169 バッドニュース
特に問題なくシミュレーター訓練は数日続いたのだが他の所で問題は起きていた。
起きたというか想定していたことが起きなかったと言うべきか。
とにかく世の中そんなに甘くないということだ。
その日の朝食後は緊迫した空気が漂っていた。
つい先ほどまで浸っていた朝食のフレンチトーストのほわほわした余韻など綺麗に消し飛んでしまっている。
その重苦しい雰囲気を醸し出しているのは他ならぬ俺なんだけどさ。
これから良くない知らせについて話さねばならないため嫌でも緊張感が高まってしまうのだ。
結果として槍玉に挙げられてもおかしくない。
俺自身が責められる覚悟はできているがなかなか踏ん切りがつかない。
問題はもたらされた情報にどう対処するかで未来が大きく変わる点である。
下手を打つと甚大な被害を被ることもあり得るのがなぁ……
「やけに深刻そうな顔をしているじゃない、シド」
これから話そうと思ったタイミングで姉エレオノーラから声をかけられた。
出鼻をくじかれたとまでは言わないが、少しばかり気が抜けたのは間違いない。
むしろ、その方が良かったかもしれないな。
話の内容を考えると重苦しい雰囲気を残したままだと後々まで響きかねないからね。
「深刻そうじゃなくて深刻なんです」
「どういうことですか?」
ただ事ではないと察したであろうレイチェル殿下が、すかさず聞いてきた。
「想定していたよりも悪い事態になっているんですよね」
「どういう風に?」
「敵の数がほとんど減っていないんですよ」
「なんだとっ!?」
ガタンと音を立てて席から立ち上がる我が父アルブレヒトである。
まあ、すぐに我に返って座り直したけれども。
「それは拠点から移動していないという意味ではないのだな」
険しい表情で確認するように聞いてくる。
「ええ。移動していなければ数が減らないのもまだ説明がつくんですけど」
「どういうことかしら」
今ひとつピンときていない他の面々を代表するように殿下が聞いてくる。
「アンデッドは普通の食事をしないので補給なしで永久に動けると誤解されがちですが、そんなことはないんです」
「確か周囲の環境から放出される魔力を得ているんだったわね」
思い出したという顔でエレオノーラが言った。
「だから王城内のアンデッドは数か少なかったのね」
納得がいったとばかりにポンと手を叩くレイチェル殿下である。
が、それは少し違う。
「あれは配置した者の手抜きです。王都であれば、もっと多くても維持できるはずですから」
「そうなの?」
「王都は人口が多いじゃないですか。人から発せられる余剰魔力は結構多いんですよ」
「それだとおかしくないか? ラビッシュ子爵領の民はすべてアンデッドになっているのだろう?」
そう聞いてきたのは殿下の護衛を務めるオリビアだ。
「おかしくはないですね。人が放出する魔力に限定される訳じゃないですから」
「おそらく向こうの領都とその周辺は魔力溜まりとなっているはずだ」
父アルブレヒトが俺の言葉を補足する。
「儀式魔法を使って意図的にそうしたということかしら」
エレオノーラが口にした疑問に首肯で答える。
「ただ、それも進軍を開始すれば状況が変わるはずだったんです」
「魔力の供給源から遠ざかるほど人で言うところの飢えた状態になるのね」
「ええ。限界に達すれば飢え死に、アンデッドとしての状態を維持できなくなります」
「ところが、そうはならなかった。察するに何らかの供給手段があったのね」
「はい、殿下の仰るとおりです。残念なことに奴らの方が1枚上手でした」
「本当にそんなことが可能なのか? 奴らの数は桁が違うだろう」
父は未だに信じられないようで頭を振っている。
1万2千ものアンデッドを維持することを考えれば無理もない。
ただ、魔物の専門家である護国大臣だからこその反応だとも言えた。
予備知識のない面々は実感が伴っていなくて、そんなものかという顔をしているし。
「グールの上位種が結構な数いるんですよ」
「上位種だと?」
アルブレヒトが驚きと困惑が入り交じった表情を覗かせるが無理もない。
そんなものは今まで存在しなかったからだ。
「儀式魔法で強化したみたいですね。ハイグールとでも呼びましょうか」
「ラビッシュ子爵はそんなものを研究していたのか」
「研究していたのは前子爵ですけどね」
現子爵はその成果を利用しているだけに過ぎない。
研究を引き継ぐだとか独自路線で研究するような素振りがないからね。
現状における奴の日課はスケルトンを長いムチでいたぶるように破壊することだけだ。
悪趣味なサディストであるのは火を見るよりも明らかだろう。
そのくせグールやゾンビでそれをしないのは腐肉などが飛び散るのを忌避しているからのようである。
どう見ても潔癖症の変態でしかなく研究者だと思う者はいないだろう。
「それで、そのハイグールとやらはグールと比べてどれほどのものなのだ」
「おそらくですが身体的な能力だけなら普通のグールに毛の生えた程度かと」
「その根拠は?」
「訓練の様子を観察しただけですが、我が領の騎士や兵士とフィジカル面だけは大きく変わらないように見えました」
技量は向こうの方が明らかに見劣りするので「フィジカル面だけは」と強調しておいた。
父もそれで悟ってくれるだろう。
「ふむ、なるほど。つまり、騎士や兵士がハイグールになっているのだな」
「そのようです」
「ならば、ハイグールの他の能力はどうなんだ?」
上位種なのにさして変わらないと言われれば気になって当然だよね。
「周囲から精気を吸い出すドレイン能力を持っているんですよね」
ゲーム的な言い方をするならライフポイントやヒットポイントだな。
ゼロになれば死んでしまうのは言うまでもない。
「何っ!?」
ドレインという単語を耳にした父が血相を変えて立ち上がる。
そりゃそうだ。本来であれば強力なアンデッドしか持ち得ない能力だからね。
「父さんが思っているほど強力なものじゃないですよ。一瞬で何もかも奪いつくすような勢いはありませんから」
「そうなのか。すまない、取り乱した」
謝罪しながら座り直す父である。
「ですが、数は多いですからね。そいつらが周りの木々や生息する動物たちから強引に吸い出して放出しています」
当たり前のことだが命は有限である。
回復が間に合わない状態で精気が奪われ続ければ、いずれ命も失われてしまう。
一瞬で死に至るか徐々に衰弱していくかの差でしかない。
「なんと……」
父は楽観できる状況ではないことに気付いたようで言葉を失っている。
「そんなに酷いの?」
思わずと言った様子でレイチェル殿下が聞いてきた。
「ゆっくりと生きとし生けるものが存在しない死の森を作りながら進軍しているようなものです」
この言葉で全員が絶句した。
無理もない。近づかれてしまえば時間が経つほどに悪化していくからなぁ。
単に数が多いだけなら、やりようもあったんだけど迂闊に籠城戦もできなくなるのは厳しいものがある。
「結界で遮断することはできないのかしら」
「一時的には可能ですが長くは持たないと思います」
敵のドレイン能力がどれほどかにもよるけれど楽観していると痛い目を見るのは疑う余地もないだろう。
結界で守っている間にハイグールをどうにかしようにも1体2体ではない上に山のようにいる雑魚どもにガードされているからなぁ。
「このままだとジリ貧になるということね」
「はい。今のままだと確実に少なくない被害が出ます」
まさにバッドニュースだ。
俺もこの事実を知って間がないから適切な対処法を考えるまでには至ってないんだよね。
限られた戦力で1万2千の敵と対峙するのは普通の神経だと耐えられないだろうなぁ。
さて、どうしたものか。
読んでくれてありがとう。
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