171 空気の読めない無礼者
どうしてこうなった!?
リーリエの案内でフォレー辺境伯領まで飛行機に乗ってきたところまでは順調だった。
その先も領都上空で旋回飛行する飛行機に危うく攻撃を受けそうになったり冷や冷やする場面があったことも今では良き思い出……
んな訳あるかぁっ!
リーリエのおかげで着陸もどうにか許されて会談の場が設けられた。
本来であれば、そこで我が領の住民を避難させるために助力を要請しているはずだったのだが。
子供たちが誘拐された件で南のタルネー辺境伯が来ており会談に同席することになったところから雲行きが怪しくなったと思う。
タルネー辺境伯は何も悪くはない。
彼の従者が問題児だったのだ。
一応は成人しているんだけど中身は子供と言って差し支えないような輩である。
我が父アルブレヒトが経緯の概略を話したところで難癖をつけられてしまったのには唖然としたよ。
「子供にあのような魔道具が作れるはずがない!」
タルネー辺境伯の後ろに控えていた若いドワーフが吠えた。
俺としては「あーあ、やっちゃった」と思うに留まったんだけどね。
生憎と周りはそうではなかった。
父アルブレヒトは言うに及ばずレイチェル殿下もこの領の主であるリーアル・フォレー辺境伯──住民はすべてエルフで構成された深い森の奥に領都を構える領地の主──も一瞬で顔から表情が消えたからね。
マンガで言えば「スン」という擬音が入るところだ。
この場は誘拐事件の報告も兼ねていたのでリーリエも同席していたが、彼女は激情を何とか抑えこもうとしていた。
怒りの波動までは封じ込められなかったようで「ゴゴゴゴゴゴ!!」という描き文字が見えるかのようだったよ。
俺としてはそこまで怒るようなことかと思ったのだけど、奴とは年齢が近いみたいだし何かしらの因縁があるのかもしれない。
リーリエと似たような反応でもっと怒気を上手く隠しているのがシューバ・タルネー辺境伯──ドワーフが大半を占める領の主──である。
怒気と言うよりは殺気だったけどね。
それは彼の斜め後ろで立っている礼儀を知らないドワーフに向けられていたのは言うまでもない。
殺気立つのはさすがにやり過ぎだとは思ったけれど。
もしかすると、この若いドワーフはすでに何度もやらかしているのかもしれない。
今回の件でタルネー辺境伯の堪忍袋の緒が切れてしまったと考えると辻褄は合いそうだけど。
俺の仮説が正しいかどうか無理に聞くつもりもないけどね。
席に着くことは許されているけど父のおまけな俺が勝手に喋るのは控えるべきだろうし。
「アンデッドが子供たちをさらっただって? それもコイツの仕業なんじゃないのかっ」
余計な一言まで言っちゃうか。
これで父と殿下を完全に敵に回してしまったな。
2人とも表情こそ変えないもののタルネー辺境伯と同じような状態である。
外には出てこない内心を代弁するかのようにリーリエがまなじりを吊り上げていた。
放たれる怒りは今にも爆発しそうなほど膨れ上がっていたが、勝手な発言で不作法になってしまわないようどうにか抑えこんでいる様子。
それこそ、お前のように誰彼構わず噛みつくような輩ではないと言わんばかりだ。
席に着いている面子で激情を抱えていないのはフォレー辺境伯のみ。
とはいえ若いドワーフに向けて冷ややかな侮蔑の視線を送ってはいたが。
この様子だと話がどう転んでも許しはすまい。
愚か者は誰の家で無礼な振る舞いをしているのか少しは己の言動を顧みるべきだと思うのだが無理だろう。
それができるなら最初から考えなしの発言などするはずがないのだ。
処罰されることになっても納得せず醜態をさらすのは目に見えている。
そんなこととは露程も気付かずに失礼なドワーフは俺下げの言葉を次から次へと繰り出してきた。
魔物をテイムして従えているところを見せびらかすなど子供のやることだとか。
その調子でアンデッドも従えているに違いないとか。
「どうせアンデッドを大量に使役して自作自演でもするつもりなんだろう!」
おや? 今ちょっと聞き捨てならない発言がありましたよ。
自作自演とは何を根拠にしているんだろうね。
そもそもアンデッドの軍勢にうちの領が狙われているという話はまだ出ていないんですが?
この男、どうやらうちの隣領のスカム・ラビッシュ子爵とつながりがあるみたいだ。
でなきゃ子供たちをさらったのがアンデッドだと分かるはずがないからね。
一緒にさらわれたリーリエ以外でそれを知っているのは俺たちだけである。
リーリエは「不意を突かれて気を失い目覚めたときには地下牢にいました」としか言っていない。
その正体について報告する前に愚か者が口を挟んだのだ。
もしかするとだけど子爵をアシストするつもりだった?
このタイミングで俺のせいにしてしまえばリーリエがどんな報告をしようと子爵が疑われることはないからね。
なんにせよ余計なことを口走って墓穴を掘ったことだけは間違いない。
そのことに気付いていないのは愚か者だけである。
「貴様はもう黙れ、アーカス」
愚か者を振り返ることなく静かに告げるタルネー辺境伯。
淡々とした語り口であったにもかかわらずアーカスと呼ばれた愚か者は次に言おうとしていた言葉を封じ込められていた。
タルネー辺境伯が殺気を抑えなくなったせいだろう。
「しっ、しかしだな、親父殿」
「黙れと言った」
「ひぃっ」
ドスの利いた声と駄目押しの殺気にアーカスは一瞬で青い顔になって短く悲鳴を上げガクガクと脚を震わせている。
あー、リーリエもどうにか耐えているといった感じだ。
命のやり取りをした経験がなければ、この殺気は厳しいか。
俺は数ある前世で幾度となく味わってきたから柳に風と受け流せるんだけど。
「フォレー卿、ミューラー卿、我が愚息にかわり不作法を詫びる。誠にすまぬ」
タルネー辺境伯が頭を下げた。
ドワーフなのに武士みたいだと思ったのは内緒である。
「シューバ殿、謝罪する相手が足りないのではないかと思うのだが」
俺が愚にもつかないことを考えているとフォレー辺境伯が何やら指摘していた。
タルネー辺境伯の今の謝罪はこの国の作法に反していないと思うのだが他に誰が足りないと言うのだろう。
ああ、そういやリーリエが怒り心頭に発す状態だったな。
妹を怒らせた愚か者に対する兄の反応として考えれば妥当なのだろうか。
つまり、ブラコン?
「むぅ、言われてみれば確かにそうだな」
指摘を受けたタルネー辺境伯が普通に気付けるということは俺の読みは違ったようだ。
「シド殿だったな」
「はいぃ?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったので返事の声が上ずってしまった。
恥ずかしい。
「愚息の無礼な発言、本当にすまなかった」
フォレー辺境伯や父に謝罪した時よりも深々と頭を下げるタルネー辺境伯。
チラリと父の方を見やると無言でうなずかれた。
俺が発言しても問題ないようだ。
この会談において席に着くことを許されているので大丈夫だと分かってはいたけど、初対面の大人がいる席で子供が出しゃばるのは気が引けたんだよね。
今更そんなことを気にするのかと誰かに言われそうだけど。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




