172 決闘だってさ
「タルネー辺境伯の謝罪は受け入れます」
「うむ。恩に着る」
硬い表情は変わらないものの辺境伯が放っていたピリついた空気は幾分か和らいだようだ。
とはいえ安堵するには気が早い。
「ですが、御子息の言動を許すつもりはありません」
そう言い終えた途端に様々な反応があった。
何故か楽しげに笑みを浮かべたレイチェル殿下と信じられないものを見たかのようにギョッとした表情を見せるリーリエ。
リーリエほどではないが「本気か!?」と言わんばかりの目で見てくるフォレー辺境伯と殿下の護衛のオリビア。
我が父アルブレヒトは涼しい顔をしながらも不敵な笑みが垣間見えるかのようだ。
で、俺の言葉を受けたタルネー辺境伯はよりいっそう険しい表情に様変わりしていた。
その後ろに控える彼の息子アーカスは何故か獰猛な笑みを浮かべている。
獲物を見つけた獣を思わせる様はどう見ても父親からキツい叱責を受けたばかりには見えない。
もしかして、俺なにかやらかしちゃいましたかね?
それも都合の悪い方に。
思い当たるのは今の発言しかないんだけど、そこから何がどう結びつくのか見当もつかない。
「本当に良いのか」
今までよりも重苦しさを感じさせる声でタルネー辺境伯に問われるが、ほいほいと自分の発言を覆すのは違うよなぁ。
無責任というか軽いというか。
たとえリスクがあるのだとしても押し通るまでだ。
あの馬鹿息子を許す気には到底なれないからね。
けど、まさか許さないと言っただけで決闘を申し込んだことになるなんて夢にも思わなかったさ。
たとえ代理であろうと貴族の謝罪を拒否した場合はそういうことになるらしい。
少なくともこの国では。
道理でレイチェル殿下や父が楽しそうにしている訳だ。
万が一にも俺がアーカスに負けるとは思っていないらしい。
どう考えても10才児に対する評価じゃないよな。
俺としては「どうしてこうなった!?」の心境だよ。
引き継いだ先代の知識にはなかったからね。
いや、先代のせいにしてはいけないな。
これはこの国での貴族の作法などを確認していなかった俺の怠慢が招いたことだ。
シド・ミューラーとして転生してから今まで時間はたっぷりとあったのだから。
とにかく引き下がるつもりは毛頭ない。
むしろ考えなしのバカ野郎にキツいお仕置きができることを思えば好都合だ。
……まあ、考えなしなのは俺もなんだけど。
そんなこんなであれよあれよという間に決闘の準備は進められていった。
会談そっちのけだけど、こちらの解決が優先されるのはタルネー辺境伯の意向があってのことだ。
何かしらの思惑がありそうだね。
おそらくは決闘が終わった後にアーカスを処分するつもりなんじゃないかな。
奴の身分や立場は完全に白紙状態になると見て間違いあるまい。
それだけではなく親子の縁も切ってしまいそうな気がする。
決闘の勝敗は加味されないだろうね。
タルネー辺境伯は俺が勝つとは微塵も思ってないみたいだし。
常識的に考えれば大人と子供の勝負で子供が勝つなどあり得ないので無理もないんだけどさ。
ただ、その読みはちょっと浅いんじゃないかなと思うのだよ。
アルブレヒトが余裕の表情を崩していないのが見えていないのか、それともスパルタな教育方針で口出ししてこないと思っているのか。
何にせよ俺のことを年端もいかない子供だと思ってちゃんと見ていないのは確かだろうね。
現にリーリエの兄であるフォレー辺境伯は意味ありげな視線で俺のことを見ているし。
そんな兄の姿を見て何かを感じ取ったらしいリーリエが驚いていた。
兄妹だから言葉にしなくても通じるものがあるということか。
とはいえ、リーリエも驚いたのは一瞬のこと。
何かしら思い当たることがあったかのような目をしたかと思うと納得の顔で小さくうなずいていた。
さすがに何を考えているのか想像もつかないけど、ひとつだけ分かることがある。
それはこの決闘にもはや何の懸念も抱いていないということ。
今まであたふたしたリーリエの態度が急に落ち着いた感じになったから疑う余地はない。
とにかく決闘のために移動することになった。
各々が武器を用意する間を与えられた後で室内の訓練場へと案内される。
そこには会談の場にいた者以外の人間は誰一人としていなかった。
結果がどのようなものになるのであれ外部に漏れ伝わることがないよう考えてくれているみたいだね。
今の統治者がいないも同然の危ういバランス状態の国内事情からすると無用な配慮なんだけど。
……現状のあれこれを考えると辺境伯たちも移住に誘った方がいいかな。
フォレー辺境伯もタルネー辺境伯も我こそが国を統べるという野心を持ちそうに見えないし。
現状を正確に把握していないからということも考えられるけど。
知ったとしても豹変するようなことはないんじゃないかなと俺は思っている。
なんにせよ決闘を済ませないと何も始まらない。
我が領の住民を避難させてもらうという本来の目的も忘れてはいけない。
その交渉をする中で国の状況を説明することになるだろう。
あれやこれやと考えているとフォレー辺境伯からペンダントを渡された。
無骨な感じのペンダントトップにはいくつかの魔石が並んでおり規則正しい魔力の流れを感じる。
「身代わりの魔道具ですか。魔石を使い捨てることで術式の刻まれたペンダントトップにダメージが行かないようになっていますね」
両辺境伯からギョッとした目を向けられてしまいましたよ?
こんな子供が魔道具の目利きができるとは想像すらできなかったみたいだね。
それを見たリーリエが苦笑していた。
すでに色々と見ているから耐性がついているというところか。
決闘相手のアーカスはそんなことはどうでもいいと言いたげに、さっさとペンダントを首にかけていた。
変な薬でもやっているんじゃないかと思うほど血走った目と荒い鼻息で殺意を向けてくる。
両手に刃先の長い斧を持っているのも相まって日本だったら通報待ったなしだ。
こういうのも二刀流と言うのかね。それとも二斧流か?
面倒だから二刀流でいっか。
それよりも気にすべきは斧の方だ。
ポールウェポンの一種であるバルディッシュの柄を短く切り詰めたような見た目をしている。
斧剣とでも呼べばいいのだろうか。
ちらっとアカシックレコードで呼称だけ確認してみたら、まんま斧剣だった。
刃渡りは斧としては長い方か。
ただ、柄を短くしたことでバランスが悪くなっている。
それ故ショートソードかブロードソードでいいんじゃないかと内心でツッコミを入れたのは内緒だ。
ただ、身幅は剣よりもあるから一撃が重そうなのは長所になるのかな。
ドワーフの腕力で振り回すことを考えると持て余すことはなさそうだし、バランスの悪さも力業でどうにかしそうだ。
脳筋御用達の武器であるのは間違いないな。
しかし、そこだけ切り取るように考えると攻撃一辺倒に思えるかもしれないけれど二刀流であることを忘れてはいけない。
普通の二刀流がそうであるように防御も侮れないはずだ。
あの入れ込み具合でどれほど守りを意識するかは何とも言い難いところだが。
それでも鍛錬は嘘をつかない。
体が覚えていて、とっさに動くということはある。
……そちらも怪しいものだけど。
足の運びは素人くさいし斧剣を持った姿もぎこちなさを感じさせるせいでね。
実力を隠すためにわざとそうしているなら大したものだ。
さて、実際はどうかな。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




