61 馬車もどき
保存食でのわびしい昼食を終えた後は、さすがに自転車で走ろうという者は出てこなかった。
待ち合わせの相手を無視することになるのは良くないからね。
で、待つことしばし。
護衛の別働隊が先導する形で待ち合わせの職人たちがやって来た。
時間的にはほどよい感じだったのだけれど待ち人が近づくにつれエレオノーラの機嫌が徐々に悪くなっていく。
「なに、あれ?」
それは誰に向けられたものでもない不満を吐き出すためだけの疑問であった。
険しい表情をしているのを見れば、誰も答えたいとは思わないだろう。
だから俺も含めて誰も返事はしない。
まあ、護衛たちからすれば面と向かって問われたところで何を聞かれているのかは分からなかったとは思うのだけれど。
有り体に言ってしまうと、自動車が自動車でない状態で運ばれている。
自動車と馬車を融合させていると言えば良いだろうか。
タイヤを外して車軸を伸ばし馬車の車輪を車体の側面に取り付けているような有様だからね。
不格好にも程がある。
あの様子じゃ、ゴーレム式のサスペンションは取り付けていないだろうなぁ。
それに車輪が車体に接触するからハンドル操作ができない。
前進か後退かしかできないなんてレールの上を走る列車じゃあるまいし。
自動車がどういうものかを模型で知っている姉が怒るのも至極当然というものだ。
「鍛冶屋の親方を締め上げないといけないわね」
なかなか物騒なことを口走るエレオノーラさん。
俺も「どうしてこうなった?」くらいは言ってやりたいけどね。
「こういうことをする人なんですか?」
「いいえ」
姉は頭を振る。
「そうと分かっていれば発注しなかったわよ。どういう心境の変化なのかしらね」
「忙しくて弟子に丸投げしたとかも考えられる気がしますが」
俺が別の可能性を口にすると姉は顔をしかめながらうなった。
「そっちの方がありそうだわ」
不機嫌さを通り越した虚無の顔で約束の相手が乗っているであろう先頭の馬車に視線を向けるエレオノーラ。
やがて一行が到着し馬車から数人ほどの人が降りてくる。
馬で同行し周囲を警戒していた護衛たちも下に降りた。
ただ、誰も喋らない。
到着の挨拶すらできずにいるのは、いかにも怒っていますと言わんばかりの姉の顔を見せられたせいだろう。
態度は様々といったところか。
職人たちと荷物を護送してきた護衛たちは困惑しつつも冷や汗をかきそうな顔をしている。
情報が絞られているせいでエレオノーラの怒りの理由を把握できないせいだろう。
分かるのは怒りの矛先が職人たちに向いているであろうことだけ。
そんな緊迫感が漂う中で姉の正面に立ったのは背の低い初老の男だ。
強張った表情ではあるものの目力があるところを見ると姉が親方と言っていた人物だろうか。
ヒゲもじゃで筋肉ダルマな姿から察するにドワーフだと思われる。
種族だけ見る感じで鑑定してみたら正解でした。
その隣に並び立つのはヒョロガリという言葉がピッタリな青年だ。
鍛冶職人には見えないのでゴーレム職人だと思われる。
青年はドワーフの斜め後ろに控えている中年男の方をチラ見していた。
何か事情を知っているのか、その視線は多分に呆れが含まれている。
とすると、あの中年男はドワーフの弟子かな。
それにしては態度が尊大というか不貞腐れた感じでそっぽを向いている。
他にもう1人背の低いヒゲもじゃ青年が控えているけど、こちらはしおらしくしていた。
どうやら中年の方が馬車もどきの出来損ないを作ったみたいだな。
設計図面通りの仕事をしないなんて、どういう了見なのか。
態度から察するに自尊心の塊で我が強い性格をしているのだろう。
そのくせ腕前は中途半端と。
設計図面通りに作れない時点で二流にすらなれない。
そういう輩に限って、その気になれば図面通りに作れるとか豪語するんだけど実際は口だけなんだよな。
証明してみせろと言っても何かと理由をつけて作ろうとしないし。
上の人間に命令されるなどして作ることになっても図面通りに仕上げられないことが多い。
「ボッシュ、申し開きはあるかしら」
姉が問いただす態勢に入った。
おそらく説教とセットになるだろうから、すぐには終わるまい。
その間に俺は馬車もどきが何処まで作り替えられているか調べてみるとしよう。
気配を周囲に馴染ませてスッとその場を離れる。
回り込むようにして馬車もどきに近づいた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れ出てしまいましたよ?
タイヤよりずっと大きい車輪のせいで車高が上がってしまっており、どうやって乗るんだよ状態だったからね。
大人であればドアだけは開けられ……
あ、無理だ。車輪が邪魔しちゃってるよ。
サスペンションも確認してみたものの、まるっと省略されていて何にもない。
これじゃあ側だけSUV車の馬車じゃないか。
重くなるから馬車としては使い勝手が悪くなっているけどね。
現にこれを運ぶために馬を4頭も使って牽引していたし。
この調子じゃハンドルとかも省略されていそうで怖い。
決めつけは良くないので確認してみることにする。
車軸の端に足をかけて台のかわりにして車輪を手すりにしつつ中を覗き込む。
「………………」
今度は声も出なかったよ。
ハンドルは予想通りとしてもアクセルやブレーキのペダルまでもが省略されていたからね。
それどころかパーキングブレーキすらない状態だ。
運転席と助手席はベンチシートに置き換わっていたし。
背もたれがあるだけマシかもしれないが、それにも設計図面に記載していた装備が装着されていない。
後部座席も同様だ。
ここまで来ると側だけ別人が作ったと考えた方が良さそうだ。
でなきゃ、ドアの開閉を考慮していない作りになんてならないはず。
仮に想像通りだとしても普通はドアが開かない車輪の付け方をする訳がないのだけど。
製作者は想像の斜め上を行きすぎる奇想天外な御仁のようだ。
これはもう鍛冶職人じゃなくて芸術家にでもなった方がいいんじゃないかとさえ思ったほどである。
なんにせよ、これを作り替えるのは手間がかかりそうだ。
パッと見でこの有様だから何処に手を加えられているか分かったもんじゃない。
側の方までイジられてたら、すべてを素材に戻して一からやり直した方が早いかもね。
「ふざけるんじゃないっ!」
不意にエレオノーラの怒声が飛んできた。
と言っても俺に対する叱責ではなく、職人に向けた怒声がここまで届いただけだろう。
見れば剣の柄に手をかけていた。
ああ、これはダメだ。頭に血が上ってしまっているよ。
仕方がないなぁ。
人死にが出る前に──
「はいはい」
身体強化を使って一瞬で距離を詰め姉の正面に出た。
「「「「「なっ!?」」」」」
主に背後から驚きの声が上がるが誰の声なのかなど気にしている場合ではない。
姉の剣の柄頭を掌で押さえる。
「そこまでですよ、姉さん」
ギリギリのタイミングだったようでグッと強く押し返される感触が伝わってきた。
身体強化を使っているとはいえ、ほどほどだから押し止めるのは結構ギリギリだ。
それでも体の使い方次第で大人の腕力に対抗できる。
姉は歯噛みするが多少力んだくらいで抜剣できるものではない。
体全体を使ってなら話は別だけど。
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