197 シド、間違った説明をする
「とにかく術式の一部が溶かされかかっていたのは事実です」
俺は説明を続ける。
「その段階で術式の乗っ取りが行われていたら遅かれ早かれ罠の炎は消されていたでしょう。僕が消すまでもなく」
「乗っ取られると不都合があったのね」
姉エレオノーラの言葉に首肯する。
「あんな連中が地脈を利用する術式なんて手に入れたら厄介極まりないじゃないですか」
そう言うと俺が焦っていた理由を悟ったようでお通夜のように静まりかえってしまった。
「燃やし続けることに固執していたらヤバかったってことか……」
シューバのオッちゃんが怖気が走ると言わんばかりにブルブルと身を震わせる。
「ひとつ疑問なんだが」
小さく挙手をしながらリーアル氏が声をかけてきた。
「何でしょう?」
「ふ化した奴が術式を溶かそうとしていたのは分かるが、同時に消えてしまった繭はどんな役割を担っていたんだい?」
「おそらくですが再生のための養分でしょうね。アレ単体では術式の書き込みを溶かす前に燃え尽きそうになっていたので」
「術式に触れて消去する時間を少しでも長くしたかったと」
「そうではないかと」
「だとすれば奴らは別々の個体でありながら意思が統一されているということにならないか?」
「もしくは頂点にいる者の支配下にあると考えられます」
「そんなことがあり得るのか? 命令も出さずに指示に従うアンデッドなど聞いたことがない」
それはちょっと言いすぎじゃないかな。
吸血鬼のように眷属を増やすタイプは上位者の命令は絶対だし。
そうでなくても下位の者が上に従うのは魔物の常だ。
法則と言っても差し支えないくらいである。
まあ、あれかな。下級アンデッドは上下関係にハッキリした差がないから法則が分かりづらいんだよね。
こうなってくると分かりやすい事例を提示するしかないか。
「そうですねえ。似て非なるものだとは思うのですが……」
先に例を示すと予告しておく。
適切な例を思いつかなかったせいで同時に予防線を張ったことには気付かれてなさそうだ。
「アリやハチなんかの群れる虫が近いんじゃないでしょうか」
「群れる虫……」
「ああいう虫たちは意思が統一されているか何者かの指示に従っているとしか思えないほど統率された動きをしますよね」
この言葉だけでハッとした表情を見せるリーアル氏である。
「そうだな。そういうことか」
「何がそういうことなんだ?」
それまで口をはさまず聞いていたシューバがそれでは分からぬと言ってきたので説明を続けることにする。
「統率されているとしか思えない虫、特にアリなどは群れる虫ですよね」
「ああ、そうだな。いつの間にか食べ物に群がっていたりして、うっとうしいんだよ」
「群れる虫にはよくある話です。群れない虫だとここまで顕著に集まりませんよね」
「言われてみりゃそうだが、それが指示を受けた動きだってのか?」
「個人プレーの動きなら、もっと大きなばらつきがあるものですよ」
「そうか?」
「だったらどうして彼らは群れるのですか?」
「そんなことワシに分かる訳がなかろう」
「ですよね。僕にも分かりません」
「おい」
「でも、こうじゃないかと想像することは可能です。ポイントは生存戦略の効率化といったところでしょうか」
「急に小難しくなってきたぞ。煙に巻くつもりじゃあるまいな」
「まさか。何も難しいことはありませんよ。もっとも生き延びやすい方法を選んでいるかどうかというだけの話です」
クレームはつかない。
無言を貫くことで先を促しているのか。
「その結果が群れを形成することだとした場合、ひとつ矛盾というか疑問がわいてくるんですよね」
「疑問だと?」
「かなりの数が集まっているにもかかわらず統一感がありすぎると思いませんか?」
「……言われてみりゃそうかもしれん。あまりにも奇妙な話だな」
「ならば統率者がいると考える方が自然では?」
本当は一定のパターンのみで行動することによって起こりうる現象なので虫には統率者など存在しないのだが。
群知能とか言うんだっけ? うろ覚えなので内容は正確性に欠けるかもだけど。
いずれこの世界でも俺の説明が間違っていると指摘される日が来るかもしれないが、昆虫学者がいないであろう現在においては遠い未来の話である。
他にわかりやすい例を思いつかなかったし今はこのまま押し通すのみ。
納得できれば何だっていいのだ。
「ううむ」
「シューバよ、反論できる材料がないなら納得するしかあるまい。そもそもこれはアンデッドに統率者がいるかどうかの話ではないか」
「ふむ、そうだったな。奴らが一糸乱れぬ動きを見せる不自然さを他に説明しようがないのは事実だ。認めるしかあるまい」
いささかの罪悪感を感じながらも説明は終わった。
「話を戻しましょうか。とにかく統率者は術式の消去を最優先にしていたと僕は考えます」
「手駒を犠牲にしてでもそれをするなんて、よほど急いでいると見るべきかしら」
とは我が姉エレオノーラだ。
「こちらの時間稼ぎに気付いたか。それで貴重な戦力を潰してしまうあたり理性的とは言えんな」
リーアル氏はそう言うが──
「シドはそう考えてはいないようだぞ。でなければ先んじて術式を消したりはすまい」
父アルブレヒトによって認識の修正がなされた。
「そのあたりは何とも言えません。術式乗っ取りの恐れがあるかもしれなかったので念のためといったところです」
「もし向こうの頭が読み通りの切れ者でこちらが手を打っていなかったら、どうなっていたと思うんだ?」
シューバが聞いてきた。
「その場合は火炎術式の下方にある地脈制御の術式を取り込まれていたかもしれません。そうなれば大幅なパワーアップを許していたのではないかと」
「おいおい、シャレになんねえな。まだまだ数十はデカブツが残ってるんだぜ」
「シドが慌てる訳ね」
「最悪の事態を免れたということか。良い判断だと思うよ、シドくん」
「ですが、こちらも急がなくてはならなくなりました」
皆が安堵する中でレイチェル殿下が釘を刺す発言をした。
一瞬で場の空気が引き締まる。
「住民の避難状況はどうなっていますか?」
「敵のふ化状況にもよりますが完了は際どいタイミングになる恐れがあります」
「急がせることは可能かしら」
「難しいですね。領民は集団行動の訓練を受けていませんから」
俺が想定したよりも避難が遅れている理由がまさにそれなのだ。
領民たちが慣れているなら、とっくに終わっているはずだからね。
「それは下手に急がせると逆効果になりかねないわね」
「はい。ですので他の足止め策を実行しようかと」
「抜かりはないようですね。具体的にはどのような策ですか?」
「単純なものですよ。奴らの進路に霧を展開するだけです」
「敵が魔法で霧を吹き飛ばした場合はどうしますか?」
「その霧も魔法で創出しますからね。簡単に吹き飛んだりはしませんよ」
魔法が使える敵がどれだけいるかにもよるが何もしないよりは効果があるはずだ。
きっと、たぶん、おそらく……
頼むから効果があってほしい。
読んでくれてありがとう。
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