196 見えない危機一髪?
結局、史上最大のアンデッドになるはずだったものは炎の荒波に飲まれ沈んでいった。
助けを求めるように手を伸ばしてはいたが心を乱されるようなことはない。
本物の海で溺れる人を目撃するのとは違うからか。
直前まで相手がアンデッドだということを強く印象づけられていたのは大きいかもしれない。
「ふ化したと思ったら勝手に自滅するとか、ずいぶん間抜けな話じゃねえか」
皮肉まじりに口の端を吊り上げて笑みを浮かべるシューバのオッちゃん。
「この調子で残りの繭も同じ結果になってくれりゃ助かるんだがな」
「奴らがぶっつけ本番で巨大化を実行しているのは分かるが、そう上手くはいくまい」
リーアル氏の否定する言葉にシューバは口を尖らせる。
「なんでだよぉ。ぶっつけ本番でやってるなら尚更じゃねえか。最初の実例が失敗してるんだぞ。普通に考えりゃ後続も失敗すると考える方が自然だろうが」
「繭のサイズが統一されているなら私もそう考えたさ」
「サイズ違いがどうだって言うんだ」
「その割には等間隔に並んでいると思わないか」
「そうだっけ? 他はともかくデカブツの所はポッカリ抜け落ちているぞ」
確かにシューバの言う通りだった。
しかしながら、それはおかしいと俺の記憶が訴えかけてくる。
最大の繭がふ化を始める前は近場にいくつかあったはずなのだ。
とてつもない違和感とともに嫌な予感に襲われる。
「例のアレと一緒に消えているだけだ」
やはりそうか。
「そうなのか? お主はいつも細かいことを見ているよな」
「お前が気にしなさすぎなんだ」
耳に痛い話でございます。
だけど、記録映像をさかのぼる手間が省けたのはありがたい。
「そうは言うけど大したことじゃないだろ。燃やし続けた甲斐あって繭をまとめていくつか沈められたんだからな」
何も無ければシューバの言葉通りだとうなずけるのだが何かが引っ掛かる。
まだふ化していない繭まで一緒に消えた事実を楽観視して良いものか。
明確な懸念事項はないながらも頭を悩ませ始めたその時。
映像の中の炎が一瞬だけ勢いを弱めた。
いや、その後も断続的に同じような現象が続いている。
「そうか、しまった!」
思わず叫んでしまったが、そんなことなど気にしていられない。
すぐにスマホを取り出して遠隔操作のアプリを起動し反応があるか確認する。
「何があったの?」
姉エレオノーラが訝しげに問うてくる。
「少し待ってください。確認中です」
「え、ええ」
鬼気迫る迫力を感じたのか戸惑いながらの返事になってしまったらしい。
他の面々も何がなにやら判然としない中で不穏な空気を察したように沈黙を守る。
その間に俺は仕掛けた罠が制御可能かを確認していった。
術式の反応はある。
いや、不完全だ。
乗っ取られたような形跡は見られない。
最悪のケースはまぬがれたようだ。
けれども多層構造になっている術式のもっとも外側である地表近くの炎を噴出させる術式に欠損があるような反応があった。
……過去形にするのは早計か。
今も徐々に消されているようだ。
下手をすると懸念した最悪の事態になることも考えられなくはない。
仕方がない。消そう!
俺は迷わずウエイブル子爵領に仕込んだ罠の術式に対しスマホから自壊命令を発した。
「あっ、炎が消えたわ!」
大型スクリーンの変化にいち早く気付いたレイチェル殿下が驚きの声を上げた。
たった一言で俺に集まっていた注目がスクリーンの方へと移る。
「どうなってるの?」
解せないとばかりに疑問を発する姉エレオノーラ。
「そういや、シドが何か始める直前に炎が不安定になっていたよな」
シューバがアゴに手を当て思案顔で語る。
「ちょっと! うちの弟が何かしでかしたって言うつもり!?」
「そうじゃねえって。ワシが言いたいのはいつ消えてもおかしくなかったんじゃねえかってことよ」
慌てて両手を小さく激しくふりながらシューバは誤解だとアピールする。
「いや、消したのはシドくんでしょう」
リーアル氏が静かに迷いなく語る。
「そうですよ」
姉が吠える前に肯定した。
話がこじれると面倒だからね。
「どうして……」
エレオノーラは理解できないと言わんばかりの目を向けてくる。
「術式が乗っ取られる恐れがあったので手遅れになる前に消しました」
「なるほど、英断だったのね」
とはレイチェル殿下である。
「恐れ入ります。ですが、僕としてはギリギリだった気がしているので、そんな風には思えないのですが」
「シド、何がどうギリギリだったのか説明してくれないか」
それまで黙って聞いていた父アルブレヒトに促された。
「分かりました」
肯定の返事はしたものの、どう説明したものか頭が痛い。
一言で説明しきれるほど単純じゃないからなぁ。
「まず、僕が何をしたかですが罠の術式を乗っ取られる恐れがあると判断したため遠隔操作で自滅コードを送信して術式を消去しました」
「術式の乗っ取り……」
意外で不穏な言葉を耳にしたアルブレヒトが発した声はわずかだがかすれていた。
「そんなことが可能なのですか?」
疑問を投げかけてきたのはレイチェル殿下だ。
「ええ、できます。誰かの制御下にある状態ならともかく、あれは自動で発動したものなので割と簡単なんです」
「もしかしてタルネー辺境伯が言っていた炎が不安定になっていたというのは……」
「あれは乗っ取りそのものではないですね。術式の一部が消去されかかっていたんです」
「まさかっ!?」
突如、驚きの声を発したのはリーアル氏だった。
そのせいで場にいた全員の視線が一斉に集まってしまう。
「何ですか、フォレー卿?」
殿下が先を促す。
「根拠のない推測なのですが」
「構いません。聞かせてもらえますか」
リーアル氏が俺の方へチラリと視線を向けてきたのでうなずいておく。
殿下が興味を持った話を聞いてから説明を再開すればいいだけのことだからね。
「根拠はまったくないのですが不完全なふ化をしたアンデッドと周辺の繭が術式消去の役割を担ったのではないかと思ったのです」
「その通りです」
同じように考えてくれていたのは助かる。
理解者が1人いるだけでも説明はしやすくなるからね。
「どうやらアレは溶けながら燃えていたようですね」
「ロウソクかよ」
真っ先にツッコミを入れてきたのはオッちゃんだが、他の皆も同じように思ったのではないだろうか。
「ロウソクと異なるのは溶ける際に物を溶かす効果があったらしいことです」
「それで炎の制御式が消されかかっていたと」
リーアル氏がうなずきながら呟いた。
「溶かすって言うけどよ、おかしくねえか? 繭は溶けてねえぞ」
シューバの疑問は当然か。
元から溶かす性質を持っていなければ地面を溶かすなんてことができるはずもない。
それならば繭化した直後から穴が開くと考えるのが道理だ。
「何ともないのは繭は溶けないようにできているからです」
「なんだそりゃあ」
「他のものに例えるなら胃袋なんかが近いですかね。胃は消化するために食べ物を溶かしますが滅多なことでは穴は開かないでしょう?」
「奴らは死んでいるぞ」
アンデッドは生き物とは違うと言いたい訳ね。
「死んじゃいますが動きますし繭も作ります。そういうものだと思うしかないですよ。おぞましいことですがね」
「ぬううっ」
シューバがうなるのは言いくるめられたと感じたからか、それともアンデッドに改めて嫌悪感を感じているからか。
何にせよ反論は続かないようなので話を続けるとしよう。
読んでくれてありがとう。
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