62 残念な弟子
「親方さん、あんな真似をされちゃあ姉が怒るのも無理ないんですよ」
背を向けたまま振り返らずに語りかける。
下手に動くと体のバランスが崩れて姉の抜剣を抑え込めなくなりそうだからね。
腕だけじゃ止められないから脇を締め半身で体全体を使って止めている。
この形が崩れると腕力勝負になってしまう訳だ。
そうなってしまうと身体強化をもっと強くかけるしか対抗する術がない。
姉以上のパワーが出るように身体強化をかける?
そんなことしたら子供の体に負担が大きすぎると後で叱られそうだよ。
実際は保護をかけながらやっているのでノーダメージなんだけど、そこまで見抜いてもらえるかどうかは微妙なところだ。
確信が持てないなら無難に行くべきだろう。
そのせいで声をかけた相手に背中を向けたままという不調法をしてしまっているのだけど。
貴人が相手であればとがめられるところである。
ただ、この対応には予想外の効果まで付随していたらしい。
背後から息をのむ気配が伝わってきたのが、その証拠だ。
突然現れ姉を止めたことで子供なのに得体の知れない強者として認識されたか。
舐められずに済むなら好都合。
「なんのための設計図だとお思いですか」
すでに姉の説教で言及されているとは思うけど、あえて蒸し返す。
「それは……」
渋い声が聞こえてきたものの残念なくらい力感がなかった。
哀れに思えるほどの言い淀みっぷりである。
だからと言って特大級のやらかしをチャラにはできないけどね。
それに声の主からは後悔している空気がひしひしと伝わってきたものの、同時に平然としている気配もある。
見なくても中年男だとわかる。
親方が平身低頭な精神状態であるにもかかわらず弟子がこれとはね。
もしかして弟子じゃなくて協力している工房の主とかだったりするのだろうか。
いや、だったらドワーフの横に並び立つはずだ。
普通は自分の師匠が頭を下げる状況になったら弟子が何事もないかのように振る舞うことなどできないと思うのだが。
若ければ向こう見ずな態度を取ることもあるだろうが、どう見てもオッサンだったしなぁ。
こういう手合いを相手になあなあにしてしまうと、ますます調子に乗らせてしまうだろう。
「こちらの指定を無視するなら注文通りにしてくれる工房に依頼し直すまでです。その場合、当家の認定は取り消されますがね」
認定外の工房になるということは潜りになるということだ。
領内でまともに仕事はしていけなくなるだろう。
「それは困ります!」
切羽詰まった調子の声が聞こえてくる。
が、それでもなお彼の斜め後ろにいる人物からは場にそぐわない反抗的な気配しか感じられなかった。
他の面子からはオロオロした空気が伝わってきているというのに、ずいぶんと余裕があるものだ。
何様のつもりなんだろうね。
ん? 何か変じゃないか?
平民が貴族家の人間に対して不遜な態度を取るなど、まず考えられないことだ。
というより、あってはならない。
身分制度を根底から否定するようなものだからね。
それを許せば王制の国家など容易に崩壊してしまうだろう。
もちろん、そんなことは許されるはずもない。
故に平民が貴人に対して無礼を働けば命を落としてもおかしくないことは子供でも知っている。
にもかかわらず、いい年をした大人がこの態度。
何かおかしいと思わない方がどうかしているだろう。
もっと早く気付くべきだったとは思うが。
まあ、気付いたところで結果は覆らないのだけど。
だからこそ変なのだ。
命をかけて抗議しているという雰囲気もない。
ただただ不遜というのは、まるで貴族としての身分を手に入れたかのようだ。
滅多にないことではあるとはいえ皆無という訳でもないのが判断に困るところである。
ここで考え込んでも結論は出そうにないな。
とにかく中年男に明るい未来などないことだけは確定である。
「困ると言うなら、どうすれば良いかは分かるでしょう」
「それは……」
ドワーフの親方は弟子をかばいたい気持ちがあるようで煮え切らない態度を取っている。
中年男は弟子の中でも将来性が見込める口なのだろう。
が、それは判断を間違えていると言わざるを得ない。
どんなに腕が良かろうと客の要望を受け付けない時点で職人として二流にすらなれないのだから。
それが分からなくなるほど親方は目が曇ってしまっているのか。
「もういいわ」
不意に姉が口を開いた。
剣の柄尻から感じていた力も完全に抜けてしまっている。
柄から手が離れているのを見た俺も手を下ろし姉の横に並び立った。
面と向かって見れば、中年男の態度がそっぽを向いてシカトしていた先程よりも悪化している。
不貞腐れた顔を隠そうともせず、だらけた姿勢であらぬ方へ睨み付けるような視線を向けていた。
視線をこちらに向けないという点では同じだが、今の方が何かを言ってやったと言わんばかりで見ていて気分が悪い。
実際、この男は何かバカなことを言ったのだろう。
でなければ姉が抜剣しようとするはずがない。
「残念だけどボッシュ、信頼を裏切った貴方の工房に仕事は任せられないわ」
「お待ちください!」
親方や弟子たちは慌てた様子を見せるが中年男だけは態度が変わらない。
当家からの仕事を受注できなくなっても他から仕事を受ければ済む話だと高をくくっているのだろう。
大した自信だが現実が見えていないな。
領主の家からの信頼を失った時点で世間の評価がガタ落ちになるのは明白だ。
それで仕事が舞い込んでくるなどあるはずがない。
だからこそ親方たちは泡を食っているのだ。
「待たないわ。仕事をする上で何が大事なのかを理解できていない愚か者を解雇するなら考えもするけど」
「コイツは腕はあるんです。最近めきめきと腕を上げてきて調子に乗っているところはありますが、必ず更生させます」
あー、天狗になってる訳か。
「無理ですよ、親方」
あえて俺は口をはさんだ。
中年男が不貞腐れたままで親方の話など耳に入っていないかのようにシカトしていたからね。
こんなので、まともに更生するとは到底思えない。
「師匠であるはずの貴方の言葉すら彼は聞く耳を持つつもりがないようですからね」
そう指摘すると、親方はハッとした顔で振り返った。
にもかかわらず中年男は相変わらずの態度を崩そうとしない。
親方の視線すらまともに受け止めることなく完全に無視している。
「ヨハン!」
そこで初めて弟子がふざけた態度を取っていることに気付いた親方は顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
が、先に姉を怒らせたことを忘れているんじゃないですかね。
どうやら、このドワーフの親方も対人スキルは落第レベルなようだ。
姉が見切りをつけるわけだよ。
「これは弟子の指導を間違えた貴方の責任です」
俺が親方に指摘すると──
「なっ」
親方は驚きながらこちらに振り返った。
「技だけ継承しても工房を続けていくことはできませんよ」
買い手がいなければ職人も食っていけないということを忘れてはいけない。
前世でも何度か見てきたよ。
頑固な職人ほどこの状況に陥りやすいんだよね。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




