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170 厄介な状況

「何か手立てはあるかしら?」


 アンデッドの数が減らないという最悪の状況であることを理解しながらもレイチェル殿下は取り乱したりはしない。

 冷静に解決策を求めている。


「住民の避難は必須でしょう。魔法に対する耐性の低い者も同様です。後は籠城戦でちまちまと敵を削っていくしかないかと」


「それ、勝てる見込みはあるのかしら」


 殿下が疑問を口にするのも当然だ。

 ただでさえ彼我の戦力差が大きいというのに、こちらの戦力が戦う前から激減するからなぁ。

 おまけに向こうはアンデッドだから恐怖も痛みも感じない。

 ハッキリ言って結構なピンチなんだよね。


「何をもって勝利とするのかにもよります。敵の殲滅だけが条件であるなら難しくはないのですが」


 こちら側の被害も馬鹿にならないだろう。

 避難が間に合わなければ、どこまで犠牲者が出てしまうか見当もつかない。

 仮に非戦闘員の避難が完了していたとしてもゼロとはならないはずだ。


「少なからず犠牲は出てしまうということですね」


「そういうことです。どれだけとは言えませんがゼロにはならないでしょう」


「ならば全員で避難した方が良くないですか?」


 もっともな意見だが問題がない訳ではない。

 避難が間に合うかどうかというのも、そのうちのひとつと言えるだろう。

 ただ、これについては間に合う可能性も残されている。


「そうしたいのは山々なんですけど……」


「何か問題があるのね」


「はい。奴らのせいで人の住めない場所が広く拡大して国内に留まらない恐れがあるんです」


 馬鹿みたいにアンデッドを増やした考えなしの無能領主がいるからね。

 放置すれば、これからも増やせるだけ増やすだろう。


「最悪の場合は大陸の半分以上が死の領域と化してしまいかねません」


 必ずそうなる訳ではない。

 むしろ可能性としては低いだろう。

 どの国も無抵抗という訳ではないのだから。


 それでもこの国は再建不能なくらいズタズタにされてしまうのは目に見えている。

 すでに領主間の連携はほぼ取れない状況だからね。

 現状は静かな内戦状態と言ってもいいだろう。


 北国である我が国の厳しい冬の環境が野心に燃える貴族たちの衝動を押し止めているにすぎない。

 雪解けを合図に激しい内戦が勃発することだろう。


 が、アンデッドはそれを待つ必要がない。

 冬の過酷さも雪が進軍速度を落とすだけで凍死も餓死もしないのだから。

 決して高くはない戦闘力も数の力で押し切ることが可能だし戦闘で数を減らしても戦死者から補充ができる。


 補充に関しては非人道的と言わざるを得ないが、それを躊躇うような相手ではない。

 形振り構わず数の暴力で隣領を滅ぼそうと企むようなのがトップだからね。

 喜々として自軍の拡充をしようとするのは想像に難くない。


「それはいただけない話ですね。国を捨てると覚悟していても死者の国になるのは我慢なりません」


 その言葉は静かでありながら大いに力がこもっていた。

 内戦で国が消えてしまうことには抵抗を感じながらも受け入れたレイチェル殿下であってもアンデッドの巣窟にしてしまうのは耐え難いようだ。

 そういう心情であるなら立つ鳥跡を濁さずじゃないけど始末をつけたいと願うのは不思議でもなんでもない。


「犠牲者を極力出さずに敵を迎え撃つことはできますか」


「非戦闘員の避難場所さえ確保できれば、どうにかなるとは思うのですが」


 それが現状での最大のネックだ。

 ドレインが範囲攻撃の魔法みたいになるから距離を取りたいが輸送力の問題があるからなぁ。

 領都の民を一度で全員避難させることはできないのでピストン輸送するしかない。


 そうなるとタイムリミットがあるが故に距離は稼げなくなってしまう。

 間違っても移住計画を前倒しして遥か南方の無人島へ避難するなんてことは不可能だ。

 かと言って内戦状態に等しい国内では、領民すべてを避難させるのは非常に困難と言わざるを得ない。

 それは殿下も分かっているのだろう。


「ままならないものですね」


 苦しげに言葉を絞り出した。


「輸送船の量産に着手していなかったのが悔やまれます」


 移住は春以降だからと、のんびり構えていたのが仇になるとはね。


「今は反省や後悔をするよりも次善の策がないか考えましょう」


 もっともだとは思うのだが、そう簡単に妙案を思いつくものではない。

 重苦しい沈黙が書庫の中を支配していく。

 時間ばかりが虚しく過ぎ去っていく中で不意に──


「あのう……」


 リーリエが控えめに胸元で挙手しながら呼びかけてきた。

 全員の視線が一気に集まりビクリと身を震わせたけれど、それでも意を決した表情で口を開く。


「ぜひとも私どもに協力させてもらえませんか」


 彼女は「私」ではなく「私ども」と言った。

 決して聞き間違いなどではない。

 リーリエ個人ではなくフォレー辺境伯家の人間として手助けをしようと申し出てくれている。

 そこには家名にかけて受けた恩を返そうという強い意志が垣間見えた。


 そう言えば、この世界のエルフは義理堅い種族なんだっけ。

 世間的にはクールな印象を持たれがちで、そういう一面があることはあまり知られていないみたいだけど。

 この様子ならリーリエの独断によるこの申し出も辺境伯家の都合で反故にされることはなさそうだ。

 まさに情けは人のためならずだね。


 だた、俺には提案はできても決定権はない。

 それは伯爵家の当主である父アルブレヒトの仕事である。

 だから父の方を見た。

 エレオノーラも父がどう判断するのか気になるようで俺と同じように強く視線を向けている。


「民を保護しつつ敵の包囲を突破するのは容易ではないかとは思いますが──」


 リーリエは必死さのあまり俺たちの視線が自分から移っていることに気付いていないのか懸念事項を話している。


「その心配は無用だ」


「え?」


 父がリーリエの言葉を遮った。


「民を安全に運ぶ手段ならある」


「そんな方法が!?」


 驚きの顔で固まりかけたリーリエだったが、すぐに何かを思い出したようでハッとした表情になった。


「潜地艇ですか」


 答え合わせを求めるような言葉を受けたアルブレヒトが困り顔で俺の方を見てきた。

 詳細なスペックを知らないのだから無理もない。


「あれは大量輸送には向きません。実は空飛ぶ船があるんですよ」


 俺が代わりに答えると、リーリエは唖然として固まってしまった。

 もしかして驚いているのか?

 潜地艇を体験した後で空飛ぶ船の存在を聞かされたくらいで言葉を失うほど衝撃を受けるとは、にわかには信じ難いのだけれど。


 何であれリーリエが驚いたのは事実。

 ということで本日は予定を変更して飛行機に乗ってもらうことになった。

 結果を先に言うと卒倒寸前までいったよ。

 地に足がつかないのは信じ難いんだそうだ。


 で、そのままフォレー辺境伯領へ飛んでいこうという話になった。

 子供たちを乗せていかなくて良いのかと言うと──


「その方がきっと余計にややこしいことになるわ。先に私が事情を説明してからの方がいいと思う」


 とのこと。

 今ひとつ理解しかねたが、リーリエがモアベターだと言うのなら従った方が無難だ。

 レイチェル殿下も同乗しているし、何か揉めるようなことがあっても最悪の事態だけは避けられると思いたい。


 このタイミングで楽観視しているとフラグが立ちかねないので油断はしないがね。

 まあ、油断はしなくてもトラブルになる時はなってしまうのだけど。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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