↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/197

65 うるさい師弟

 助手席のドアを開けエレオノーラに視線を向ける。


「姉さん、どうぞ」


「あら、いいの?」


 意地の悪い笑みを浮かべながら聞かれた。

 後部座席より助手席の方が視野を妨げるものがない分だけインパクトがあるからなぁ。

 こういう席は己の仕事を全うしなかった鍛冶職人の弟子ヨハンにこそ乗せるべきだと言いたいのだろう。

 相手が貴族ならそれも考えたんだけどね。


「助手席が上座ですから」


「それじゃあ、しょうがないわね」


 俺の説明に抗弁することなく姉は素直に乗り込んだ。

 それどころか楽しみで仕方ないと言わんばかりの無邪気な笑みを浮かべていたよ。

 初めて模型自動車を走らせてから何度もせがまれたくらい走行時の眺めが気に入ったみたいだからなぁ。

 実車で走るとなれば今まで以上にワクワクしてしまうのだろう。


「さて、残るはあなた達です」


 後部座席のドアを開けて乗るように促すが、姉のようにすんなりと乗ってはくれない。

 この期に及んで尻込みしているようだ。


「早くなさい。こちらも暇じゃないのよ」


 助手席から冷ややかな目を向けてくる姉である。

 雷が落ちる数秒前と言ったところか。


 それを見た親方ドワーフのボッシュは弟子の首根っこを引っ掴んで飛び込むように乗り込んだ。


「ちょっ、何するんスかぁ!」


「うるさいわいっ、このバカ弟子がっ!」


 ボカッと殴る音が聞こえてきた。

 現代日本であれば確実にパワハラ案件であるが異世界にそんなものは存在しない。

 まあ、ヨハンが余計なことをする気配がないので俺としては楽でいいんだけど。


 残るはゴーレム職人のエドガーである。

 とはいえ何処かの親方と弟子のコンビと違って慌ただしくする様子はない。

 先の2人が乗り込むのを確認すると、そうするのが当然であるかのようにスルッと車に乗り込んだ。


 もしかして上座になるのを遠慮していたのだろうか。

 結果として最適な席順になった訳だし掘り下げて聞くつもりはない。


 乗せるべき者が乗ったのであれば待つ必要はなくなった。

 俺はドアを閉め運転席側に回り込んで車に乗り込む。


 そして、流れるような所作でシートパッドを下ろす。

 これはジェットコースターの安全バーに近いものでシートベルトとエアバッグの機能を合わせ持っている。

 ピタリと体に密着するが圧迫感はないし急激な力が加わらない限りは動きを阻害しない。

 とはいえ、シートベルトほどの自由度はない。


 一方でシートパッドの良いところは、どの乗車位置でも同じようにエアバッグを展開させられることだ。

 同じ作りをしているのだから当然である。

 これによりコストを下げられるのは言うまでもない。

 デメリットに目をつむってでも採用したのはこれが理由である。


 あと運転席側の操作ですべてのシートパッドを上げ下げできるのも利点と言えるだろうか。

 自分で上げることもできるが下がっていないと走行できないので、より安全に乗ることができると思う。


 俺が操作して残りの座席のシートパッドを下ろしたのだけど……


「なんじゃ、これは!?」


「俺たちを拘束するつもりかっ!?」


 師弟コンビがギャーギャーと喚き始めてしまった。

 妙なところで息がピッタリなんだな。


 そして、エドガーも抗議はしてこないものの青い顔をしている。

 まさかまさかの反応に嘘だろと言いたくなった。

 俺が現代的な乗り物に慣れきってしまったせいなんだろうけど、こんなにも拒絶反応があるとは夢にも思わなかったよ。

 事前に説明しておかなかったのは手痛いミスだ。


「どういうつもりですかな!?」


「こんなことは許されない!」


 うるさいが構っている暇はない。

 座席の位置調整をしてハンドルとペタルに手足が届くようにしないといけなかったし。

 ハンドルが大きいと子供の体では操縦しにくいので小さくする必要もあった。

 Hパターンのシフトレバーも伸長しないと操作しづらいんだよね。

 そして、俺があれこれと調整している間もうるさい2人は止まらない。


「冗談じゃないですぞ!」


「ふざけるな!」


 親方が親方なら弟子も弟子。

 受け継いでいるのは技だけではなかったようだ。

 騒々しいったらありゃしない。

 姉と相対することがなくなったので圧が減ったのが原因かもしれないな。


 今までは蛇ににらまれた蛙だった訳か。

 とにかく調子に乗った奴らを黙らせるべく調整をさっさと終わらせて走り出したいところだけど、うるさくて仕方がない。

 イライラすると思っていたら……


「お黙りなさいっ!!」


 エレオノーラが鋭く一喝した。

 苛ついていたのは俺だけじゃなかった訳だ。

 見なくても姉が怒気を膨らませているのが分かる。

 これがマンガだったら[スゴゴゴゴゴ!]みたいな描き文字が見られたことだろう。


 さすがに喚いていた奴らも静かになった。

 バックモニターには顔を青くさせて縮こまっている2人が映っている。

 走る前から思い知らせてしまうのは勘弁してほしいんですがね。

 そうは言っても軽く注意するだけでは止まらなかっただろうし仕方ないかな。


 なんにせよ調整は完了した。

 後は走って思い知らせるのみである。


「車、出しますよ」


 そう言ってからシフトをローに入れアクセルを軽く踏み込む。

 まだコースには入っていないので徐行運転だ。

 本番はコースインしてからでいい。


「うっ、動いた!? どうなってるんだっ? 信じられない!」


 鍛冶師の弟子ヨハンが驚きをあらわにする。

 奇しくも、このオッサンが馬なしで車が動くとは思っていなかったことが証明されてしまった。

 今更な話だけどね。


 他の客の反応はというと……

 ヨハンの師匠であるボッシュも騒ぎ立てこそしなかったものの目を見張っていた。

 それに対してゴーレム職人のエドガーは静かなもので少しも驚いていない。

 どうやら事前に渡されていた術式の仕様書からこの車がどういう代物なのかを理解していたみたいだ。


 そして、我が姉エレオノーラはというと子供のように瞳をキラキラさせていた。

 実車のリアルな光景と模型自動車の映像ではライブ感が違うようだ。


「コースに入ったら馬車よりも速く走るので、そのつもりで」


「楽しみね」


 姉はワクワクした表情を崩さずにそう言った。

 果たしてそれが最後まで続くだろうかというのは少し意地の悪い発想かもしれない。

 シートパッドの装着で騒いだ2人ならばアウトだと思うし騒がなかったエドガーも微妙なところだ。


 わかりやすい反応をした師弟に対して単身で静かに乗り込んできたエドガーがどんな反応をするかは未知数である。

 姉と違って最初から無愛想な顔をしていたけど最後までそれが貫けるかどうか。

 エドガーには車に対する予備知識が少ないから難しいんじゃないかな。


 そういう意味ではエレオノーラは、ずっとワクワクしたままでいてくれそうな気がしている。

 模型自動車の走りを見て知っているわけだし。

 あれは事前情報として申し分のないものだ。

 実車との間に差異を感じるだろうけど、より迫力を増すことになる訳だから期待外れに終わることだけはないと思う。


 そのあたりは実際に全開走行してみれば分かることだ。

 果たしてどうなるかな。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。