186 罠と嫌な予感と
帰還しても休む間などないというのはブラックだよな。
自主的にやってるんだけどさ。
なんにせよ隣領の野望に燃える死に損ないが張り切ってくれているおかげでいい迷惑だ。
いや、グールはアンデッドだから死んでるのか。
その割には生きていた頃の未練に引きずられているかのように支配欲が旺盛で、これ以上ないくらいに俗物だったりする。
とにかく迷惑な働き者のせいで──
「帰宅の挨拶もそこそこに働き始めるなんて、そういうのは大人のすることよ」
姉エレオノーラにたしなめられてしまった。
「休みたいのはやまやまなんですがねえ」
「だったら休みなさい。肝心なときに動けなくなるわよ」
姉の言うことももっともなんだがと思っていると。
「連中なら進路を変えたわよ。少しだけど時間の余裕はできたはず」
留守中の監視を姉に任せていたから俺自身は出発前の古い情報しか知らない。
帰ってきてからは監視映像を確認もせずに作業に入ったからなぁ。
「そうなんですか?」
「ええ。アイツら街道の分岐点まで海の方へ向かったわ」
「全部ですか?」
このタイミングで?
直前までそんな素振りは見られなかったというのに。
いや、むしろ先頭は引き返す格好になっているはずだ。
「そうよ。部隊を分けたりしてないわ」
ずいぶんと海にご執心の様子だ。
死んでいるのに貿易のことまで気にするのか?
いや、違うな。
おそらくは海洋進出で支配範囲の拡大を目論んでいるといったところか。
だとしたら当てが外れたな。
もぬけの殻になったウエイブル子爵領に船を残したりするものか。
しかも連中には海や船に関するノウハウがまったくない。
子爵領の住民をグールなどにして補おうと考えているのかもしれないが誰もいないから残念でしたって訳だ。
まあ、こちらとしてはおかげで時間を稼げた。
と言いたい所なんだけど……
「どう思う、タッちゃん?」
俺の側でフヨフヨと浮いているミニマムサイズの青龍にして悠久の友──種々の面倒を避けるため表向きはテイムしたことにしている──タッちゃんに問いかけてみた。
なーんか嫌な予感がするんだよね。
「何者かは分からぬが向こうにも勘のいいのがおるようだな」
「あ、やっぱり?」
「アンデッド故に猪突猛進かと思いきや単純ではなさそうだな。あからさまに濃霧を立ち込めさせておるせいもあるだろうが」
少しでも数を減らすため広範囲に仕掛けた小さなトラップの数々を隠蔽するために魔法で霧の幻影を発生させているんだけど。
「気付かれたかな」
「いや、本能的に避けただけだろうて。獣と同じよ」
「そういうのが一番面倒なんだよねえ。根拠もなしに動くから行動とか思考が読めないし」
考えて考えて思考の迷宮に飲み込まれるような形になってくれれば連中の進軍を停滞させられたのになぁ。
「罠は向こうにも仕掛けてあるだろう」
「まあねえ」
タッちゃんの言う通りだけど、目論見通りに引っ掛かってくれるかは微妙なところだ。
濃霧の中に仕掛けたあれやこれやのように数で勝負はしないが街全体で一網打尽にするタイプの罠だからね。
避けられた方は無数にあるため気取られないような工夫も重ねていた。
霧で覆い隠したのもそのひとつだ。
逆にそれが怪しまれた要因かもしれないけれど。
いずれにせよ警戒されると発動条件を外してしまう恐れがある。
奴らに看破されなくてもだ。
ウエイブル子爵領はもぬけの殻だし近づくだけで活気のなさを察知されるだろう。
そうなると勘のいい相手なら用心するのは確定的である。
街の賑わいを偽装するだけの余裕がなかったので無い物ねだりと言わざるを得ない。
「そう心配せんでも今度は引っ掛かるだろうて」
「そう? ろくにカモフラージュもできていないのに?」
「隠そうとするから気取られた。あちらは仕掛けそのものには隠蔽の術をかけたが他には何も施しておらんだろう。そういう単純さが良いのだ」
「そうかなぁ」
「考えてもみろ。彼奴らすべてが勘が良い訳ではないのだぞ。ならば、あれだけの数を簡単には止められぬよ」
「こっちの罠は街道の分岐に至るずっと前に警戒されていたと?」
「それはそうだろう。景色を切り裂いたように霧とそうでない場所が分けられておるのだからな」
その指摘は耳に痛いことだ。
次からはもっと自然に見えるような隠し方にしよう。
「それは分かったけど、本当に罠に突っ込んでいくかな」
「先頭が街に突入しても何も起こらなければ、ろくに確認もせず進むだろう」
「だと良いんだけど」
一定以上の敵が入れば仕掛けた魔法罠が時間差で発動する。
時間差なのは敵がさらに入ることを期待しているからだ。
本当はすべての敵を葬りたいところだけど罠を発見される恐れもあるから、こういう条件にした。
退避するとなっても出入り口が限られているから容易には逃げられないはずだし3割4割は削れると思いたい。
フォレー辺境伯の所で説明したような罠なので城壁の内側が爆発炎上し火の海となるだろう。
対アンデッド用の魔法ではないので効果は限定的かもしれないが。
特効の魔法があるのに何故使わないのかと思う向きもあることだろう。
これは察知されやすいからあえて外しているのだ。
アカシックレコードで調べたところアンデッドの天敵とも言えるターンアンデッドはトラップにすると避けられてしまうらしい。
人間には判別できなくてもアンデッドには察知できるということか。
踏み込んでもらえなければ魔法も発動しない訳だし泣く泣く通常の攻撃魔法にした訳だ。
それでも半数以上は消し炭にできる見込みだし残りも大半は満足に動けまい。
そうなれば動けるアンデッドを選別するのに時間がかかるはず。
敵対する敵の数を減らして時間も稼げるなら上出来だと思う。
思うのだが、何か引っ掛かるんだよなぁ。
「何か気になることでもあるのかしら、シド?」
それまで俺とタッちゃんの話を黙って聞いていたエレオノーラが言葉とは裏腹に鋭い視線を投げかけながら聞いてきた。
包み隠さず白状しろと言われているようでおっかないんだよなぁ。
「何がと言われると自分でも分からないんですがね。このまま罠を発動させると向こうの思うつぼになるような気がするんですよ」
数が減ることで行軍スピードが上がるとか用兵がしやすくなるとか。
「嫌な予感がしたってことかしら」
「そんなとこです」
姉よりも認める返事をした俺の方が渋い顔になっている。
具体的に何がどうなりそうなのか説明できないのがもどかしい。
それだけ何かがあるということだけは俺の中では確定的な一方で断言できるだけのものがないのだ。
「具体的に思い当たるようなことは何もないのよね」
「ええ。断定してしまうと読み違えたときが怖いですから」
でなきゃ予感とは言わないよなぁ。
だが、それが気持ち悪い。
知っているはずなのに、それが何であるのか思い出せないような感覚に近いかもしれない。
「だったら今は忘れなさい。すべきことはいっぱいあるんだから時間は有効に使わないと」
もっともな話である。
根拠のない予感に引っ張られて作業効率が落ちるのはいただけないもんな。
とはいえ、完全に頭の中から消し去るのもダメな気がする。
何故かはやはり説明できないんだけど。
読んでくれてありがとう。
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