180 殿下、提案する
「この国にはほとほと愛想がつきておったからな」
「お前はまた、そのようなことを」
タルネー辺境伯の言葉にフォレー辺境伯が渋面を浮かべる。
「事実だ。鉱山が枯れかけておると報告しても国は何も手を打とうとはせんかった」
「もう少し言い方を考えろと言っているのだ」
「知らん。それにお主も言うておったではないか。このままでは先細りする一方だと」
「お前という奴はあっ」
声を荒げたフォレー辺境伯は立ち上がって隣に座るタルネー辺境伯に詰め寄る。
それでもあんまり修羅場の雰囲気を感じない。
どっしりと揺るぎなく腰を下ろしているドワーフに細身のエルフが迫る絵面のせいだろうか。
ホウキで大きな岩を動かすことはできないもんな。
「リーアル、そのくらいにしておけ。お前こそ殿下の御前であることを忘れているではないか」
「うっ」
はたと我に返ったフォレー辺境伯が慌ててたたずまいを正す。
「誠に申し訳ありません。礼を失したことおわび申し上げます」
フォレー辺境伯は深く謝罪するもレイチェル殿下は一向に気にしていない様子だ。
「いけませんね。前に来たときにはそのような報告を受けていませんよ。急にそうなった訳ではないのでしょう?」
ただし以前の視察時に報告を怠ったことについては看過しない。
それを受けてフォレー辺境伯はグッと言葉に詰まっていた。
「……仰るとおりです」
どうにか絞り出すように謝罪する。
「辺境伯の立場としては簡単に弱みを見せられないというのも分かりますよ」
確かに殿下の仰るとおりだな。
辺境伯は自由裁量を認められているが故に敵も多い。
自由に使えるお金が多いからね。
とはいえ、それは兵力を維持して諸外国に睨みをきかせなければならないが故なのだけど。
そのことをまともに理解していない馬鹿な連中が我が国には少なくない。
そういう輩は兵力の維持についても適当にやっておいて中抜きし放題などと考えるんだよな。
敵国に攻め込まれたらどうなるかも考えられないとは後先を考えていないのは明白である。
だから王族が消えたことを知るやいなや野心むき出しで戦の準備を始めるのだ。
そして、春になればそれらが全土へと一気に広がるのは間違いない。
まともなのは引きこもりの辺境伯たちだけというのが我が国の現状である。
誰が勝つにせよ疲弊したところを隣国に攻め込まれて簡単に敗北してしまうだろう。
目先の野望にとらわれ亡国へと踏み出し始めていることに気付けないとは情けないにも程がある。
だから俺たちは見限るんだけどね。
「ですが隠蔽が発覚すれば反逆罪に問われていたかもしれないということを忘れないでほしいのです」
まともな王侯貴族が少ない我が国においては、そうなる可能性の方が高かっただろう。
「迂闊な言動ひとつで討伐の軍が差し向けられていたかもしれないのですから」
「はい、申し訳ありませんでした」
謝罪するフォレー辺境伯は小さくなっていた。
自由裁量が認められているとはいえ報告の義務はあるからね。
「分かってくれればいいのです。もっとも──」
レイチェル殿下は苦笑しながら一拍の間を置いたかと思うと。
「今の私が何を言っても軽く聞こえてしまうのでしょうけど」
自嘲する言葉を紡ぎ出した。
殿下以外の王族が消えてしまったことでこの国の王権が弱体化したと言いたいのだろう。
それはどうだろうか。
生き残ったのが他の王族であったなら我が父も従いはしなかったとは思うがレイチェル殿下は違うんじゃないかな。
王族という立場におごることなく真摯に責務と向き合っている方だからね。
殿下がいなければとうの昔に見限っていたなんて言っていたくらいだし。
そのあたりは辺境伯たちも同じだと俺は感じている。
王族が消えてしまったことを知った後も態度を変えたりはしなかったし。
「そのようなことはありません」
「それについては同感だな」
「右に同じです」
それを証明するように両辺境伯だけでなく父アルブレヒトも殿下の言葉を否定した。
俺もそれだけのカリスマ性はあると思う。
イタズラ好きというかお茶目なところもあるのだけどね。
そういう一面がアクセントになって親近感が湧いたりするので、むしろプラスに働いているかもしれないな。
少なくとも俺は殿下に振り回されても憎めない感じだ。
父たちもそれは同じだろう。
でなきゃ即答したりはすまい。
「もし良ければ貴方がたも移住しませんか」
ニッコリとレイチェル殿下が微笑んだ。
殿下ならそう提案するだろうなと思ったので特に面食らうなどはしなかった。
今の発言の直前にアイコンタクトをもらっていたというのもある。
何かしら爆弾発言があってもおかしくないなと思っていたから心構えができていた訳だ。
無くてもこの程度なら想定の範囲内かなとは思うけど。
「ワシは鍛冶ができて酒があるならどこでもええわい」
タルネー辺境伯はドワーフだけあってこのふたつは絶対条件なんだな。
前の世界のゲームやらラノベやらで馴染み深い定番のドワーフ像ではある。
「シドくん、そのあたりはどうなんですか?」
殿下には定期的に報告しているはずなのに、わざわざ聞いてきますか。
要するに細かい説明は任せたと仰りたい訳だ。
丸投げとも言うな。ズルい。
「鉱物資源は特殊な形ですが手に入りますよ。こちらの方が枯れないので、その点は安心ですね」
酒については何とかなるだろうと踏んでいる。
輸入に頼る割合の方が多い現状よりは確保しやすいはずだ。
一からの生産になるので若い酒ばかりになってしまうのが難点ではあるけれど。
「枯れぬとは大きく出たな。だとしても採掘量が少なくては意味がないのだぞ」
「どれだけ採掘できるかは強さに依存することになると思いますよ」
「強さだと? 腕力という意味ではないのだな」
困惑の表情を浮かべながら確認するように聞いてくるタルネー辺境伯。
「ええ。戦う強さが求められます」
「まさか……」
そう呟いたのはフォレー辺境伯だった。
「お主は何か分かるのか」
「確証がある訳ではないよ。思い当たる節があるという程度の話にすぎない」
「何だ、それは?」
「ダンジョンだよ。外での狩りとは違ってダンジョンの中ではドロップ品が出るだろう」
「正解です。新天地には鉱物資源をドロップするダンジョンもあるんですよね」
「特殊な形とはそういうことか。ドロップの数を増やすには強くなければならんのだな」
タルネー辺境伯は得心がいったと困惑を顔から消したが、今度はフォレー辺境伯が深刻そうな思案顔になっていた。
「何だ? どうした、リーアル」
「先程アルが言ったことを忘れていないか。南方の無人島を発見して先遣隊を送ったと」
「覚えておるさ。だから、それがどうしたと言うのだ?」
脊髄反射で聞き返されて「少しは自分で考えろ」と言わんばかりにフォレー辺境伯が渋面を浮かべる。
「先遣隊と言うくらいだから頭数も知れているはずだ。にもかかわらずシドくんは鉱物資源をドロップするダンジョンもと言ったのだぞ」
「おう、そうだったな。時間をかけた訳でもないだろうに未開の土地でよくぞ発見できたものだ」
タルネー辺境伯は納得の表情を見せるがフォレー辺境伯はジトッとした視線を向けるばかりだ。
端的に言うなら「コイツ気付いてねえ」が喉まで出かかったような顔になっていた。
目は口ほどにものを言うを体現していると思うのだけど、それが向けられるべき相手には伝わっていないのが現実である。
読んでくれてありがとう。
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