59 待ち時間に作ったものも非常識なのか
「来ないわねえ」
コースを造成していたゴーレムを解体して作った椅子に腰掛けたエレオノーラが退屈そうに大きな溜め息を漏らした。
「来る訳ないじゃないですか。約束したのは昼過ぎでしょうに」
まだ昼前なんだよね。
コースの造成なんてすぐに終わると言ってあったのに早朝から駆り出された結果がこれである。
「まさか、こんなに早くコースができてしまうとは思ってなかったのよ」
スケールが異なるとはいえ模型自動車のコースをサクッと完成させたことを忘れてませんかね?
まあ、ここでとやかく言ったところで結果は変わらないのだけど。
それよりも今は余った木材で工作するのに忙しい。
「シド、さっきから何を作っているの?」
「自転車ですよ」
「自転車ですって? 自動車ではなく?」
「ええ、自動車ではありません。これは自分の足でペダルをこいで走らせる乗り物、自転車です」
自動車の設計をしていていくつか思いついたことがあったので、この機会に試作してみることにした。
木材は有り余っているし他の素材についても自動車の予備パーツから拝借するので足りないものはない。
「車輪が細いのね」
「人力で動かすものですからタイヤが太いと、こぐ時の負荷が大きくなりすぎてしまうんですよ」
そうは言ったけれどママチャリのタイヤよりは太めに作っている。
砂地でも走れるようにするためだ。
「それにしても奇妙な形の棒がいくつもあるわね。どんな風に組み合わさるのか見当もつかないわ」
奇妙な形の棒とはフレーム、ハンドル、フロントフォークのことだろうか。
まあ、自転車を見慣れた元の世界の住人が見てもフレームは一般的な自転車の形とは異なるのだけど。
上から見ると幅の狭いY字で横からだと線の長さが異なるV字になっている。
ママチャリであればV字ではなく三角になっているが、この部分が思いついたことのひとつだ。
V字の両端とも折れ曲がっており棒状のパーツが差し込まれるようになっている。
短い方がシートピラー──サドルから伸びる棒状のパーツ──を、長い方はフロントフォークを差し込む。
突端の方は後輪の車軸を支える部分になる。
このままでは乗った者の体重を支えきれずに破損してしまうのだが、それをゴーレム化することでV字の突端部分が稼働するようにして衝撃を吸収するようにする。
有り体に言うとサスペンションとして利用する訳だ。
魔力が供給されないまま乗ると壊れてしまうが、さほどパワーを必要としないので出力を絞れば消費も少なくなる。
粉末状にした魔石はフレームの中に仕込んであるから無補給で数十キロは余裕で走れる。
実はサスペンション以外でもゴーレムの機能を使っているのでサスペンションだけなら軽く数倍の距離は走れるだろう。
いや、この機能をカットして走るのは無理か。
ペダルをこいだ回転力を後輪に伝達させる仕組みだからね。
つまり、この自転車は動力伝達のためにチェーンもシャフトも使っていない。
ゴーレムがその役割を担っている訳だ。
これにより構造をシンプルにできるため故障しにくいという利点がある。
ただ、ゴーレム化しないとペダルを回すことさえできなくなるので良いことずくめとはいかない。
ゴーレムにしてはパワーがないので魔力の消耗は少ないけど必須になることに違いはないのは大きなデメリットだ。
あと、ゴーレム職人がいないと完成しないので量産するのが容易ではない。
そのため一般に販売することになった場合は高額化するのは容易に想像できる。
当然、盗難の心配もしないといけない訳で。
これについてはゴーレムと簡易的に契約する形で使用者を限定することで防ぐことはできるけど。
それをすると使い勝手が悪くなるのがネックだ。
「こんな感じですけど」
組み立てが完了しゴーレム化の魔法をかけて完成させた。
「ちょっと、シド。今この自転車とかいうのをゴーレムにしてなかった?」
さすが姉さんは目敏いね。
「しましたよ。構造を簡単にするためです」
「そうなの?」
「ええ。ゴーレムにせず同等品を作ろうとすると故障が増えるでしょうね」
少なくともメンテナンスフリーという訳にはいかない。
可動する部分は摩耗するからね。
主な材料として木材を多用しているので特に気になる点だ。
「そういうものなのね。でも、車輪がふたつだけなのはどうしてなの? 支えがないと倒れてしまうわよ」
「そのアンバランスさで曲がるんです」
そう説明したものの、返ってきたのは言葉の返事ではなく困惑した表情だった。
「意味が分からないわ。どういうことなの?」
「それなら百聞は一見にしかず。見れば分かりますよ」
言いながらゴーレム自転車にまたがり軽く走ってみせた。
走りは軽快そのものでスムーズにペダルをこぐことができる。
そしてハンドルを用いつつ体を傾けた。
「あっ」
姉が思わずと言った感じで声を上げたのは俺が転倒してしまうのではないかと勘違いしたからだろう。
「御心配なく。こうやって曲がる乗り物です」
すいっと曲がって傾きを戻す。
「4輪で走る自動車と違って2輪ではハンドルを切るだけで曲がるなどできませんからね」
姉の前を何度も8の字で走ってみせれば、最初のうちこそハラハラしていたものの徐々に落ち着きを取り戻していった。
更にはどこか落ち着きなくそわそわし始める。
それだけ自転車に興味を持ってくれたということだろう。
「姉さんも乗ってみますか?」
姉の目の前でブレーキをかけ停車する。
エレオノーラの服装はドレスではなくパンツスタイルなので自転車に乗るのに支障はない。
「興味はあるけど、ちょっと小さくないかしら」
問題があるとすれば、姉が懸念しているようにサイズの問題だ。
俺が乗っている自転車は10才児の体格に合わせてあるので車輪も小さく窮屈な感じに見える。
子供用だと思うのも無理はない。
が、前の世界にはミニベロというものがあった。
大人が乗ることを前提にしながらもホイールサイズが小さい自転車だ。
折りたたみ自転車などもほとんどが、このミニベロに分類される。
「御心配なく。ここをこうして──」
姉の体格に合わせておおよそでサドルを引き上げ。
「これを調整すれば──」
ハンドルの位置も良さげな位置に合わせた。
「どうです? 窮屈な感じは薄れたと思うのですが」
そう言いながら振り返ったのだが何故か姉は固まってしまっている。
もしかしてサドルやハンドルが動くのが心配になったのだろうか。
ママチャリでもない訳ではないよね。
シートピラーの締め付けがゆるくて走っている最中にサドルがストーンと落ちてしまうなんてことが。
「大丈夫です。ちゃんとロックがかかっていますから途中でサドルが下がったりなんてしませんよ」
「そうじゃなくて」
姉は苦笑する。
はて? じゃあ、一体どういうことだろうか。
「シドの頭の中身がどうなってるのかって思ったのよ」
「えーっ!?」
「こんな思いつきのものですら細やかな配慮が行き届いているなんて本当に子供なのかしら」
ちょっとギクッ!
調子に乗りすぎたか。
「でも、それでこそシドよね」
クスクスと笑うエレオノーラ。
訂正しようとすれば藪蛇になりかねないので不本意ではあるがスルーしておく。
変に勘繰られるよりはマシだ。
読んでくれてありがとう。
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