158 地下牢にて・中編
ダメだ。空腹のせいで考えがまとまらない。
それは子供相手に我が宿敵たるアンデッドと勘違いするような判断ミスもしているから疑う余地もないだろう。
しかも、ただのスケルトンかと思いきや私の知らない上位種のリッチだったとは……
それを教えてくれたのが子供というのだから私もまだまだ未熟者だ。
「ところで──」
少年が語りかけてきた。
にしては妙だ。どういう訳か振り向きながら口を開いていたのだ。
まるで背後に何者かがいるかのように。
「いつまでコソコソと隠れ潜んでいるつもりだ?」
なんと!? この場にいる生者は私と少年だけではなかったのか。
牢番すら見た覚えはないのだから人の気配を感じなくても不思議ではない。
が、注意深く探ってみた今もどこに潜んでいるのかが分からない。
ここまで来ると少年の言葉通り本当に誰か潜んでいるのか疑わしくもある。
「言っておくが、お前がさっきから風で流し込んできているものは何ひとつ効いていないぞ。すべて無効化させているからな」
無効化だって!?
少年のその口ぶりから察するに毒かそれに類するような代物が微風によってこちらに流されているらしい。
言うまでもなく自分には思い当たる節がある。
「まさか、またしびれ薬……。奴なのかっ?」
思わず声に出してしまっていた。
それに呼応するかのように少年の向こう側の特に闇が濃い部分から人影らしきものがスルリと抜け出てくる。
「っ!」
間違いない、奴だ。
かろうじてローブであったことをうかがわせる首から下を覆うボロ布。
そして暗い光を眼窩に宿す頭蓋骨。
こんな特徴的なアンデッドがそうそう居てたまるものですか。
ただのスケルトンだと思い込んでいたけれど、あれがリッチなんだ。
「何時から……」
思わず声が漏れ出ていた。
それは奴と対峙した直後に意識を失ってから今の今まで姿を現さなかったが故だ。
「貴方が魔法を使って少ししてからですよ」
少年が背を向けたまま振り向かずに言う。
私は少しも気付かなかったけれども、この少年は察知していた。
己の未熟さを恥じるとともに彼の得体の知れなさに寒気を覚える。
「そんなすぐに? ならば偶然ここに来たと考えるべきか」
「偶然じゃありませんよ」
少年はあっさりと私の考えを否定した。
「自分の縄張りのド真ん中で相性の悪い魔法を派手に使われれば様子を見に来てもおかしくないと思いませんか?」
その問いかけで初めて己の行動の間抜けさに気付かされた。
何をやっているのだ、私は。
相手を確かめもせずに魔法を放った時点で脱出を急ぐべきだったのだ。
警戒されて当然であるにもかかわらず少年と喋り続けたのは致命的なミスと言わざるを得ない。
いや、すぐにアレが来たというのであれば逃げおおせることはできなかったか。
もし仮に檻の外に出ることができたとしても敵の気配に気付けない私は、再び囚われの身となるか殺されるかしていただろう。
殺される?
何故それを最初に思いつかなかったのか。
己の間抜けさ加減に頭が痛くなった。
「すまない、少年。奴の相手に集中してくれ。邪魔をするつもりはなかったんだ」
「何です、急に? 別に気にしていませんよ。向こうはさっきから色々と仕掛けていますけど全部さばいていますから」
「なっ!?」
とてもそんな風には見えない。
リッチは姿を現してからずっと同じ位置でたたずんだまま何もしていない……はずだ。
私が困惑の表情を浮かべていると、少年はそれを気配で悟ったらしく肩を震わせて笑った。
「リッチは魔法攻撃が専門ですからね。眠りに始まり、魅了に恐怖なんかの精神干渉系、後はステータスを下げるデバフとかも繰り返し使ってきてますが、どれも効果を発揮するに至っていませんよ」
「なんと……」
どれも目に見えない魔法ばかりだ。
先程から静かなままだと思っていたが、何もしていなかった訳ではなかったのだな。
だとするなら、この少年はそれだけの魔法をことごとく潰してきたというのか。
にわかには信じ難い話である。
普通の子供には到底無理と言わざるを得ない。
相手の目視できない魔法を察知するだけでも至難の業だというのに、それを私と会話しながら取りこぼすことなくすべて弾くなど神業以外の何者でもない。
「何者なんだ、君は?」
「僕ですか?」
クックックと少年が楽しげに喉を鳴らして笑う声が聞こえた。
「通りすがりの仮面ウィザードとでも言っておきましょうか」
何を言っている?
訳が分からない。
ウィザードというのは魔法使いのことだったはずだから分かるとしても、仮面とはどういうことだ?
少年は素顔をさらしていたはず。
ここには少年の仲間はいないのだから何かの符丁という訳でもないだろう。
しかしながら少年は意に介した風もなくリッチと対峙している。
今もなお奴の魔法をさばいているのだろうか。
少年の背後にいる自分には、それらの魔法の残滓すらも感じ取れなかった。
やはり、リッチは何もしていないようにしか見えない。
一方で少年は何やらごそごそとしていたかと思うと、次の瞬間には両手に何かを持っていた。
懐から取り出したにしてはいささか大きすぎる気がするのだけど、あれは一体……
右手のものを腹部にあてがったかと思うとカード状の帯が出てきて腰に巻き付いた。
左手のものは顔の方に持っていくようだ。
「マスカレードマスク?」
だと思われるものを目元に当てたかと思うと──
「変身!」
そう叫んでいた。
次の瞬間、自分が浄化の魔法を放った時のようにまばゆい光が周囲を染めていく。
その光が収まり再び薄闇が戻ってきた時、少年の見た目は様変わりしていた。
「なっ……」
叫んでいた言葉通りと言うべきか。
全身が金属の甲冑で覆われていたけれど、自分の知るもっさりしたフルプレートアーマーとはまったく異なる洗練されたデザインだった。
「一瞬であんなものを装着したというのか」
魔道具だったのだろうが、驚くほど高度な技術が使われているはずだ。
本当に何者なんだろう。
本人は仮面ウィザードと名乗っていたが……
そう思って気がついた、というか納得がいった。
確かに仮面を使って姿を変えていた。
今の状態が、その仮面ウィザードなるものということか。
外連味がすぎるだろう。
やっていることがあまりにも子供っぽいというか……
いや、彼は子供だったな。
「どうだ、自分の魔法が反射される気分は?」
見た目に変化はないが仮面ウィザードとなった少年はリッチの魔法を跳ね返しているらしい。
先程の少年の口ぶりでは精神系の魔法ばかりだったので然もありなんということか。
「言っておくが、魔力を吸収していたつながりも断ってある。すべて本人に返っていくから自前で勝負するしかないぞ」
少年のその発言で魔力が徐々に戻ってきているのが分かった。
自然回復するより明らかにペースが速い。
今までジワジワと吸われていた感覚があったからか余計にそう感じる。
見れば、リッチは一回り小さくなったような気がした。
どうやら大勢から集めた魔力で強い力を保持していたということのようだ。
「さて、どうする? さっきよりも魔法の威力が落ちているぞ」
相変わらず何も行われていないようにしか見えないが、リッチからは焦りのようなものが感じられた。
きっと少年の言う通りなのだろう。
彼からはいまいち凄みが感じられないのだけど。
読んでくれてありがとう。
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