199 スカムにはカリスマがあるのか
その後、さほど待たずして繭は次々とふ化していった。
大小様々ではあるが、先にふ化して自らを犠牲にしたものほど極端なサイズのものは存在しない。
縮尺すればひとつの教室に集められた学生と形容されてもおかしくはないように思える。
もっとも、どれもこれも殺意と凶悪さが醜悪な容姿となって現れているので学生と言われても違和感が際立ってしまうだろうが。
そして問題の燃え残りを吸収した1体はどう評価していいのか悩むところだ。
体型が他の巨大化アンデッドたちとは明らかに違う。
よく言えば小兵の力士だろうか。
大多数はただの小太りなオジさんとしか見ないとは思うが。
他の巨大化アンデッドはいずれもが精悍な面構えをしているのに対し、オジさんの顔は体型に見合った肉付きをしている。
アスリートの集まりに成人病が疑われるオジさんがまぎれ込んだと例えても過言ではない。
そのくせ偉そうにしているし、周りは周りで付き従うようにかしこまっている。
「どうやら、あの小太りオジさんがスカム・ラビッシュのようですね」
大スクリーンに映る対象を指差しながら言ったとたん、いっせいに爆笑された。
「なんです?」
冗談を言った覚えはないのだが。
「シドくんが小太りオジさんなんて言うからよ」
こぼれそうになった涙を指で拭いながらレイチェル殿下が疑問に答えてくれた。
「他に形容のしようがなかったものですから」
「あの男は私より少し年上でしかないのよ」
学生時代に学年が違ったとか卒業して間もなかったとかいう話を聞いたような気がする。
どっちだったかな?
まあ、気にするほどのことではないな。
それよりも──
「これは失礼しました」
殿下には非礼を詫びておかねば。
暗に殿下が老けていると言ったも同然だからね。
「言い訳が許されるなら、アレが老けて見えたというだけで他意はございません」
「分かっているわ。シドくんのセンスが秀逸だと思ったくらいだもの」
「恐れ入ります」
前世を含めセンスがあると言われた経験が乏しい身としては今ひとつピンと来ないが、それを表に出すほど中身は若くない。
「しっかしかよぉ、元の体型がもろに反映されるんだな。デカくなった分だけ不摂生ぶりが際立って見えるぜ」
「あれでよく領主が務まっていたな。法衣貴族じゃあるまいに」
シューバのオッちゃんもリーアル氏もなかなかに辛辣だ。
俺なんて前世のクセでつい控えめに「小太り」と言ってしまったというのに。
「あら、領主は肥え太ることがないのですか?」
小首をかしげながらレイチェル殿下が疑問を口にする。
嫌みなどではなく本当に分からないらしい。
視察によく出ていた割には気付いていなかったんだな。
実務をこなしていれば容姿のことなど気にならなかったのかもしれない。
「魔物が出ますからね」
「そのための護国大臣ではないのですか?」
アルブレヒトの方を見る殿下。
「日常的な魔物の討伐は領主の仕事に含まれます。被害が甚大になりそうな場合を除き我々が巡回している間も異変がなければそこまで深入りしません」
「言われてみれば確かにうなずける話ですね」
「ただ、冒険者の仕事を奪うことにもなりかねないので領主が現場で討伐を行うことは少ないでしょう」
「どういう時に出張ってくるのでしょうか?」
「魔物の群れが大きくなった場合がほとんどですね。後は強い魔物が出た際に被害を抑えるためだったり」
「それではあのような体型になる人も他に出てきそうな気がするのですが」
殿下が視察に行った領地ではそういうことがなかったと言いたいのだろう。
「いざという時に備えて普段から訓練を欠かさぬものですよ。それも貴族の務めというものです」
貴族には責任と品位が求められる。ノブレスオブリージュというやつだ。
「貴族の務めなぁ」
皮肉を感じさせる口振りで嘆息するシューバである。
「あの姿を見ている限りスカム・ラビッシュは果たしているとは思えんぞ」
「同感だ。あの様子では訓練をサボるだけでは済まなかったのだろうな。何がどこまでとは言わぬが」
リーアル氏の同意も厳しめで嫌みまで上乗せしている有様だ。
あの口振りでは仕事などまともにしていなかったと断じたに等しい。
俺もそうだと思う。
「その割には配下の奴らが忠誠を固く誓っているように見えるんだよなぁ」
「確かにそうだな。職務として割り切っているようにも見えん」
両辺境伯の見解は間違っていないだろう。
誰の目にもシューバが評した通りに映るはずだ。
現に他の誰からも異を唱える声が聞こえてこない。
「という訳でシドくん。君の意見を聞きたい」
「あの、どうして僕なんですかね? こういうのは皆さんの方がよく分かっていらっしゃると思うのですが」
貴族として現場を見て場数を踏んでいないはずの俺が意見を求められても困るんだよね。
実際は前世で何度か経験してきてはいるのだけど。
「現場を見てきた我々の見解よりも博識な君の目にはどう見えているのかが知りたいのだ」
お手上げだから聞いてみたといった感じか。
「人のような振る舞いに惑わされているのではないかと思うのですが」
「ほう、我々が惑わされていると?」
興味深げに聞いてくるあたり失礼だとかは思われていないみたいだな。
少なくとも表面上は。
「人の姿を残しているとはいえ魔に堕ちた者です。魔物の法則に強く縛られていると見るのが自然かと。仕草が人間よりのせいでそうは思えないかもしれませんが」
「おお、なるほど! それは盲点だった」
「その理屈は分かるんだが……」
即座に納得したリーアル氏に対し困惑の表情でシューバは正反対の態度を見せる。
「それなら群れの中でもっとも強いのが他の奴らを支配するんじゃねえのか?」
もっともな意見だと思うし、そこがややこしいところでもある。
「その通りですよ」
「だったら、なんでアレが支配者然としているんだ? 強さを覆すようなカリスマでもあるってのか?」
面白い発想だ。
そして、ちょっと惜しいんだよな。
「そこまで考えられたなら答えは出たも同然ですよ」
「なにぃっ!?」
「どうやらスカムの奴は上位種のようね」
しばらく黙していた姉エレオノーラだったが確信のある答えを導き出したことで話に入ってきた。
「確かにそれなら魔物の法則に矛盾していないな。一見して屈強な連中も上位種には逆らえないのだから」
俺が何かを言う前にリーアル氏が納得の言葉を紡ぎ出した。
「そうなのか?」
俺の方を振り返りながらシューバのオッちゃんが聞いてくる。
「そうですね。他に説明のしようがありません」
「なんてこった。また面倒が増えたんじゃねえか」
通常種より上位種の方がずっと強いからね。
外見が小太りオジさんなせいで、にわかには配下のマッチョなグールどもより強いとは信じ難いところである。
せめて角が生えるとか色が濃くなるとかすれば、それっぽく見えるかもしれないのだけど。
ここまで来ると詐欺だと訴えたくなるってものだ。
「事前に分かったのだから良しとしましょう」
「うむ、シドの言う通りだ」
重々しく肯定したのは父アルブレヒトだった。
「見た目はあんなだが決して油断しないように。ただでさえ強力な上位種があのサイズになってしまったのだからな」
「燃え残りが吸収されたことも忘れてはいけないわね。絶対にプラスアルファがあるわよ」
父の言葉に姉が上乗せして注意を促す。
これで敵を侮るなら救いようがないだろう。
後は現場に徹底させるのみだ。
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