157 地下牢にて・前編
もう何日ここにいるだろう。
ジメジメした薄暗い地下とおぼしき空間にある檻の中でふと思った。
さて、何日だったか。
1日や2日でないのは確かだが思い出すことも数えることも満足にできない。
陽の光が届かず魔法の明かりが点在するだけの場所だからというのもあるが空腹で思考が鈍化しているせいでもあると思う。
ここに連れてこられてから食事は出たためしがない。
もちろん水もだが、それは魔法でかき集めてどうにかしている。
このままでは死を迎える日も遠くはあるまい。
脱出したいところだが特別製の檻のようで魔力を常時吸われているような状態だ。
飲み水を確保するために使うと他には何もできない状況である。
が、自力で水が飲める自分はまだいい。
最初は聞こえていた子供たちのすすり泣く声が聞こえなくなってずいぶんになる。
下手をすれば死んでしまっているかもしれない。
せめて自分と同じ檻の中に捕らわれているなら水だけでも与えてあげられたのだが。
悔やんだところで事態が好転する訳ではないことは百も承知だ。
それでも捕まった時のことを思い返すと悔恨の思いにかられるばかりである。
あの時、油断さえしなければ……
よもやアンデッドがアイテムや魔法を使ってくるとは思わなかったのだ。
アイテムと言ってもさほど大層なものではなく粉状のしびれ薬だったが。
それでも不意を突かれてまともに浴びてしまったのは痛恨の極み。
結果が現在の状況を生み出しているのだから。
子供たちのことは一生ものの悔いとなるだろう。
どうにかして脱出できればと思ったこともあったが、力尽くでの正面突破は限りなく不可能に近い。
そうと知ってからは体力温存に努めてきた。
地下牢に人が来た時が勝負だ。
牢の鍵を所持していたなら奪い取って逃走するし、持っていなければ人質にして鍵を持ってこさせる。
あまりに都合のいい妄想だ。
生者はもちろんアンデッドすら来たことがないというのに。
おそらくは餓死させて傷のない死体を利用したいのだろう。
ならば自分だけでもどうにか檻の外に出て子供たちがアンデッドにされてしまうことがないようにしたい。
チャンスはある。
自分たちが死んだことを確認するために人が来るはず。
問題はそれが何時になるのかだ。
「あきらめるもんですか……」
その呟きは誰にも聞かれていないはずだった。
「おや、思った以上に余力があるんですね」
しまった!
何のために身じろぎひとつせず死んだふりをしていたのか。
たった一言つぶやいただけで、すべてが水の泡だ。
よりにもよって呟いた瞬間に人がいるとは。
見回りなどただの一度も来たためしがないとはいえ周囲の気配にもっと気を配っておくべきだった。
「ここまで余力があるとは。子供たちを先に見て正解だった」
何か変だ。ただの見回りがこんなことを語るだろうか。
もしや、あの魔法を使ったアンデッドか。
ならば逆にチャンスだ。
意地でも一撃は食らわせてやる。
幸いうつ伏せた姿勢のため不意を突くことはできるはず。
つい先ほどの呟きよりもさらに小さい声で呪文を唱えた。
本来であれば魔力を吸い取られているため魔力不足で発動させることはできない。
が、吸い取られることなく残っている魔力もあるのだ。
魔石がはめ込まれた髪飾り。
それが私の切り札。
「何ですか? ハッキリ喋ってください」
呪文とは気付かれていないようだ。
これならチャンスはある。
呪文が完成した直後、うつ伏せた状態から振り返り様に声の主に向けて光属性の魔法を放った。
「果てよ! 魂を闇に売り渡した邪悪なるものめっ」
薄暗かった空間がまばゆい光に包まれ、あの憎きアンデッドの断末魔の悲鳴が……
「かなり高出力な浄化ですね。生憎と僕はただの人間ですからちょっと眩しいだけですよ」
とても眩しいと感じているようには思えないのんびりした口調である。
「人間、人間だと!?」
相手に問いかける以外ですぐに確かめる術がないことが歯がゆい。
目を閉じるのを忘れていたために眩しさに目をやられてしまったのだ。
まさか、ここまで光を放つとは想定外だった。
「そんなに驚くようなことでもないと思うんですけどね」
それでも飄々とした口ぶりに生意気だと反発を覚えた。
生意気? 生意気ですって?
声の主が信じられないほど若い。
自分が遭遇したアンデッドから想像できる声とは大きく掛け離れている。
言うなれば──
「子供!?」
「確かに僕は世間一般で言うところの子供ではありますが」
苦笑まじりの声が返ってきた。
「警戒厳重なラビッシュ子爵の屋敷に侵入できる者は大人でもそうはいないと思うんですけどね」
「馬鹿な……、あり得ない」
「そう言われても、これは現実ですよ」
「違うんだ。そういうことじゃない」
「何が違うのでしょう?」
ようやく視力が戻ってきて檻の外にいる子供を見ると、首をかしげながらも目をそらさずに聞いてきた。
「君はいま誰の屋敷に侵入したと言った?」
「ん? ああ、そういうことですか。ラビッシュ子爵ですよ。現当主はスカム・ラビッシュだったかと」
「あり得ない。私はフォレー辺境伯領にいたのだ」
「だから、そこで捕らえられてここまで運ばれたってことじゃないですか?」
子供らしい単純な発想に思わず頭を振ってしまう。
「君は距離と手間を失念しているね。国内とはいえ奥深い森林地帯を抜けて北方まで私たちを運ぶのに何日かかると思っているんだい」
「そんな長い期間、意識を失っていたつもりはないと仰りたいんですね」
「その通りだよ、少年」
「それって通常の手段であればの話ですよね」
「確かにしびれ薬を使われた上に魔法で眠らされたが、何日も眠るほど柔ではない。たかがアンデッドの使う魔法だ」
「そういうことではないんですよね。貴方は意識を失っていた時間を気にしているようですが、それは関係ないんです」
「どういうことかな?」
意味が分からない。
少年の言いたいことは分かる。
短い時間で一気に移動できる手段があると主張したいのだろう。
しかし、それは不可能な話だ。
辺境伯領の深い森は馬車も入れぬため抜け出すためには何日もかかることになる。
どうにかする方法もあるにはあるのだけれど、よそ者には使えない。
客人であれば話も違ってくるが、相手はアンデッド。
客は客でも招かれざる客には絶対に永久にその資格は得られない。
「貴方は遭遇したアンデッドが大したことがないと思っているようですが、あれはアンデッドの中でも上位種のリッチですよ」
「上位種だって!?」
リッチというのは聞いたことがないが、上位種であるなら魔法が使えるのも道理か。
てっきりアイテムの力で魔法を使っているものとばかり思っていた。
もちろん、少年の言う通りであるならばだが。
子供の作り話かもしれないことを思えば、安易に信じることはできない。
「ええ。最上位と言っても過言ではないでしょうね。だからこそ何処にいても一瞬で拠点に戻れる帰還転移の固有魔法が使えたりするんですが」
「転移魔法!?」
「ちなみに使い魔を召喚して緊急の拠点として指定することもできるようです」
「それが可能なら帰還だけでなく目的地へ転移することも……」
「そうですね。使い魔を送り込むことさえできれば、どこにでも行くことは可能です」
「なんということだ」
今回の一件にはそういうカラクリがあったのかと頭を抱えたくなった。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




