167 シミュレーター
「格納庫の中ってこんな風になっているのねえ。厩舎のようなものを想像していたけれど、ずいぶんと違うわ」
物珍しさを言葉にしたような声が背後から聞こえてきた。
レイチェル殿下だ。
格納庫の外観から経験と知識を駆使して予想していたようだけど、それが見当違いだったのは仕方のないことだ。
内部は仕切りや柱がほぼないせいで広々として見えるのが大きい。
馬や牛と違って個別に分ける必要がないから厩舎と異なるのは自然なことだろう。
「柱が見当たりません。これでよく屋根が落ちないものですね」
不安げに天井の方へ目を向けながら言ったのは殿下の専属侍女であるアンナ・シェフィールドである。
「大丈夫なんじゃないか。天井近くの梁が複雑な形状をしている。きっと、あれが屋根の重みを分散させているんだと思う」
なかなか鋭いことを言ったのは殿下の最後の近衛騎士であるオリビア・エルブレインだ。
元は見習いだったけれど殿下が昇格させた。
「あれはトラスフレームと言ってオリビアさんの言ったとおりの効果があります」
俺もフォローすべく説明したものの、アンナはまだ不安そうにしている。
彼女が己の中にある常識をアップデート完了するまではしょうがないだろう。
「こうしてゴーレムがたくさん並んでいると壮観ね」
アンナのことはスルーして次の感想を述べるレイチェル殿下。
放置された方はいつものことだとばかりに流そうとしているが己の中にある不安感だけは拭いきれずチラチラと上に視線を送るのを繰り返していた。
そのうち慣れるだろうから俺もこれ以上のフォローはしないけどね。
殿下も同じように思うからこそスルーしたんだと思うし。
ゴーレムアーマーが片膝をついてズラリと並ぶ様に目を奪われただけの可能性も否定はできないけど。
「それについては同感ですが……」
姉エレオノーラは殿下の言葉に同意しつつも素直に感心することはできないらしい。
どうしてもゴーレムアーマーが数の暴力に押し潰される様を想像して懸念を感じてしまうようだ。
こればかりはシミュレーターでゴーレムアーマーの戦闘力を確認してもらわないと払拭できないんだろうね。
戦闘力を実感しただけじゃダメかもしれないけど。
それでも今よりはマシになるんじゃないかな。
「こちらです」
とにかく、何時までも入り口の所で突っ立っている訳にもいかないので奥へと案内する。
じきにゴーレムアーマーとは違うものが壁面に沿っていくつも設置されているのが見えてきた。
「これがシミュレーターなの?」
我が姉エレオノーラが訝しげに聞いてくるのも無理はない。
「そうですね。あちらのゴーレムアーマーとは似ても似つかない形をしていますが?」
レイチェル殿下が姉の言葉に同意しながら俺に聞いてくる質問がすべてだ。
高さ的にはゴーレムアーマーが立った状態とほぼ同じながら四肢はおろか頭すらない状態の丸みを帯びた箱形の何か。
「形状が異なるのは実際に動かす必要がないからです。操縦席の方は実機と何も変わらないので御心配なく」
「そういうことなら、さっそく始めましょう」
時間が勿体ないとばかりに急かしてくる姉である。
せっかちだよねえと苦笑していると──
「シドくん、私もいいかしら?」
何が? と質問の詳細を確認するまでもないだろう。
「殿下っ、いけません!」
同じように察したアンナが無謀な行いをとがめるように制止してきた。
あまりの鋭さにリーリエがあわあわしている。
それを見たオリビアは「また始まった」と言わんばかりの表情を見せていた。
言い出したら頑固一徹状態で止めようとするのは無意味だと悟っているというところか。
そんな彼女たちに対し我が父アルブレヒトは無反応を貫いている。
実機じゃないから問題ないとでも考えているのだろう。
エレオノーラも同様に口出ししないつもりのようだ。
「前線に出たりはしないわ。でも、乗り方を知っておけば、どんな状況になっても安心でしょ」
暗に逃げるのにも使えると言っている訳だ。
このお姫様にはそんなつもりなど更々ないだろうけどね。
それこそ、いざとなったら前に出て兵たちを鼓舞するくらいはするだろう。
いつもニコニコしてつかみ所がない雰囲気の殿下だけど危機的状況になってもドンと構えているタイプだというのは承知している。
殿下を飛行機に乗せて飛行していた際にGタイラントスパイダーと遭遇して襲撃を受けた時もそうだったもんな。
ウエイブル子爵領で騒動に巻き込まれた時もね。
ならば、いっそのこと操縦法を覚えてもらった方が良さそうである。
これは量産型とはいえ馬よりも早く滑走できるから逃げるのも容易だし、そこらの馬車よりも頑丈だ。
攻撃力も持っているから抵抗もできる。
そのあたりを説明することでアンナにも納得してもらった。
ならば自分もと手を挙げるとは思わなかったけどね。
殿下に付き従いほかの誰よりも一緒に行動することが多いから好都合ではある。
そうなってくると必然的にオリビアも参加が決定する訳で。
何故か今回の領同士の武力衝突には関係の薄いリーリエまでもがシミュレーターに乗ることになっていた。
殿下の「先輩も乗っておいた方がいいと思うわ」という発言から押し切られた格好だ。
そんなこんなでシミュレーターへ俺と父以外の全員を放り込んでチュートリアルをスタートさせる。
起動から起立、歩行へと移行していくが脱落者はいない。
そのくらいは普通にできて当たり前だろうとシミュレーターを作ったときは思っていたのだけど、適性が薄いと起立の段階で転倒したりするのだ。
バランサーはあるんだけど相性の悪い操作をしてしまう人がいるんだよね。
現状は真っ直ぐ歩行させているだけとはいえ油断はできない。
「次、行きますよ~」
シミュレーターの外部端末を操作して障害物を配置した。
するとスピーカーを通じて──
『何あれー? いきなり木が出てきたわ。面白いじゃない』
『ずいぶんと沢山出すのね。なんと言うか油断ならないわ』
『キャー! 待って待って。どうしろって言うのよぉ』
『待ってください。ぶつかりますよ?』
『殿下、大丈夫ですか!?』
など各々の声が聞こえてきた。
ちなみに真っ先に反応したのがレイチェル殿下なのは意外だった。
冷静というか適応力がハンパないよな。
続いて我が姉エレオノーラは慌てず騒がずで落ち着いている。
急に障害物が出てきたのに驚かないのは肝が据わっているというか、さすがと言う他あるまい。
2人に遅れて悲鳴を上げるリーリエはそこだけ切り取ると鈍くさく見えるかもしれないが、先の2人の反応が素早かっただけの話だ。
オリビアは驚きはしなかったが、数歩進んだところで直進したままだと衝突することに気付いての発言である。
最後にアンナだが、殿下を気遣う言葉でパニックを起こしかけたのを誤魔化した節がある。
タイミングがあまりにズレているからね。
「上手く避けて通り抜けてくださいね」
操縦方法は先に説明してあるし、今はチュートリアルの段階だから操縦席の画面にも表示されている。
ここをクリアできなければゴーレムアーマーに乗るのは厳しいだろう。
固唾をのんで見守っていると接触せずに通り抜ける面子と多少ぶつかりながらも何とか抜けられた面子に分かれた。
転倒したり、ほぼ正面からぶつかったりということがなかっただけ上出来と言えるだろう。
まだまだ本番はこれからだけどね。
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