185 両辺境伯、シドの正体に迫る?
飛行機が飛び去り豆粒より小さくなった頃合いでシューバ・タルネーが深く息を吐き出した。
「はあ~っ、あんなデケえもんが空を飛ぶとか見た後でも信じられんな。伝令の魔道具を飛ばすのとは訳が違うだろうに」
真横に立つリーアル・フォレーに向けて話しかけたのか単なる独り言なのか、どちらとも受け取れそうな言葉だったが。
「気持ちは分からんでもないが現実は受け止めねばな」
苦笑したリーアルはさも当然とばかりに応じた。
「そうは言うがな。羽ばたく羽根もないのに浮くんだぞ」
「浮くだけなら、そういう魔法があるぞ」
「そういう問題じゃねえっ。あそこまでデカいもんを浮かせるとか非常識にも程があるだろうがっ」
徐々にボルテージが上がってくるシューバ。
「何を怒っているんだ、お前は」
「怒ってはいない。いないが、気が変になりそうでイライラしたのは事実だ」
指摘されたことを半分だけ認めるような発言をしたシューバは軽く深呼吸してどうにか落ち着きを取り戻す。
それを見たリーアルは再び苦笑した。
「次はあれより大きなものが飛来すると言うしな」
「避難民を空飛ぶ船で運んでくるという話か。話を聞かされたときは何の冗談かと思ったが」
「彼は嘘をつくような人間ではないだろう」
「少年……、シドだったな。あれも信じ難い奴よ」
「あのようなものを発明するくらいだからな」
「それだけではないぞ。剣に魔法もだ。少々腕が立つ程度では太刀打ちできまい。おまけに知識も学者並みときている」
「確かに。実際に本人のあれこれを見聞きしていなければ与太話として終わらせていただろうよ」
「ああいうのを麒麟児と言うのであろうな」
「大きく出たな。いや、天才という安直な言葉では物足りないか」
「だろう。百年に一度の傑物であるのは間違いあるまいて」
「どうだろうな」
「んん? 言いすぎだとでも言うつもりか。ワシはそんなことはないと思うがな」
「いやいや、そうではないさ。百年では生温い。千年でも足りるかどうか」
「ははっ、そいつは同感だ。あまりにも出来すぎだったからのう」
「出来すぎか。確かにどんな言葉で飾っても遠く及ばぬと感じたな。あの者が子供の皮を被った仙人だったとしても驚きはせぬよ」
リアールのその言葉にシューバがハハハと乾いた笑いを発した。
「仙人とは言いおるわ。言い得て妙ではないか。あの何人もの熟達者を集めて1人に押し込んだような常識外れの姿は他に例えようがないからのう」
苦笑まじりにそう語るシューバに対してリーアルは急に黙り込んでしまう。
「どうした?」
「いま1人に押し込んだと言っただろう」
「ああ、言ったな」
「あながち間違いではないかもしれん」
「はあっ!?」
突拍子もない言葉にシューバは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「なぁにを言っとるんだ、お主は。そんな馬鹿な話がある訳なかろう」
「輪廻転生」
リーアルがぼそりと呟くように喉から単語を押し出した。
「は? 何を言い出すかと思えば突拍子もない。生まれ変わりがどうしたと言うのだ」
「いや、なに。ちょっとした思いつきだ。もしも記憶を失わずに何度も生まれ変わっていた者がいたとしたら、とな」
「そういうことか。それはある意味、1人ではないと言えるかもしれんのう」
シューバが腕組みをしてうーんとうなる。
「そして、生まれ変わるたびに異なる分野で練達の域に達したとすればどうだ?」
「ふむ」
シューバが腕組みしていた手をアゴに当てて考え込むことしばし。
「あながちというやつだな。どれだけの奇跡が集まればシドが生まれるのか想像もつかんということに目をつむればだが」
「確かに。私も自分で言っておいて、まるで信じられないからな。所詮は根拠のない思いつきだ」
自嘲するかのように短くハハッと声を出しながら苦笑するリーアル。
その思いつきが正解だとは夢にも思っていない証左である。
しかも、思いつきよりもはるかに多く転生を繰り返していると知ったら2人はどういう反応をするのか。
もしもシドがこの場にいたなら、きっとそう思ったことだろう。
「信じられんと言えば、これもそうだな。ケータイとか言うのだったか」
シドから渡された魔道具をポケットから取り出しまじまじと見つめるシューバ。
外観はスマホが普及する前のスタンダードであった折りたたみ式携帯電話そのものである。
もっとも、それと分かる者はこちらの世界においてはシドだけであるが。
「ああ。彼は離れた場所にいる相手に声を届ける魔道具と言っていた」
「こんなものが普及すれば世界はどうなってしまうだろうな」
そう言ってシューバは身震いした。
あからさまに恐怖を感じている訳ではなかったものの予測のつかない未来に漠然とした不安を感じたのは確かである。
「これだけの高度な魔道具であれば簡単には普及しないだろう。少なくとも並の魔道具職人では同じものを作るのは無理だと思うがな」
「む、それもそうか。こんな高度なものをここまで小さくしておるからな。簡単に真似できぬのは道理か」
「左様。同じ機能を持つ魔道具を作ろうとすれば、どれだけ大きくなることやら」
「少なくとも持ち運びできるものではなかろう。下手をすれば部屋のひとつやふたつ占拠してしまうかもな」
「かもしれん」
互いに顔を見合わせて苦笑する両名。
「そろそろ頃合いではないか」
「おお、飛行機とやらが見えなくなってから使うようにとのことだったな」
2人が話をしている間にシドたちが乗った飛行機は肉眼でとらえることができなくなっていた。
それを合図にしているのだが……
「どうした?」
リーアルが怪訝な顔をしてシューバを見やる。
ケータイを手にしたまま微動だにしないからだ。
「スマン。説明は聞いていたんだが、いざ使うとなると……」
語尾が近づくにつれモニョモニョと不鮮明になってしまうとはシューバにしては珍しい。
「どれ、仕方がないな」
そう言いながら自分に渡されたケータイを取り出すリーアル。
「これはまず開くところから始まる、だろ?」
ケータイを開きながら問いかけるのは確認を取りながら実演することであわよくば思い出さないかと期待してのことだ。
ただし、その先も続けばではあるが。
次の瞬間にはリーアルの動きも止まってしまった。
「どうしたのだ?」
今度はシューバが登板だった。
「いや、スマン。私も頭の中が真っ白になって次をどうするかが出てこない」
これではせっかくの魔道具も宝の持ち腐れである。
わかりやすい図解入りのマニュアルも渡されてはいるが手元にはない。
シドが実演しながら説明するのを見て簡単だと思ったから見送りの場には持ってこなかったのだ。
「もうっ、何をやってるんですか」
それまで一歩下がったところで静観していたリーリエが割り込んでくる。
その手には兄たちとは色の異なるケータイが握られていた。
「開いたら次は下のパネルに指の腹を押し当てて──」
今度はリーリエが説明を始める。
これで彼女までもが止まってしまったら、まるっきりコントなのだけれど……
「上の方の画面が開いたら下のパネルで操作する、でしょ」
「そう、だったかのう」
「左様左様、思い出したよ」
両辺境伯の返事はバラバラだったが、いずれも頼りなげに聞こえるのは気のせいではあるまい。
結局、リーリエが最後まで操作し通話も行う結果となった。
便利な道具も使いこなせなければ意味がない。
ケータイの向こう側で事情を聞かされ痛感させられるシドであった。
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