179 どうするのか
かくかくしかじかとミューラー伯爵領の現状などを説明することしばし。
一通り話し終われば質問攻めにあうかと思っていたのに、そういう気配がまったくない。
「えーっと、何か質問はないですか?」
俺がそう問いかけた途端に止まっていた両辺境伯の時間が動き出した。
「冗談ではないぞ! なんだ、あのアンデッドの群れはっ」
「あれだけの数をどうやって対処するというのだ」
まくし立てるドワーフのシューバ・タルネー辺境伯と一見冷静そうに見えながらも早口になっているエルフのリーアル・フォレー辺境伯。
さすがに映像越しとは言え1万2千のアンデッドをまざまざと見せつけられれば動揺するなと言う方が無理があるか。
スタンピードが発生したに等しい状況だからね。
不幸中の幸いなのは移動速度がスタンピードとは比べるべくもないところだ。
でなきゃ領民を避難させるために奔走する余裕もなかっただろう。
「領民がすべて避難できていればやりようはありますよ。上手くすれば一気に滅することも不可能ではありません」
「大きくでおったな」
「にわかには信じ難い話だが何か策があるということか」
策と言うほどのことはないと思う。
「領都に誘い込んでドン!」
握ったこぶしを上に向けてパッと開く。
「とやるだけですよ」
「お主……、街ごと始末するつもりか」
「そうですよ」
「無茶苦茶ではないか」
「そんなことはありません。奴らを一網打尽にすればこれほど被害を少なくできる方法は他にないと思います」
俺の返答にタルネー辺境伯が言葉を失う。
「それは正気の沙汰ではないぞ」
フォレー辺境伯も言葉は出てくるものの心境はタルネー辺境伯とさほど差はないように見受けられる。
「それはラビッシュ子爵に言うのだな」
俺の説明ターンになってからずっと黙していた父アルブレヒトが口を開いた。
「己や忠誠を誓う配下の者だけでなく領民すべてをアンデッドにしてしまうなど、まともな人間のすることではなかろう」
「確かに常軌を逸しておるな」
「まったくだ。人であることを捨ててまで何を欲するというのか」
案外、本人にも分からなかったりしてな。
支配領域を広げることに取り憑かれ何のために政を為そうとするのかを見失っているなんてことは往々にしてあるものだ。
単に支配欲を満たしたいだけということも無いとは言わないけど。
「そんなのはどうでもいいんです。問題はあれを放置すれば手がつけられなくなるということですから」
「どうでもいい、か」
どこがツボにはまったのかタルネー辺境伯がクックックと喉を鳴らして笑う。
「話し合いで解決できる手合いでないのは間違いないだろうな。だが、現状ですでに手がつけられなくなっていると思うのだが」
「それだよ。あれに挑もうなど無謀がすぎるぞ」
タルネー辺境伯の言葉にフォレー辺境伯も同意する。
「やりようはあります。ただ、領民を守りながらでは大勢の犠牲が出てしまうのは避けられません」
「そこで一時避難の受け入れを頼みたいのだ」
父アルブレヒトが言いながら頭を下げる。
俺もそれにならった。
結果としてそれはすんなりと受け入れられたのだけど。
「少年はやりようがあると言ったが一国の軍に匹敵する数の敵を相手にしては大言がすぎるのではないか。誘い込むまでに全滅してもおかしくないだろう」
「私も同意見だ。逃げることは恥ではないのだぞ」
フォレー辺境伯が諭すように言ってくるが。
「放置すれば、この国どころか大陸が死者しかいない地になるでしょうね」
「ぐぬぅ」
「それを言われるとな。我々も悠長に構えていることは許されんか」
タルネー辺境伯が悔しげにうなり、フォレー辺境伯は渋面を浮かべながら独白した。
「本当に策は成すことができるのだな、アルよ」
「籠城しか手はないのではないか?」
敵の数に騙されているところがあるのか誘い込むことは迂闊にできないと両辺境伯は思っているようだ。
「あんなものは烏合の衆にすぎんぞ」
父はちゃんと分かっている。
「何だと!?」
「あれだけ統率されているのにか」
すべてのアンデッドが整列して同じ方向へ向かっているから、そう見えてしまうんだろうな。
「大半は己の意思を持たぬ人形だ。動作も鈍いからまともに進軍できておらんだろう」
「確かにスタンピードとは比べるべくもないが」
「だとしても簡単に削れるものではないだろう。シューバよ、君ならどう対処する」
「籠城して広域魔法で数を減らすしかあるまい」
「あの数では籠城もままならんぞ。城壁が突破されるのは時間の問題だろう」
「だからそうなる前に魔法で減らすと言っておるではないか」
「それだけの人員がいるのか? いたとして魔法を延々と使い続けることはできんのだぞ」
消耗するからね。
「ならば他に手はあるとでも?」
悔しそうに歯噛みしながらも抗うように問い返すタルネー辺境伯。
「だからこそ城壁の内側へ誘い込んでの全滅を狙うのだろうよ」
フォレー辺境伯はそう返事をしながらも重苦しい表情で頭を振る。
正気の沙汰ではないと言っていたから策として理解はしても自分ならばそれを実行することはないと思っているのかもね。
領地持ちのそれも自由裁量が許されている辺境伯だからこそ受け入れがたい発想なのは確かだ。
再建のことを考えるだけで地獄だろうからね。
「頭の痛い話よな。敵を全滅させねば未来がない。全滅させても復興は先が見えぬ」
「もとよりあの地で復興するつもりはないからな」
「なんだと!?」
「どういうことだ!?」
父の言葉に両辺境伯が席を立ち上がらんばかりの勢いで反応した。
「アンデッドどもを排除したところでこの国にまともな未来はない。覇権を握らんと爪を研いでいる連中がいるからな。魔物と違ってそちらは止めようがない」
「かと言って逃げることもままならんだろうに」
「ところが、そうでもないんだ」
呆れた様子で嘆息するタルネー辺境伯だったが、父アルブレヒトの余裕のある返答に一転して困惑し言葉を失う。
「そうでもないとは?」
かわりに聞いてきたのはフォレー辺境伯だ。
「まさかワイバーンどもが群れをなす北へ逃れるつもりか。自殺行為だぞ」
「まさか」
含み笑いで苦笑する父は輸送機で飛んだ日のことを思い出しているような気がした。
「ふとした偶然ではるか遠く南方に無人の島を見つけてな。そこへ移住する予定だ」
「「なにっ!?」」
両辺境伯が見事にハモった。
「そんな都合良く……」
「にわかには信じられんな……」
突拍子もない話について行くことができないのかフォレー辺境伯もタルネー辺境伯も言葉に力がない。
それでも長い付き合いがあるからこそ我が父がホラを吹いたりはしないと信じているのだけは分かった。
「そう言うだろうと思ったよ。ところが、すでに先遣の人員は送り込んでいるんだ」
「なるほど。本格的な入植の準備が整う前にアンデッドどもに動きがあったということか」
フォレー辺境伯は理解が早いね。
「ふむ。そちらに領民を逃そうにも全員を送り込む時間的な余裕がないのだな」
タルネー辺境伯もか。
「2人とも正解だ」
「お主、此度の件がなければ黙って移住するつもりだったのではあるまいな」
「そこまで義理を欠く男ではないだろう」
タルネー辺境伯がジロリとアルブレヒトを睨むもののフォレー辺境伯がフォローしている。
「そうだな。挨拶には来たさ」
「それはこの国を去る直前だろう」
「現状では殿下のそばを離れる訳にはいかんのでな」
「だとしてもだ。誰か使者を送るなりしてワシらを誘おうとは思わなかったのか」
おや、それは意外な提案だ。
辺境伯ならば国から独立して内戦を回避する手もあると思ったのだけど。
読んでくれてありがとう。
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