165 いちまんにせん
「いちまんにせんですってえええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
姉エレオノーラの素っ頓狂な声が離れの書庫内に響き渡る。
朝食が終わったタイミングで調査結果を報告してみたけど思った以上に衝撃を受けているな。
確かにうちの領軍とは比べるべくもない数だけど、これほどの反応を見せるとは思ってもみなかったよ。
「落ち着け、エリー」
父アルブレヒトがナプキンで口の汚れを拭ってから淡々とした様子で姉をたしなめた。
「私だって落ち着きたいわよ。でも、うちの領軍を目一杯かき集めても千には届かないわ。絶望的な戦力差じゃないの」
そうはさせないさ。
怪我人は出たとしても死人は出さない。出させない。
我欲にまみれたアンデッド野郎の思い通りになんてさせるものか。
「この短期間でどうやってそれだけの兵を集めたんだか。ラビッシュ子爵の所って総人口が3千ほどでしょう?」
問いかけながらオーバーアクションで頭を振るエレオノーラ。
答えを求めている訳ではないのは明らかである。
「普通に考えれば、その半数も戦力にはならないはずなのに」
「だから落ち着けと言っているのだ。冷静になれば、すぐに分かることだぞ」
そう言いながら父がチラリと俺の方を見た。
「姉さん、敵はすべてアンデッドですよ。住民もすべてグールだから総動員できるでしょうね」
「あ……」
戦い方は知らなくても死を恐れず痛みも感じないアンデッドが次々と襲いかかってくるのは一般兵には結構な恐怖であり脅威だと思う。
「ちなみに、元住民のグール以外はゾンビかスケルトンですよ」
俺が補足した情報を耳にしたエレオノーラは声にならない叫びを漏らした。
「それって片っ端から墓を暴いたということよね」
「ですね。ただし、ゾンビの多くはゴブリンを初めとする魔物ですけど」
「そうまでして数をそろえたかったのね、あの馬鹿は」
忌々しいと言わんばかりの形相でエレオノーラは吐き出した。
かなり隣領の領主を嫌っているよね。
何かしらの因縁があるのかもしれない。
だとしても、それを深掘りするつもりはない。
知ったところで今回の軍事行動には何の影響も及ぼさないからね。
それに姉が苛立ちを隠さず吐き出すほどの相手ならば聞くだけでストレスが積み増す恐れもある。
藪蛇になるのは御免被るというものだ。
「でも、合理的ではあるのよね。戦をする上で数は脅威でしかないわ」
姉はそう言うが、そこまでの衝撃は感じないんだよな。
何の遮蔽物もない平原で対峙するなら話は別だけど、このあたりは森林地帯だからなぁ。
5桁越えの兵を動かすなら進軍速度は牛歩のごとくといったところだろう。
数を削るのは骨が折れるとは思うが、その時間は向こうが勝手に用意してくれるようなものである。
こちらとしては効率的に殲滅していく手立てを考えるのが主な仕事になりそうだ。
「シドが浄化の雨を使っても半分以上は残るでしょうね」
使いませんよ?
そもそも姉が言うほどの効果は見込めないだろうし。
前回は閉鎖された環境下だったから、あんな浄化に時間のかかる魔法でも有効に作用したのだ。
時間がかかるということは対策される恐れもある訳で。
敵の指揮を執る奴には自我が残されているから考える時間を与えてしまえば、こちらの望む結果を潰されたとしても不思議だとは思わない。
「あれを使っても数はほとんど減らんだろう」
父アルブレヒトも俺と同意見のようだ。
「えっ!?」
エレオノーラにとっては意外な言葉だったみたいだね。
「考えてもみろ。街道沿いに進軍しようとすれば長くなりすぎてしまうぞ。大半は森の中を移動させてくるだろうな」
そうなると雨もまともに被るような状態ではなくなるだろう。
浄化の雨も効果は大幅減となるのは疑う余地もない訳で。
結果は考えるまでもなさそうだ。
姉も同じ結論に至ったようで言葉を失っている。
ただ、それも束の間のこと。
「だったら、尚のことマズいわよ。籠城しても軽くひっくり返されるような戦力差じゃない」
エレオノーラは取り乱しこそしないものの絶望的な状況だと考えているようだ。
「ワシはそうは思わんぞ」
それをアルブレヒトは事もなげに否定する。
何かしらの目算があるのは間違いなさそうだ。
まあ、事前にあれこれ提供しておいたからだろうね。
少なくともこちらの3倍以上の戦力で攻めてくるのは予測済みだったから。
さすがに1万2千まで膨れ上がるとは思いもしなかったけど。
これを指示した奴は圧倒的な戦力差に酔いしれているのかもしれないが、無駄の極みというか何というか……
端的に言って馬鹿だと思う。
「奴らの進軍速度は推して知るべしだからな」
「たとえ進軍速度は遅くても、いずれは到着するのよ」
「さてはて、いかほどのアンデッドがここに到着するかな」
沈痛な面持ちのエレオノーラに大して不敵に笑みを浮かべるアルブレヒト。
「父さん?」
自信ありげな父に対し何をするつもりなのかと視線を向けるエレオノーラ。
その表情は困惑の色を隠しきれていない。
俺が提供したブツについては何も聞かされていないから仕方ないとは思うけど。
「実はね、姉さん」
俺が話し始めようと口を開いた途端、エレオノーラがグリンと勢いよく首を巡らせ視線で俺を射貫いた。
まだ核心部分どころか糸口すら話していないというのに目だけで「何をやらかした?」と問い詰めにかかってくる。
おお、怖え怖え。
「前々からそういうこともあるかもしれないってことで父さんに魔道具を渡してあったんだよね」
そう言うと姉の眼光の鋭さは変わらぬままではあるものの表情は呆れを含んだものになった。
今度は何をするつもりなのかと言わんばかりである。
「以前、大蜘蛛に追い回されたときに僕が使ったのがあるでしょう」
「人型に変形するバイクのことね」
「そうです。あれのバイクへの変形をオミットして戦うことに特化した簡易量産版を用意したんですよ」
「用意したんですよって簡単に言ってくれるわねえ」
「そうですか? 変形をなしにするだけでもかなり簡略化できたんですけど」
「量産って言ったからには複数用意したんでしょう?」
エレオノーラは呆れをにじませながら溜め息まじりに問うてきた。
「ええ。まだ数十機というところですけどね」
「この短期間で?」
「敵は待ってくれませんからねえ。元のサイズで量産化するのは難しかったので少し大きくなりましたけど」
ベース機をまるっとコピーするだけだと魔力タンクがないので稼働時間が乗り込んだ操縦者の魔力量で決まってしまうからね。
下手をすれば数分で止まってしまうことになりかねない。
かと言って魔力増幅器を積み込むと見上げるような大きさになってしまう。
サイズがそこまで行くと小回りがきかなくなるので今回の件には不向き。
そんな訳で量産型の全長は成人男性の身長の倍よりも少し大きくなるくらいになった。
稼働時間は無補給で1時間程度。
魔力の補給は停止状態で地脈と接続して行い、空の状態からフル充魔まで数分程度で完了する。
そのあたりのことを大型モニターを使って説明したのだけど……
「多いけど少ないわね」
ここだけ切り取って聞かされると意味不明な言葉だ。
多いというのは量産した数のことだろうし少ないのは敵戦力に対しての話なのは熟考するまでもない。
「このゴーレムアーマーというのは敵が本格的に動き出すまでにどれだけ用意できるの?」
気になるところは、やはりそこだよね。
読んでくれてありがとう。
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