162 リーリエは律儀な人である
リーリエは我が家で空腹を満たした直後に眠りについたという。
その後、丸2日は目を覚まさなかったことからも彼女が疲労困憊していたことは容易に想像できた。
地下牢に捕らわれ飲まず食わずが続く中、子供たちを救出することだけを考え気を張り続けていたのだから無理からぬことだ。
辺境伯の妹という立場ではさすがに初めてのことだろう。
たとえ剣や魔法の厳しい訓練を受けていたとしても、今回の件と同等の苦行が課されるとは考えづらい。
……絶対にないとは言わないが。
もしもそういうことが行われていたのだとしたらフォレー辺境伯家の教育方針は苛烈極まりないと言わざるを得ない。
いずれにせよ彼女が芯の強い人であることは疑いようのない事実である。
でなければ、あの環境で何日も耐えられるものではない。
現に子供たちは心が折れた状態だった。
今はトラウマを残さぬよう魔法で夢の世界へ誘っている状態だ。
有り体に言ってしまうと眠らせた状態で精神干渉系の魔法を使っている。
精神に作用する魔法を使うのは褒められたやり方ではないとは思うが、幼子の心に傷を残したままにするのも罪悪感がジワジワと湧いてくるのでね。
別に俺があの子たちを追い込んだ訳じゃないけどさ。
それでも罪のない子たちが受けた被害の実状を知ってしまった以上は見過ごすなんてできない。
とにかく彼らが目を覚ましても問題がないくらいになるには、もう数日はかかるだろう。
リーリエには回復させるために魔法で眠ってもらっているとだけ説明した。
嘘はついていない。
精神干渉の魔法を使っている事実を伏せているだけだ。
子供たちが眠っている部屋に案内した上で説明したので苦情を言われたりはしなかったけど、何かの拍子に隠し事が露見したら何を言われるやら。
いや、抗議される程度ではすまないかもしれない。
普通に考えれば保護者の許可を得てからにすべきだったのだろう。
けれど、リーリエしか保護者がいない状況下で彼女が目覚めるまで待つなどできなかったのだ。
そんな悠長なことをしていたら子供たちの受けた心の傷が悪化していた。
大人にとってはさほどではなくても幼子にとってはそれほど絶望的な環境だったからね。
同じ場所にいたリーリエならば分かってもらえるかもしれないが、わざわざ藪をつつくこともない。
彼女が納得しても兄である辺境伯が納得するとは限らない訳だし。
それに子供たちの中にはドワーフの子もいた。
おそらくは、もうひとつの辺境伯家の関係者だと思われる。
エルフが事を荒立てなかったとしてもドワーフが──ということもあり得るのだ。
余計なことは言わぬが花だろう。
「何から何まですまない」
子供たちの様子を見終わって部屋を出た直後にリーリエに頭を下げられた。
この場にいるのは俺だけなんだが子供相手に真摯な態度で礼が言えるこの人は信頼に足る人物だ。
そう思うと隠し事をしているこちらとしては心苦しいものがあるがポーカーフェイスで乗り切った。
「気にしないでください。困った時はお互い様ですよ」
「気にするさ。領へ戻ったら必ずや礼をする」
普通ならここでどちらかが引かねば押し問答になるところだが。
「そういうのは父に言ってください。これは父の方針ですので」
自分に権限がないと言ってしまえば、リーリエも強硬に押し通してくることはなかった。
実際、俺がとやかく言えることじゃないんだよね。
今回の一件は確実に家と家の話になるだろうから父アルブレヒトが判断することになるからね。
そういう面倒な話は大人同士でけりを付けてくれると助かるので俺としては歓迎したいところだ。
え? お前も中身はオッサンだろって?
そうだけど見た目は子供なんだから上手く利用させてもらうよ。
これくらいはズルいとも思わない。
中身はオッサンだからね。
「では、馬を貸してもらえないか聞いてくれないか?」
一刻も早く帰って報告し家同士の話に進めたいのだろう。
「難しいと思いますよ。近いうちに隣領と激しくやり合うことになりますから」
俺の言葉に一瞬、息をのんだリーリエだったが──
「ならば尚のことだ。兄に頼んで援軍を送ってもらう」
勢い込んで言ってきた。
借りを返すチャンスだと思ったのかもしれないね。
「無理でしょう。馬で帰ると仰いますが何日かかります? そこから援軍を編成して戻ってくるまでの日数はさらにかかりますよね。その頃には決着がついていますよ」
「うっ……」
現実を突き付けられたリーリエは意気消沈してしまった。
「帰ることについては御心配なく。ちゃんと送っていきますよ」
「いや、そこまでしてもらう訳には……」
「子供たちと一緒の方がいいでしょう? そうなった時に1人で引率しながらだと危険ですよ。最近は物騒ですからね」
リーリエは知らないかもしれないが国内はすでに荒れ始めている。
すでに小競り合い程度であれば紛争が始まっている地域もあるのだ。
戦が本格的になるのは春以降だろうけど、そういう地域では治安が悪くなり始めていた。
子連れで若い女性が旅をしていれば間違いなく襲われるだろう。
「特に隣領は死者が跳梁跋扈する地に成り果てていますから単独でも簡単に抜けられるものではありませんよ」
「そんな……」
「御心配なく。何度も言うようですが安全な状態で確実に送っていきますから」
そう言うと何故かリーリエは顔色を悪くさせた。
あ、潜地艇で移動すると思ってしまったのか。
確かにあれなら治安やらなんやらは一切関係なくなるからね。
ただ、外は真っ暗で何も見えないから不安感はハンパないみたい。
しかもフォレー辺境伯領までは結構な距離がある。
リーリエには閉所恐怖症や暗所恐怖症の気はなかったけれど、それでも慣れていないと厳しいものがあるようだ。
子供たちも一緒となると何が起きるかと懸念したとしても不思議ではない。
「潜地艇は使いませんよ。空は飛びますがね」
「は?」
脱出時とは真逆の移動手段を提案されて混乱しているようだ。
この世界では人が空を飛ぶなど絵空事として考えられているから、そのことも大きく影響しているとは思う。
実際に飛べば分かってもらえるのは色々と実証済みなので心配はしていない。
高所恐怖症じゃなければだけど……
「そのことについては、また後で確認していただきますよ。それよりもお腹がすいているでしょう」
起きて活動している時ほどではないとはいえ寝ている間だってエネルギーは消費する。
しかも丸2日以上眠っているから補給はゼロ。
これで腹が減らないはずがない。
俺としてもそろそろ朝食の時間なので空腹を感じ始めている。
「すまない。世話になる」
という訳で素直に頭を下げたリーリエを我が書庫に案内してきましたよ。
「お屋敷の外に出たと思ったら、こちらにも建物があるのだね」
不思議そうに離れの書庫を見るリーリエ。
「僕はこの離れで生活していましてね。食事もここで取っているんですよ」
「ここで!?」
声はさほど強い調子ではなかったが、それでもリーリエの驚きは充分に伝わってきた。
「そう。ここなんですよ」
何故だか信じられないという目を向けられてしまった。
そんなに変かね?
離れで生活し御飯を食べるということが。
慣れが感覚を鈍らせているのだろうか。
俺としては「解せぬ」と言いたいところなんだけど。
読んでくれてありがとう。
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