親方のボッシュは車が今まで以上に加速したことに驚き弟子のヨハンは愕然としている。
まだまだ限界と言うには程遠いんだけどねえ。
それを理解できているのかエドガーは静かなものだ。
そんなこんなで3週目に入る頃には大体の限界もわかるようになっていた。
「そろそろ仕上げと行きますかね」
「いよいよ本気なの?」
助手席の姉が楽しげな笑みを浮かべて聞いてくる。
「ええ。ここから先は喋ると舌を噛んでしまうかもしれませんから、そのつもりで」
「わかったわ」
笑みを不敵なものに変えて返事をしたエレオノーラは首を横に向け背後へ視線を送ると──
「聞こえていたわね。静かにしていないと痛い目を見るわよ」
後部座席の面々にも忠告していた。
今ひとつ理解できていないようでキョトンとしている師弟コンビ。
この調子では俺たちの会話は何ひとつ耳に入っていなかったか。
いざとなればシートパッドが働いてくれるだろうから大きな問題になることはないだろう。
それに対して頬を引きつらせているのがエドガーだ。
想定を超える走りになりそうだと焦っているのかもしれない。
悪いが、元より予告なしで本気のドライブをするつもりだったのだ。
姉の配慮のおかげで覚悟を決める猶予が与えられただけマシだと思ってもらいたいものである。
俺からは何も声をかけずにアクセルをグッと踏み込んでいく。
今までとは違い一気に次のコーナーと掘り下げたコースの壁面が迫る。
「ぶつかるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「嘘だろぉ─────────────っ!?」
師弟コンビがうるさいったらありゃしない。
ギャーギャーと騒がないエドガーを見習えと言いたい。
もっとも騒がないだけで真っ青な顔をしているけどね。
コースアウト防止のために掘り下げてコースを作ったけどスピードによっては恐怖をあおることになるようだ。
まだ本気のほの字も見せていないんだけどな。
ブレーキを踏んで減速しハンドルを切ってコーナーを抜けていく。
さほどキツいコーナーではなかったので車体をドリフトさせることもなかった。
にもかかわらず師弟コンビはこの世の終わりのような顔をしている。
エドガーは壁面にぶつかることなく曲がれたので安堵していた。
これで終わりじゃないんだけどねという俺の心の中の声は後部座席の面々には届かない。
届いていなくても聞こえたかのようにワクワクしているのはエレオノーラだ。
やはり何度も模型自動車の走りを見ているのは大きい。
次のコーナーが迫る。
角度はさほど急ではないがクランク状になっているためスピードが出ていると難易度は跳ね上がる。
ガツンとブレーキング。
車体の荷重バランスが変化したところでハンドルを切ると車のリアが滑り出し始める。
反対方向へのハンドリングでそれを抑制。
「うおおおぉぉぉぉぉっ、滑ってるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
「ギャアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ─────────ッ!!」
こんなのはまだ序の口だというのに相変わらずうるさい師弟だ。
一つ目のコーナーを抜けたところで眼前に壁面が迫ってくる。
次のコーナーまでの距離がほぼないためスピードに乗っていると衝突の危機を迎えてしまう訳だ。
ブレーキで対応しようにもドリフト中ではスピンしてしまうのがオチである。
このスピードのまま次のコーナーを抜けるしかない。
師弟コンビからすると自殺行為のように見えたのだろうが、こちらとしては予定通りなので慌てず騒がず次の挙動に入った。
アクセルワークでクンッと車体の向きを変える。
今度は逆側にリアが滑り出すのでハンドルでカウンターを当ててクランクコーナーを抜けていった。
「実際に乗ってみると面白いわねえ。今のがドリフトって言うんでしょ?」
姉は余裕の表情で聞いてくる。
「ええ、まあ。僕はそう呼んでいますよ」
やはり模型自動車で車の挙動を理解していただけはあるようだ。
たとえ初見だったとしても姉であれば後部座席の面々のように恐怖で表情を凍り付かせるようなことはないんだろうけど。
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