156 いつまで浮かせるのか
子爵邸に帰ってくるなり船の売買の話になって父や姉は何があったのかと驚いていた。
飛行機の中でそういう話になっただけなんだけど。
ただ、元からそういうつもりで来ているので深く追求してくることもなかった。
それよりも商談である。
双方が前向きだと話が進むのも早いものだ。
マチルダ夫人が航海から帰ってきた際に乗っていた船であればという条件で格安な値段提示があり一も二もなく商談成立。
まあ、俺はほとんど口出ししなかったけどさ。
船の選別でどれにするかという話になった際に無言で首を縦に振っただけだ。
「本当に良いのか?」
すんなり話が進んだというのにマチルダ夫人が不安げな顔をして聞いてくる。
トントン拍子で話が進むと内心では逆に言葉で説明のしようのない漠然とした不安感がわいてくるものらしい。
「あちこち壊れたままだし古いからガタが来ているぞ」
「御心配には及びませんよ。そういうのを見つけて直すのは得意です」
船に手を当て魔力を流し全体を把握する。
これで見落としてしまいそうな目立たない痛んだ所まで確実に発見できるのだ。
ついでにあからさまな破損個所以外は修復しておいた。
破損個所を残したのは購入価格が安すぎたせいで壊れている部分はウエイブル子爵側で修理する契約になったためだ。
うちの領には船大工はいないので父アルブレヒトはありがたがっていた。
問題があるとすれば俺がやり過ぎてしまったことだろう。
向こうの船大工には古い上に少なからず損傷もあるのに驚くほど状態が良いと気味悪がられてしまったほどである。
後悔はしていない。
表面的な損傷はともかくガタがあると魔改造にも支障をきたすからね。
最終的に購入した大型船の魔改造は1日で終わった。
軽い動作試験としてスマホでリモート操作して軽く浮かせてみたら目撃した船大工たちに大変驚かれたけれど、そのあたりはスルーである。
想定はできていたし自重はしないと決めていたからね。
ただ、飛行機で飛んできたはずの夫妻ですら唖然としていたのはどうかと思う。
サイズと形が違うだけなのにね。
「まさか、たった1日でこうなるとは……」
「呆れて言葉が出ないわね」
だそうですよ。
船を浮かせたことより作業スピードに驚かれたのか。
でも、これくらいは当たり前にできないと来年の春までに移住準備が整えられるか微妙なところなのだ。
調査は進めちゃいるけど色々と発見があるせいで終わりが見えないのが、ね。
あの島が恐ろしく広いというのがネックなんだよなぁ。
上空から偵察や測量ができれば調査もはかどるんだろうけどさ。
生憎と外部からは島が尋常じゃないレベルで小さく見えるように視覚的な結界が展開されているせいで、それもままならない。
人海戦術的にゴーレムを大量投入してということができれば良かったんだけど、俺が管理しきれないから無理だ。
国内の情勢を探る方にもいくらかは必要だし。
島と国内の両方に振り分けているせいで手が回っていないのが実状である。
そんな訳で最初は調査と並行して開発することも考えていたんだけどね。
古代文明の遺跡があちこちで発見されるせいで、それもままならない。
迂闊なことをすると地球の遺跡と違って魔法的な仕掛けが作動しかねないからね。
居住区画なんかは再利用できそうなので安全が確認できれば、とても助かるのだけど。
あと、ダンジョンもいくつか発見した。
どれも入り口周辺を探った程度では規模を推し量れそうにないものばかりだ。
これについては人を派遣するしかないだろうな。
ダンジョンと言えば冒険者が適任なんだけど、移住計画を漏らす訳にはいかないので人選は極めてシビアになる。
ハッキリ言ってしまうと現状では誰もいない。
そりゃそうだ。
何処かの街を拠点にしている者は長期出張のような依頼を受けても最後は必ず帰る。
根無し草のような冒険者は一つ所にとどまれない。
いずれにせよ、調査の依頼を終了すれば解放しなければならない訳で。
移住した後なら問題なくても、準備すら満足にできていない状態では情報漏洩がネックだ。
冒険者が使えないんじゃ自分たちでどうにかするしかないが、貴重な戦力を分散することはしたくない。
国内がキナ臭くなってきている中で隣領が積極的にちょっかいをかけてきているからね。
うちにはまだ偵察程度だけど、お隣のウエイブル子爵のところはかなりヤバかった訳だし。
冬になる前に攻め込んできても不思議ではないだろう。
それを許すつもりはないけど、タイミングが前後する恐れはある。
こんなことなら重点的に偵察し返しておけば良かった。
手っ取り早いのは街ごと領主を消滅させてしまうことだけど領民まで巻き添えにするのはやりすぎだ。
故に詳細な情報を集めた上で密かに忍び込んで頭だけを消すつもり。
指示する者がいなくなれば向こうの私兵が動くこともないからね。
後継ぎが引き継ぐようなことがない限り、だけど。
とにかく消えてもらう相手は必要最小限にとどめるのが方針だ。
そのためにも偵察は必要だと言える。
まあ、何にせようちに帰ってからの話だろう。
「ところで、シドくん」
あれこれ考え事をしていたところにマチルダ夫人が話しかけてきた。
「何でしょうか?」
「あれは何時まで浮かせているつもりなんだい」
「それはもちろん納得してもらえるまでですが」
「は? どういうことかな」
俺の返答内容が予想外だったらしくマチルダ夫人には怪訝な顔をされてしまった。
「ちょっと浮いて終わりじゃ遠くまで飛べることの証明にはならないでしょう。魔力が足りるのかという話をされていたじゃないですか」
「そういうことか。では、どれだけこの状態でいられるのか聞いてもいいか?」
「1週間は余裕ですね」
「なにぃ!?」
両目を見開いて驚かれてしまいましたよ。
これでも控えめに答えたつもりなんだけどな。
「何も積んでませんし、ほんのわずか浮かせただけですから」
「いやいや、船自体の重みがあるだろう。どれほどの重さがあると思っているんだ」
呆れをにじませた表情で頭を振るマチルダ夫人。
「これくらい難なくできなきゃ船を飛ばすのは到底無理ですよ」
「それはそうかもしれないが……」
「とりあえず、このままにしておくので──」
「いやっ、いい。充分だ」
俺の言葉は途中で遮られてしまったが否定的な感じではない。
「では、下げますか?」
「このままドックに持っていくことはできるか?」
船大工が破損個所を修理するんだったな。
「もちろんです」
飛ぶことには何の支障もないので、そのままドックへ移動させた。
ドックにいた船大工たちはあんぐりと口を開けて声も出ない様子だったけど、初見じゃしょうがない。
「こんなにあっさり格納できるとは今までの苦労は何だったんだろうね」
マチルダ夫人はマチルダ夫人で呆れ気味に嘆いていた。
無理もない。
帆船では細かく移動させるのはロープで引っ張るしかないもんね。
「これなら遙か彼方の南の島へ移住するというのもうなずける、か」
どうやら納得はしてもらえたようだ。
となると後は移住するかどうかだけど、その結論を出すには時間がかかるだろう。
少なくとも即断即決とはいくまい。
そう思っていたのだけど……
「移住の話だが、うちも一枚噛ませてもらおう」
「そんなあっさり決めてよろしいのですか」
「こんなのはウジウジ悩んだって意味がないんだよ」
「いえ、そういうことではなく……」
ウエイブル子爵の方をチラ見しながら言ったら──
「うちは母ちゃんの言うことが絶対だからね」
夫人ではなく子爵が真っ先に答えた。
かかあ天下ここに極まれり、だな。
読んでくれてありがとう。
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