184 シド、己の未熟さを知る
結局、夕食の時間は米の話題だけで終わってしまった。
話に夢中で味を覚えていないなんてことにはならなかったのは不幸中の幸いだ。
ただ、憩いのひとときとなるはずのディナータイムが味気ないものになってしまったけどね。
そう感じたのはフォレー辺境伯が前のめりになってあれこれと質問を浴びせてきたからである。
辺境伯領の食の危機だと考えれば無理からぬことだとは思う。
答える側としては、もう少し落ち着いてほしかった。
せっかくの米を楽しむ余裕がなかったからね。
矢継ぎ早の質問に熱苦しくも重量感満載の圧が乗っていなければマシだったのだろうか。
とにかく米への情熱がハンパないことを思い知らされたさ。
食事の間中、米オタクかよというツッコミが頭の中でずっとリフレインしていたくらいには米好きだ。
前世が日本人だと言われても違和感がなかったさ。
さすがに見かねた彼の妹のリーリエに止められるまでプレッシャー付きの質問は止まらなかったよ。
以後は圧が大幅に減りはしたけど質問が止まらなかったのは言うまでもない。
そこまで必死になるなら環境を変えるのも手であることを伝えると、今度は沈黙してしまったんだよね。
今までの饒舌ぶりが嘘なんじゃないかと思えるくらい静かになって何事かと思ったほどだ。
静かになったのはありがたかったけど、食事がほぼ終わった状態ではありがたみは大幅減である。
なんにせよ、うちの領の民間人を避難させる約定は取り付けることができた。
後は帰還して移送と防衛戦の準備にかかるだけだと思っていたら……
「少年よ、世話になった」
「逆ですよ。これから我々がお世話になるんですから」
「何を言う。当方のすることなど場所を少しの間、貸すだけではないか。我らの受けた恩に比べれば微々たるものよ」
微々たるって……
一時的とはいえ避難民の受け入れは決してそんなことはないのだけど。
この様子だと言っても素直に引き下がってはくれないだろうなぁ。
「ですから恩と言われるほどのことは何もしていませんよ」
「そんなことはない。連作障害の心配なく米を作れるかもしれぬなど我らでは決して思いつかなかっただろう」
「その程度のことで……。ちょっと知識のお裾分けをしただけじゃないですか」
「他にも色々と教わったぞ。新しい米のメニューもそうだ」
玄米を炊く以外にメニューらしきものがなさそうだったので数点ほどこういうのがありますよと説明しただけなんだが。
「恩義を感じてもらうほどのものとは思えないのですが」
感じ方は人それぞれだとしても、ちょっと大袈裟すぎやしませんかね?
なんかギャップがありすぎるというか……
「とにかくアンデッドと戦うための戦力はこちらでも用意しよう」
「よろしいのですか?」
「もちろんだとも」
フォレー辺境伯には力強くうなずかれてしまった。
これは断れないだろう。
「それについてはわしの所からも派遣しよう」
「それはありがたいことですけどタルネー辺境伯にお返しできるものがありませんが……」
「お主は忘れておるようだな。ワシらにも返すべき恩義があることを」
「仰っている意味がよく分かりませんが」
そう返事をすると本気で言っているのかと問い詰めるような目で見られてしまった。
恩義と言われるようなことを何かしたっけ?
先程の決闘での事故というか事件は関係ないと思うんだけど他に何かあるかと脳内を検索してみても思い当たる節がない。
「さらわれた子供たちを救出してくれたであろう」
あー、そのことかぁ。
すっかり忘れていたよ。
俺だけじゃなくて我が父アルブレヒトも同様だったらしくて一瞬だけど虚を突かれたような表情を覗かせていた。
以後はポーカーフェイスを維持しているので口をはさむつもりはないようだ。
けどなぁ……
成人していない俺がこの話をまとめるのはマズくないですかね?
派兵協力の申し出を受け入れるかどうかなんて貴族家に属しているとはいえ子が決めることじゃないでしょうが。
とはいえ当主のお墨付きありの状態なので俺がどうにかするしかなさそうだ。
丸投げとも言うんだけどね。
「では、避難民を移送するにあたって何度か往復することになりますので復路で来ていただくことにしましょうか」
断る選択肢はないに等しい。
そうしたところで押しかけてきそうな圧を感じるのだ。
馬を使っても日数がかかるし他領をいくつも通り抜ける必要があるからノートラブルとはいかないはず。
いかにも戦争を始めますという完全武装の一団が向かってくる訳だからね。
たとえ先触れがあっても信じてもらえるとは考えにくい。
間違いなく通せ通さぬの押し問答になった挙げ句、強引に押し通ろうとして武力衝突に発展するだろう。
もしくは端から侵略行為と決めつけて向こうから攻めてくることも考えられる。
そんなことになるくらいなら上空を飛んでしまえば余計な騒動は発生しない。
どうせ、うちの領の住民をピストン輸送することになるのだ。
戻る際に回送になるかならないかの差でしかない。
「お二方とも、それでよろしいですか」
「了解した」
「ワシも構わぬ」
2人の了承が得られれば何の問題もない。
当日になって想定外の事態が発生するなんてことはあるかもしれないが。
その時はその時である。
後は細かな話を詰めて終了だ。
こういうのは前世での様々な経験が後押しをしてくれるのでシドになってからは初めてのことでも戸惑うことはない。
それでもあれやこれやと話して決裁していくのは、それなりに時間を使ってしまう訳で。
当事者でない者が暇を持て余していたのは否定できない。
「申し訳ありません。お待たせしました」
すべて決め終わってからレイチェル殿下たちに向き直り謝罪する。
「大丈夫ですよ。大事なことを決めていたのですから気にすることはありません」
「殿下の仰るとおりだ。むしろスムーズに話が進んで感心したぞ」
丸投げしてきた父に言われてもなぁと思っていたら。
「まったくだ。大人顔負けで驚かされたぞ。もう少年などとは呼べぬな」
「いかにも。やり手の商人や老獪な貴族を相手にしているのかと錯覚させられたほどだ」
タルネー辺境伯やフォレー辺境伯に持ち上げられて、むず痒い思いをすると同時にやり過ぎたことを今更ながらに気付かされた。
色々とやらかした後では誤魔化しようもないのでスルーしかできない。
下手に取り繕ったところで不自然さが際立ってしまうだけなのは明白である。
後の祭り状態ならば何もしない方が目立たないだろう。
「それはどうもありがとうございます」
と言うくらいしかできないことに己の無力さを痛感させられるのは仕方のないことか。
どれだけ人生経験を積んでも人は未熟さを露呈してしまう生き物なんだな。
それが生きているということなのかもしれない。
ただ、少年はこうしてひとつ大人になったとも言えないんだよな、俺の場合。
何世代も人生を積み重ねてきているからさ。
にもかかわらず今になって悟るとか遅すぎと言われても仕方がない。
己のダメダメぶりに凹んでしまうよなぁ。
とはいえ、こんなことで落ち込んでいられるのもここまでだ。
住民の避難を完了させるのはギリギリのタイミングになりそうだし、ここから先は忙しくなるのは間違いないからね。
今度は戦争だ。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




