60 爆走姉弟はレッツゴーするか?
エレオノーラが自転車に乗って自動車用のコースをすごい勢いで走っている。
ミニベロでファットタイヤだから最高速なんてたかが知れていると思っていた俺がバカでした。
姉は無意識で身体強化の魔法を使えてしまう人でしたよ。
自転車に乗って走るのが思った以上に楽しかったのかスイッチが入ってしまったらしい。
こうなると止めるのは、かなり難しそうだ。
目の前を通り過ぎていく刹那に止まるように言ったところで耳に届くかどうか。
仮に届いたとして聞き入れてもらえるかは別問題。
仕方ないので追いかけて止めるべく追加で自転車を作ったのだけど。
「こいつぁスゴいぜ!」
「面白え!」
「なんだこれ!?」
「馬みたいに速く走れるじゃないか!」
「ヒャッハー!」
追いかけて止めるはずの護衛たちまでもが激走する事態となってしまった。
1人くらいは真面目に任務を遂行してくれるかと思ったのだけど、ものの見事に予想が外れてしまいましたよ?
それどころか全員がテンション高いし。
中でも1人は何処の世紀末世界に出てくる悪党系雑魚だよとツッコミを入れたくなったほどだ。
「坊ちゃん、あの調子じゃダメっすよ。命令が頭の中からすっぽ抜けてますって」
呆れた声音で俺の背後から話しかけてきたのは俺につけられた護衛の1人だ。
「ですねえ。隊長まで一緒になってはしゃいじゃってます」
もう1人の護衛も同僚の意見に同意する。
もちろん、そんなことは言われなくても分かっているさ。
「自転車のために作ったコースじゃないってのに、あの走りっぷりだからね」
「なんか、すんません」
「うちの隊長まで一緒になって本当に申し訳ありません」
2人してお通夜のように消沈した声で謝ってくる。
「いや。君たちが謝ることじゃないよ」
この2人は俺を護衛するのが仕事だからね。
自転車に乗っている護衛たちの上司だったなら責任者として謝罪するのも道理だけど、両名ともにその立場にない。
彼らの上司は自転車に夢中になっている有様だ。
「坊ちゃん、どうします?」
「それなんだよねえ。このままだと昼抜きで約束の相手と応対しなきゃならなくなる」
「それは勘弁してほしいっすよ。保存食とはいえ食べられないなんて地獄じゃねえですか」
「食べ過ぎもよくないですが食べないのも集中力の低下を招きかねませんからね」
温度差はある発言だが、どちらも昼を抜くのは反対のようだ。
この2人だけじゃなく俺も同意見なんだけどね。
そうなると追加で自転車を作って追うしかあるまい。
俺の護衛たちにそれをまかせるのは同僚たちの二の舞になりはしないかと不安がある。
隊長ですら未だに嬉々として自転車を走らせているからね。
かといって俺自身が追いかけるとなると、子供の体では無理がある。
単に追いつくだけならエレオノーラよりも強力な身体強化を使えば良いだけの話なんだけど、それをしてしまうと無茶をするなと叱られるのが目に見えている。
他にも大人よりも強力な身体強化を使えることについて追及されそうだ。
俺としては叱られることより、しつこく追及される方が面倒で御免被りたい。
いっそのこと自転車じゃなくてバイクを作ってしまうか。
いやいや、それはそれで事態が悪化しかねない。
自動車の時は待ちきれずに試乗しようとは言わなかった姉さんが自転車を軽く勧めただけでドハマりしてるし。
新たな2輪車なんて見せようものなら火に油を注ぐようなものだ。
もちろん、絶対にそうなるとは言い切れない。
姉が自制して止まってくれることだって充分に考えられる。
確率的には低いとは思うけど。
だから可能な限り不安要素は排除すべきだ。
俺の護衛たちには追わせない。
バイクを作って追わない。
これを絶対条件とした場合、俺が自転車で追うしかないが身体強化はほどほどに抑えなきゃならないという縛りもある。
エレオノーラに追いつくには身体強化の他になにかしらの補助手段が必要になるだろう。
アイデアがない訳ではないが、これまた追及されるだろうなぁ。
大人を圧倒する身体強化よりはマシだと思いたい。
とにかく自転車がないことには始まらないので、チャチャッと作っていく。
「もしかして俺たちが止めに行くんですかい?」
「行くなら、どちらかだろう」
「俺、自信ねえなぁ。隊長たちを止めるの忘れて夢中になりそうな気がする」
「仕事中だということを忘れていないか」
「そんなこと言うけど、隊長があんな状態だぜ?」
自信がないと言った護衛が自転車で快走する自分たちの隊長を親指でクイッと指差した。
「あんな子供みたいな隊長なんて初めて見たっての」
「つまり、我々もそうならない保証は何処にもないということか」
「少なくとも俺はダメそうだ。お前は?」
「隊長を見ると絶対大丈夫とは言えない」
「だろぉ?」
護衛の2人がそんなやり取りをしている間に自転車を完成させた俺はサッとまたがってペダルに足をかける。
「えっ、坊ちゃん?」
「何を?」
戸惑う護衛たちを尻目に軽く身体強化を発動。
「ちょっと止めてくる」
そう言い残して自転車でダッシュした。
「そりゃ、ねえっすよぉ」
「危険です! 戻ってください!」
という声が背後から聞こえてきたがフル無視でコースイン。
同時に風属性の魔法ゲイルを発動させる。
これは強風を吹かせるだけの魔法だけど台風なみの風なので傘なんて軽く吹き飛ばせる。
これを自分の背中だけに当たるように調整して後押しさせるのが狙いだ。
魔法が発動すると目論見通りグンと加速していく。
ペダルをこがなくても一気にコーナーが近づいてきた。
このままではコースアウトはまぬがれないというスピードに達していたので自転車のブレーキをかけても減速は間に合わないだろう。
もちろんゲイルの魔法はカットしている。
普通なら万事休すと言うところだが問題はない。
俺は再びゲイルを発動させた。
ただし、風を吹かせる方向はまったくの逆だ。
正面から吹いてきた強風を体の前面で受け止める。
グンと体が飛ばされそうな勢いで減速し、どうにかコーナリングできた。
後はそれの繰り返しだ。
ジャンプ台で飛び過ぎてしまい危うく森へ突っ込んでしまうところだったのは内緒である。
まあ、これだけの勢いがあれば車用のコースで半周の差があったとしても距離を詰めるのは難しいことではない。
前方に団子状態で走る護衛たちの姿が見えた。
おあつらえ向きと言うべきか大ジャンプ台が迫っている。
これを利用して護衛たちを飛び越えごぼう抜きにした。
着地したところで──
「昼だから戻るように」
と言い残しダントツでトップを独走しているエレオノーラを追うべくゲイル発動。
さほど時間をかけず追いつくことができたが簡単には止まってくれなかった。
「止まってください、姉さん」
くらいじゃ当然ダメ。
「お昼食べ損ねますよ」
これもダメ。
「止まれ!」
強く命令口調で言ってみたけど止まらない。
仕方がないのでゲイルで姉を大幅に減速させている間にブチ抜いて俺自身がバリケードになることでブロック。
タイミングがシビアだったけど、どうにか姉を止めることができた。
「あれ? シドじゃない。どうしたの?」
ハイになって自分を見失っていたかのような口ぶりだ。
下手すりゃ俺のブロックを強行突破していたかもしれないな。
「あれ? じゃないですよ」
ホント勘弁してほしいんですが?
読んでくれてありがとう。
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