198 燃え残りの行き着く先は
「ちょっと、シド! あれはどういうこと!?」
不意に姉エレオノーラから呼びかけられた。
ただならぬ様子に振り向くとスクリーンを指差して青い顔をしている。
そこに映し出されたのは炎が消えた後の城壁内の様子だ。
廃墟然とした街並みと数十の巨大繭は今まで通りだったのだけど。
「なんじゃ、ありゃあっ!?」
シューバのオッちゃんが驚愕で思わず叫んでしまうのも無理はない。
粘性のある汚水が不定形な立体化をして意思があるかのようにグネグネと蠢いていていたのだから。
「汚いスライムだ」
嫌悪感もあらわにリーアル氏が吐き捨てるように言った。
言い得て妙な例えだが、それで嫌悪感が薄まる訳ではない。
「スライムにしては大きすぎませんか」
レイチェル殿下の護衛騎士であるオリビアが顔をしかめながらも当然の疑問を口にした。
そりゃそうだ。あれはスライムなどではないからね。
「アレが何か分かりますか、シドくん」
恐る恐るといった様子で殿下に尋ねられる。
あまりにも得体の知れないものであるが故に分かれば幸運だくらいの感覚で聞いていそうだな。
まあ、あれの正体には確信するに足る心当たりがある。
「燃え残りですよ」
「えっ?」
「ふ化した不完全な巨大アンデッドの成れの果てです。他に考えられません」
「言われてみれば……」
「しかし、アンデッドがあのようになってしまうものなのか?」
疑問を呈してきたのは父アルブレヒトである。
「普通はあり得ないのでしょうけど、アレは繭の中で多数のアンデッドを材料にして変化しましたからねえ。繭の中でドロドロに溶けて再構成したのでしょう」
「いや。だが、奴は巨人となってふ化したではないか。溶けた状態に戻るとは考えにくいのだが」
父の言葉も一理あるとは思うけれども。
「そうは言うが、アル。他に説明のつくものが無いのではないか?」
リーアル氏が考えた末に出したであろう結論に止められる。
「で、シドよ。お前さんはどう考えるんだ?」
オッちゃんに見解を求められた。
「巨大アンデッドは燃えていましたが、しぶとかったですよね」
「ああ、それな。グールが再生するとか悪夢そのものだったぜ」
「それですよ」
「どれだよ?」
「再生と言ったじゃないですか」
俺の言葉にシューバだけでなく他の皆も一瞬でギョッとした表情になった。
「もしかして、アレは再生中なのか?」
「それに近い状態なんでしょうね」
「意味が分からんぞ」
「肝心な部分が燃えてしまって元に戻れないんじゃないかと僕は踏んでいるのですが」
当てずっぽうに近い推測になるけれど、今のところ他に納得できそうな何かを思いつけそうにない。
「それはつまり本体は燃え尽きたが一部が残っているという解釈でいいのかな」
とリーアル氏。
「おそらくは。少なくとも僕にはこれ以外の仮説がありません」
「アレが燃え残りだとするなら有害なのは確定よね」
姉エレオノーラの言葉は確信を込めるようにハッキリしたものだった。
ただ、大型モニターよりもずっと大きい画面であるために迫力が増してしまい、そんな風に感じるという説もないではない。
主に俺の中で。
ふと、気になって魔力の流れを見れば瘴気まみれだった。
これは燃え残り説も有害認定も間違いのないものだと思っていいだろう。
「ですね。スクリーン越しでも明確に伝わってくるほど邪悪な感じがしますし」
そう言うと誰も異論を差し込んでくることはなかった。
魔力の流れを見た見ないに関係なく同じように感じたのだろう。
「問題はそうと分かっても手を出しづらいことです」
攻撃手段がない訳ではないが単発で終わるため中途半端になってしまう。
燃え残りを消滅させられたとしても敵の危機感を煽る結果になってしまっては意味がない。
手をこまねくだけというのは、あの禍々しさを目の当たりにしているともどかしいものがあるのも事実なのだけど。
「案外、奴らがふ化したらゴミとして処分するんじゃねえか」
こちらが考えもしなかったことをシューバが言った。
「いくらなんでも、それはないんじゃないのか?」
漫才の相方がツッコミを入れるようにすかさず反論するリーアル氏。
「分からんぞ。ラビッシュの奴らは役に立たないものは容赦なく処分しそうじゃねえか」
そう言われると意外でもなくなってきて逆にあり得そうだと思えてくるんだよな。
もしかすると並行世界の未来と同じ運命をたどる結果になっていたかもしれないと思ったのだが……
「待て。燃え残りが動くぞ」
父アルブレヒトが注意を促すように鋭く言い放った。
スクリーンへと視線を戻せば、ズルズルと引きずるようにアレが動き出す。
「何か変じゃねえか?」
「確かに。自分の意思で動いているようには見えないな」
つい今し方とは裏腹にシューバの意見を肯定するリーアル氏である。
「もしかして引っ張られているのかしら?」
そこに姉が参戦し己の推論を確信が持てないながらも声に出して述べた。
「だとするなら、あまり好ましい結果にはならないだろうな」
「繭のどれかに吸収されるということかしら」
父の懸念をレイチェル殿下が問いかける形で具体化させる。
「どうやらそのようですね」
答えたのは姉だったけれど。
スクリーン内に映る燃え残りが繭に当たるとビチビチと派手に暴れる様子を見せた。
まるで吊り上げられた直後の魚だ。
そんな風に思っている間に中身が吸い込まれているかのようにみるみる小さくなっていく。
最終的には表面の側ひとつ残さず消え去った。
「何か変じゃないか?」
訝しむように眉をひそめながら疑問を口にするリーアル氏。
「何がだ? どこにも変わったところは見受けられんぞ」
今までのパターンとは逆でシューバのオッちゃんがツッコミを入れている。
「それだよ」
「どれだよ?」
「吸収した割に大きさが変わったように見えない」
「んだとぉ!?」
「確かに見た目には違いが分からんな」
「私も同意見です」
父と姉が続けてリーアル氏の意見を肯定した。
俺もそのように感じる。
吸収前と後で比較してみれば差異があるのかもしれないけれど。
なんにせよ、そこまでするつもりはない。
大事なのは繭のひとつが燃え残りを吸収したということ。
何らかのパワーアップをしたのは間違いあるまい。
火への耐性か再生能力か、あるいはそのいずれもか。そんなところだろう。
あとは……
「違いが分からないのは吸収すると同時に凝縮されたと考えるのが妥当じゃないですか。より強靭になっているでしょうね」
ということが考えられる。
「それはシャレにならんな。燃え残りの再生能力も付与されているかもしれないというのに」
「ちょっ、おい。餌になっただけじゃないのかよ!?」
懸念を述べたリーアル氏に驚きをあらわにしながらツッコミを入れるオッちゃん。
活力を得るために食事をしたというだけのパターンもあり得るのか。
だといいな。
敵がパワーアップするなどアニメやゲームの中でなら盛り上がるけどリアルじゃ御免被りたい話だからね。
「短絡的だな」
リーアル氏にツッコミがえしをされるシューバ。
「これから戦うことになる相手だ。より悪い想定をしておくべきだろう」
「ぐうの音も出んわい」
父からも想定の甘さを指摘されて白旗を揚げるシューバであった。
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