64 シド、姉に叱られる
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない……」
ゴーレム職人であるエドガーがひたすら同じ言葉を呟いている。
これは壊れてしまったか。
一時的なものだと思いたいところだが、最悪の場合は魔法で回復させる他あるまい。
それと、俺としてはそこまで強烈なことをした自覚はないんですがね。
こちらとしては困惑することしきりである。
どうしてこうなった?
とはいえ、俺が自動車をゴーレム化させたせいでエドガーは正気を失ったというか現実を受け止め切れなくなったというのは事実である。
困った俺は姉の方へ視線を向けた。
助け船を求めた訳ではなく姉ならば状況を把握できているだろうかという思いがそうさせたからだ。
それは正しい選択ではあったが、あまり歓迎したくない結果が待ち受けてもいた。
「シド、あなたが怒っているのは分かったわ。けれど、ちょっと本気を出しすぎじゃないの?」
呆れた様子でエレオノーラが言ってくる。
しかしながら、それは誤解だ。
いや。まるきりの誤解という訳でもないのだけど。
怒っているのは事実なので否定はできない。
けれども本気だったかという点においては訂正が必要だった。
俺としては周りにドン引きされないよう魔力は抑え気味にしてゴーレム化を実行したつもりだ。
出力を絞っても並列で魔法を同時制御すれば完了までの時間は大幅に削減できる。
本気を出せばさらに大幅な時間短縮ができたとは思うけれど、それだとゴーレム職人以外の面子まで情緒不安定になりかねない。
なんにせよ本気じゃなかったなんて言えない訳で。
「そうなんですか?」
変に誤魔化すとボロを出すかもしれないので、とぼけてみることにした。
「そうなんですかって、あのねえ……」
エレオノーラは呆れたと言わんばかりに嘆息した。
「何処に魔法を多重制御できる子供がいると言うのよっ」
「あれ?」
魔力を出力した量じゃなくて、そっちなの?
俺がエレオノーラの言葉に意外そうな顔をしていると、姉の眉がキリキリと吊り上がっていった。
怒らせるようなことなのだろうか。
わからん。
「いいかしら」
どすを利かせるとまでは言えないものの低く抑えた声で少しばかり凄んできた姉がズイッと顔を寄せてくる。
殺気や怒気は感じなかったので怒っている訳ではなさそうだ。
おそらく聞き漏らすことは許さないという意思表示なんだろう。
不真面目な返しは許されない雰囲気である。
「なんでしょう?」
「普通は大人でも多重制御なんて軽々しくできるものじゃないのよ」
「はあ」
そんなに難しかったっけ?
つい生返事になってしまったのは、その疑問が湧き上がってきたからだ。
それが良くなかったのか一瞬だけど姉のこめかみに青筋が浮き上がる。
「大抵の魔法使いは、ふたつだけでも同時に制御しようとすると失敗する恐れがあるのっ」
つまり、それだけ難しい技術であると言いたい訳か。
「三重に制御してミスなく成功させられるなんて尋常じゃないのよ」
声の大きさは普通なんだけど念押しするように語気を強めて言われてしまった。
「それなのに涼しい顔でいくつも展開させて。少しは自覚なさいっ」
ピシャリと言われてしまった。
非常識だと言いたいんだろうけど──
「そうなんですね」
としか言えない。
事実を誤認していたのは間違いないし前世の経験から理解はできる話ではある。
けれども制御がやり過ぎだったという実感はわいてこないのだ。
姉の言いたいことは分からなくもないんだけど、自分に当てはめて考えるとなると今ひとつピンとこない。
魔法を多重制御するということは並列で思考することに等しいのだけど、数多ある前世において鍛えてきたからね。
ずっとノロマと罵られてきたから少しでも行動を素早くするにはそれしかなかったのだ。
こんな風に言うと何を大袈裟なと思われてしまうかもしれない。
けれども、そうしないと体の反応がどうしても遅れてしまう俺には致命的なミスにつながることも少なくなかった。
特に初期の頃は身体強化だって満足にできなかったし。
もちろん最初から上手くできた訳じゃない。
結果として死んでしまったことだって一度や二度ではなかったさ。
そうやって何度も転生する中でトライ&エラーを繰り返して身につけた。
だからこそ姉の言うことが骨身に染みて分かるはずなんだけど、どうもしっくりこない。
今となっては二重や三重くらいでは制御を意識したりしていないことが影響しているのかもしれない。
理屈では大変だと理解していても己の感覚が受け入れられないと言うべきか。
文字通り死ぬ思いをしているはずなんだけど。
今の状態に慣れてしまって遠い過去の感覚が思い出せなくなっているのかもしれない。
とにかく、姉に尋常じゃないと言われても大変さを実感しづらいのは事実だ。
スキルの有無によって行動が制限されたりされなかったりするゲームのような感覚とでも言えば良いだろうか。
だとすると、俺の場合は多重思考や並列思考のようなスキルを持っていることになるのだろう。
でもってスキルにもレベルがあって姉の言う大抵の魔法使いはスキルのレベルが低いということになるか。
「本当にあなたって子は……」
またしてもエレオノーラに嘆息されてしまった。
先程と異なるのは今ので姉がクールダウンしてしまったことだ。
なにかしら俺に言い聞かせたかったようだけど諦めてしまったらしい。
「言いたいことは分かりましたよ。今後は自重すれば良いのですね?」
「ええ、そうよ」
ちゃんと確認したのに疲れ切った表情で投げやりな返事をされてしまいましたよ?
そんなに姉を気疲れさせてさせてしまったのか。
ちょっと反省だ。
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しばらく様子を見てもエドガーが復帰してこなかったので魔法で回復させた。
それなりに時間を使ってしまったのでゴーレム化の魔法を多重展開していなかった場合と時間的な差はあまりなかったかもしれない。
世界が変わろうと世の中とはままならないものである。
ここから車に乗り込んでコースを走る訳だが、あまり時間がない。
鍛冶職人の弟子であるヨハンに思い知らせることだけを考えるなら問題にはならないのだけど。
最初から慣らしも考えずに全開ドライブを披露することで他の同乗者がどうなるやらといったところだ。
あまり考えたくないような結果が待ち受けていそうで正直に言うと少し怖い。
ヨハンはともかく同乗者には同情を禁じ得ない。
え? それはヨハンも同じだろうって?
姉を怒らせた輩に配慮とか遠慮などは無用なのだよ。
完全にとばっちりだけど皆には少し我慢してもらうとしよう。
などと悠長に考えていた自分はカルチャーギャップを甘く見ていたと言わざるを得ない。
まさか乗車から走り出すまでに軽く一波乱あると思わないだろう?
読んでくれてありがとう。
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