181 誘うのが初めてだとは言っていない
「ひとつだけなら偶然ということもあるだろう。しかし、ダンジョンは複数あるという口振りだった。それも幾つもあるかのように感じたのだがね」
「おお、言われてみれば確かにな。優秀な人員を送り込んでいるんだな」
フォレー辺境伯の言葉にタルネー辺境伯がそんな推測をする。
「そうだとしても、だ」
「ん? 何かあるのか」
「無いかもしれんから言っておるのだ」
そんなことを懸念していたのか。
杞憂なんだけど、無人島が狭いと考えたみたいだね。
「意味が分からんぞ。無いとはどういうことだ?」
「土地だよ、土地。島が狭いから調査がサクサクと進んでいくんじゃないのか」
やっぱり思った通りだ。
「それについては、むしろ逆だと言っておきましょう。やたら広くて調査は進んでいないんですよね」
「馬鹿な……」
俺の返答を聞いてフォレー辺境伯はあり得ないと頭を振る。
「フォレー卿は我々が送り込んだ先遣隊の面子と数をご存じないですからね」
「面子と言われてもな。そちらの領内で確保している私兵のことまで知っている方がおかしいだろう」
思い込みが強いとそういう風に考えてしまうんだろうな。
こちらの事情を知らないから無理もないんだけど、こちらから私兵とは一言も言ってないことを失念している。
両辺境伯が推測できる答えもあるんだけど柔軟に考えられるかが鍵だろう。
「私兵ではありませんよ」
「ならば冒険者を雇ったのか」
そっちに行っちゃうかぁ。
現状では積極的に採用を検討する選択肢ではない。
好きなタイミングで島から出られないので自由を好む冒険者には向かない依頼になるからだ。
「そうではなくて──」
「ワシらのように誘いを受けた者がおるということか」
説明するために口を開きかけたところでタルネー辺境伯が割り込むように己の推測を披露する。
「それもありますね」
「にわかには信じ難いな」
フォレー辺境伯の表情が硬い。
険しいと言うほどでもないのは向きになるような話題ではないのと我々に対する遠慮や配慮がありそうだ。
「諸君らがうちを頼ってきた時点で近場に信用のおける貴族はいないということになるのではないか?」
お隣さんじゃないから知らないのは無理もない部分はあるんだけど他家の環境や状況に興味を持っていないのがよく分かる発言だ。
「リーアルよ、忘れてはおらぬか。アルの所には敵もおるが味方もいただろう」
タルネー辺境伯の発言に出てきた敵は言うまでもなくラビッシュ子爵のことだ。
あの家は悪名が高いからねえ。
そして味方の方も確認するまでもない。
もっとも、それは我がミューラー伯爵家から見た場合の話だ。
現にフォレー辺境伯は困惑の表情を浮かべている。
「誰のことだ?」
ほらね。
「はーっ、本当にお前は他家のことに興味がないのう」
タルネー辺境伯が呆れて溜め息までついている。
「ウエイブル子爵を知らぬとは言わせんぞ」
「ああ、ゲオルグか。そう言えば奴は婿養子で北の方へ行ったんだったな」
「いつの話をしておるか」
タルネー辺境伯の呆れ顔が加速する。
エルフの時間感覚がおかしいのはどの世界でも同じなのかもしれない。
ただし、この世界でのエルフは人間と寿命が変わらないのだが。
成人してからは寿命で没するまで見た目がさほど変わることがないために長寿の種族だと誤解している者が少なからずいるみたいだけどね。
「そんなことはどうでもいい。それよりも奴は他家の子爵位を継いだのだろう?」
その問いかけには、どうしてうちの私兵の真似事をするのかという疑問が含まれていた。
他家の領主が先遣隊にいることに強い違和感を感じるのは当然か。
移住計画がうちの領だけで進めているという思い込みがあったんだろうね。
ただ、自分たちも誘われているのに他家が誘われる可能性を消しているのはどうかと思う。
裏を返せば移住計画がそれだけ荒唐無稽な話だってことでもあるが。
「そりゃあ、うちと協力して移住するからに決まっているじゃないですか」
「ふむ、先んじて勧誘していた訳か」
「そういうことです」
説明を重ねずとも察してくれるので助かるよ。
「あと、言い忘れていましたが今のウエイブル子爵領はもぬけの殻ですよ」
「「なにっ!?」」
フォレー辺境伯だけでなくタルネー辺境伯までもが驚愕している。
情報が外に漏れないようにしているから無理からぬことだ。
でないと冬を迎えているにもかかわらず野心的な他家が攻め込んできかねないんだよね。
直接うちに攻め入ってくる訳ではないとしてもアンデッドを率いるラビッシュがこれを無視するとは思えない。
手間をかけずに新たなアンデッドの素材をゲットできるまたとない機会だから。
それにウエイブル子爵領は我が国唯一の海の玄関口を保有することで奴らも狙っていた。
結果として偶発的に連中の計画が発動し中途半端な形でありながら壊滅的打撃を受けた訳だけど。
それでも不幸中の幸いだったと言える。
タイミングが異なれば全滅していたのは明らかだからね。
しかも敵の数は今よりもっと増えていた。
容易にアンデッドを増やせる奴らは対処可能とはいえ決して侮ってはいけない敵なのだ。
戦いは数だと顔面が傷だらけの某将軍も言っていたことが思い出される。
最期は巨大兵器と心中する格好で多くの敵を道連れにして散っていったけど。
まあ、ラビッシュ家の奴らが同じ運命をたどるとは言わないが。
巨大アンデッドなんて、さすがにシャレにならんからな。
「ラビッシュ子爵が手駒を使って暗躍していましてね。目論見通りにはなりませんでしたが奴らの計画が発動したことで領の維持が困難になったのですよ」
「なんということだ。港を手中に収める腹づもりだったとは」
他家に興味がないフォレー辺境伯もことの重大さを深刻に受け止めているのが見て取れた。
「奴らは昔から欲深かったからな。ワシらが思っていた以上に野心的だったというだけのことだ」
タルネー辺境伯はさもありなんと納得の表情を見せている。
「それはどうでもいい」
「良くはなかろう。いずれはワシらにも矛先が向けられるのは明白なのだぞ」
「今すぐの話ではなかろう。それよりもゲオルグだ」
「彼奴は無事だったのだろう?」
「ええ。奥方様も御無事ですよ」
「不幸中の幸いではあったな」
タルネー辺境伯はその言葉と共に沈鬱さと安堵が入り交じったような長い溜め息を見せた。
「再建は困難なのか?」
それを横目にフォレー辺境伯が聞いてくる。
「国の支援なしには無理でしょうね。現状を考えれば新天地で開墾を進める方がマシだと判断されたようです」
「お主らがともに行かぬのは何故だ」
タルネー辺境伯の疑問は当然だ。
本来であれば率先すべき立場なのだから。
「うちは領民が丸々残っていますからね。説得に時間がかかるんですよ。それでも周辺の村は先行移住させましたけど」
「冬を越せぬ者が出るからだな」
「そうですね。領都の住民よりは簡単に説得できましたよ」
「その口振りでは領民を説き伏せるのは終わっておるようだな」
「なかなかの骨折れ仕事でしたがね」
最初は移住希望も半数にも満たなかったけれどアンデッド軍団の映像を見せたところ余すことなく移住を希望することとなった。
本当は一時避難の説明のためだったんだけどねえ。
越冬が困難な我が領だからこそ命あっての物種が身に染みているってことなんだろう。
読んでくれてありがとう。
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