183 米と移民とエルフの事情
その後も無人島の状況の説明を続け、終わる頃には数時間が経過していた。
予想外に時間がかかったけど質問の雨あられだったためだ。
そんな訳ですっかり夕食のタイミングになっていたのは想定外もいいところ。
なんにせよフォレー辺境伯が食事の手配をしてくれていたので有り難くいただくことにしたのだけれど。
メニューはちょっと想像していなかったものが出た。
単独で器に盛られた白い粒の集まりがホカホカと薄く湯気を放っている。
独特の香りに食欲が刺激されるだけでなく、この場にはないメニューが脳内に浮かんでは消えていく。
もう見ることはないだろうと思っていたそれは──
「米だ……」
懐かしさのあまり思わず呟きが漏れ出ていた。
「ほう」
感心の声を上げたフォレー辺境伯が意外なものを見たと言わんばかりの目をしている。
さすがエルフは耳がいい。
「これは門外不出の食材なのだが、少年はよく知っていたな」
しまった……
完全に油断していたな。
「書物に書かれていた特徴と合致したので……」
いつもの言い訳を始める。
「極寒の地では育ちにくいと書かれていたのでまさか出てくるとは思わず、その……なんと言いますか、驚きました」
喋っていて自分でも分かるほど苦しい言い訳にフォレー辺境伯の表情も険しいのは当然か。
そう思っていたのだけど……
「やはりか」
沈痛な面持ちで嘆息すら漏らしているところを見ると俺がなぜ米を知っているのかを追及しようとしている訳ではなさそうだ。
「シドくん、だったな」
「はい」
「その書物には具体的にどのようなことが書かれていたか覚えているか」
そんな本はないのでノーと言いたいところだったのだけれど。
フォレー辺境伯の懇願するような目を見てしまうと覚えていませんとは言いづらい。
これは後で植物図鑑をでっち上げないといけないなぁ。
「そうですねえ。麦に似た作物で、野生のものは沼地のような場所で見られることが多いそうです」
「沼地だって!?」
当たり障りのないことを言ったつもりが予想外の言葉だったようで凄く驚かれていることにこちらが驚かされている。
「南の方では土耕栽培ではなく水耕栽培で育てる作物だと書かれていたかと」
アカシックレコードにね。
稲の場合は陸稲と水稲とも言うけれど、そこまで知っていると不自然かと判断した。
なんにせよ、こちらの世界でも稲は水田で育てるのが主流でフォレー辺境伯領が例外なようだ。
水が不足している訳でもなさそうなのに水田を使わないのが謎だけど。
単に知らないだけなのだろうか。
「スイコウ……」
耳慣れない言葉にフォレー辺境伯だけでなく他の面々も戸惑いの表情を浮かべている。
「そういえばウエイブル子爵の報告にもありましたね。沼地で育つ麦に似た作物の話」
ふと思い出したようなレイチェル殿下の言葉だったけれど実にありがたいアシストとなった。
本人は無意識なんだとは思うけどさ。
「どうやら南の方では我々にとって想像のつかないことが常識となるようだな」
心ここにあらずといった様子でしみじみと呟くフォレー辺境伯。
こちらが想像していた以上に水耕栽培は彼にとって意外性の塊だったようだ。
「もしかして御先祖様もそうしていたのだろうか」
思いもよらなかった事実に周囲が見えていなかったのか、その独り言はすでに呟きの域を脱していた。
「御先祖様ですか?」
その疑問を口にしたのは俺ではなく殿下だ。
ハッと我に返ったフォレー辺境伯が赤面しながら「失礼しました」と詫びた。
「気にしないでください。それよりも貴方の家では古い記録が残っていないのですか?」
そう問いかけながら気遣わしげな目を向けるレイチェル殿下に辺境伯はややあたふたした感じでたたずまいを正した。
こういう感じで聞かれる方が叱責される形よりも恐縮してしまうことってあるよね。
「そうですね。国に帰属して以降のものは残っているのですが、それ以前のものはありません」
はて、帰属したとは妙な言い回しだな。
フォレー辺境伯家が独立国家だったなんてことはなかったと思うのだけど。
それとも俺の先代の記憶違いだろうか。
「我らの祖ははるか彼方の地より流浪の果てにたどり着きましたから」
おや、フォレー辺境伯家は移民から興された家だったのか。
それは初耳である。
同じ国内の貴族家といえども他家のことを逐一把握している訳ではないからね。
特に俺の先代は書庫に押し込まれて育ったから満足に教育を受けられなかった訳だし。
書庫内にある書物と何度も繰り返した人生の中で得た知見だけでは偏りが出てしまうので仕方のないところではある。
何にせよ移民であるなら記録を持たないのも不思議ではない。
特に紙が貴重な世界ではね。
他に軽くて持ち運びやすい記憶媒体があるなら話は別になってくるけど。
魔道具のある世界だから無いとは言わないけど、おいそれと用意できるものではないものだし。
「ああ、そうでしたね」
レイチェル殿下が失念していたことを思い出したといった風に照れ笑いをしている。
教育を受けている王家の人間なら国内貴族のことを詳細まで把握しているのは当然のことか。
そのせいで今みたいに度忘れしたりすることもあるみたいだけど。
この国は小国だけど、それでも貴族家はそれなりにあるし王族は細々としたことまで把握しなきゃならないからなぁ。
「では、シドくんの知識が役に立つでしょう」
「そうなのですか?」
フォレー辺境伯が口にした疑問の言葉からは戸惑いなどは感じられない。
普通なら半信半疑になってもおかしくないところなんだけど殿下のお墨付きがあるのが大きいようだ。
すでに俺が色々とやらかしているという前提があっての話だとは思うけど。
「ミューラー伯爵領を視察させてもらいましたが面白い試みをしていますよ」
技官と農業試験のことかな。
他にもあれやこれやを試しているから、そっちかもしれないけど。
「米に関しては移住先の無人島でも発見されているので自生しているものから種籾を集めて稲作をする予定です」
「つまり稲を育てるのに適した場所が確保できていると」
「そうですね。色々と試行錯誤する必要はあると思いますが少なくとも土耕栽培はしない予定です」
「何故だ」
「連作障害が起きにくいからですよ」
「なんだって!?」
驚きをあらわにして席を立ち上がるフォレー辺境伯。
テーブルをはさんで対面する格好でなければ詰め寄られていたかもしれない。
「深い森の奥で畑を確保するのに苦労されているのでしょう」
野菜を育てて農地をローテーションさせても主食に対して消費する量が少ないから調整が難しいはずだ。
作付けだけでバランスを取ろうとすると野菜を大量に余らせてしまいかねない。
「その通りだ」
我に返ったフォレー辺境伯がそう言いながら席に戻る。
「以前は領外との取引で調整もできたのだが最近はまともに取引できなくなってな」
窮状を素直に吐露するのはタルネー辺境伯に現状を暴露されているからというのもあるとは思うが、それでも何とかしたいという必死さがそうさせているに違いない。
「あー、ラビッシュ子爵家が裏から手を回したかもしれませんね」
「今回の一件のことを考えると、そういうことなんだろう」
フォレー辺境伯の顔が苦々しいものになった。
子爵を打倒しても信頼が瓦解した商人との関係は容易には回復しないであろうことを見通しているものと思われる。
数年程度ではまず無理だろうしなぁ。
読んでくれてありがとう。
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