155 非常識なくらい速かったらしい
街が見えてきたので飛行機を減速させる。
速度計などはつけていないが日本人だった頃に車で一般道を走っていた時の感覚に合わせたつもりだ。
飛行してきた巡航速度からすれば大幅に減速したと言える。
ただ、後部座席の面々からすると減速したことにすら気付いていないだろう。
気にするべきは折り返しの目標地点が刻々と迫ってくることだ。
窓から見えている建物が大きくなってくると彼らの視線が釘付けになる。
「スッゲー! 見覚えがあると思ったら懐かしの我が家じゃーん!」
ミューラー伯爵家の屋敷を見つけて興奮気味にそう言ったのは次姉ディアネスだ。
こちらの狙い通りの反応をしてくれて助かるよ。
うちの領都であればウエイブル夫妻たちにも移動距離が把握しやすいのだけど、そう何度も訪れたことがある訳じゃないであろう両名だと飛んできた場所に確信を持ってもらえない恐れもあったのでね。
そこで間違いようのない証言者が必要になったという訳だ。
ディアネスの発言によりウエイブル夫妻にも自分たちが誤認したのではないと思ってもらえるはず。
上手くいけばの話だが……
「なっ!?」
次姉の隣に座るマチルダ夫人がまさかそこまで移動したとは思っていなかったと言わんばかりにギョッとした顔になってディアネスを見た。
が、見られた本人は気付いていない。
それくらい驚くと同時に懐かしがっているのだろう。
が、それについては気にしていない。
マチルダ夫人が飛行速度を実感してくれれば充分なのだ。
ちなみにウエイブル子爵は顔面蒼白でそれどころではない様子である。
船に乗るのは平気なはずなので飛行機に酔っているとは考えにくい。
ならば飛行機の窓から見える景色に高さを感じてビビっているというところか。
それは仕方がない。
マチルダ夫人も高所恐怖症であったなら目的の達成に赤ランプが灯るところだったけどね。
ギリセーフということで良しとしよう。
「あっと言う間だねえ。夢でも見ているんじゃないかって気になるじゃないか」
ディアネスがしみじみと語る。
それに対して夢ならどんなに良かったことかという呟きが聞こえてきた。
声の主は意外にもウエイブル子爵だ。
ビビりつつも周囲の状況は把握できているようで何より。
そうこうしている間にも領都を行きすぎてしまったので、さらに減速しつつ機体をあり得ないくらいの急角度で旋回させた。
無理やり方向転換させたために180度向きを変えたにもかかわらず減速が追いつかず機体が後ろに引っ張られるような有様だ。
向こうの世界の飛行機であれば失速して墜落間違いなしである。
けれど、この機体にはあらゆる事態を想定して術式を刻み込んであるので意図的に墜とそうとしないかぎりは、そういう事態には陥らない。
当然のように反転した機体を再び加速させる。
そのタイミングで驚愕から固まっていたマチルダ夫人が復帰してきた。
「とんでもない乗り物だね、コイツは。飛行機だっけ? 早馬なんて目じゃないじゃないか」
この世界の基準だと、速い乗り物は馬が標準的だからなぁ。
早馬は時速で言えば数十キロぐらいだっけ?
街の上空を通過する時ですら、それよりもずっと速かった。
そのことを考えれば、とんでもないと言われるのも無理はないのか。
「これはスピードを優先させたので輸送力を犠牲にしていますよ」
「よく言うよ。運べる量だって馬車並みかそれ以上はあるだろうに」
マチルダ夫人は呆れたと言わんばかりの口ぶりだ。
「とにかく、これはこれで特化したものだと思ってください」
「まったく……常識はどこに置いてきたんだろうね。尋常じゃないよ」
ひどい言われようだが、それも止むなしかと思われる。
今までの常識が遙か彼方に置き去りにされたも同然の気分なんじゃなかろうか。
悪いけど、ちょっと想像がつかない。
「輸送量を維持したままで大型船を飛ばすなら、ここまでの速度は期待しないでください。確実に半減しますから」
巡航速度で飛ぶ場合はね。
魔力の消費効率を無視すれば話は別だけど、そんなのが維持できる時間は短いものだ。
「本当に非常識がすぎるよ」
マチルダ夫人は呆れたように頭を振って嘆息した。
そうだろうか?
魔力の消費効率を考慮した上で半分の速度を維持できるなら上出来だと思うのだけど。
「そう仰りたい気持ちは分からなくもないですが、船は飛ぶのに最適化した形状じゃありません。スピードが極端に落ちるのは仕方のないことかと」
マチルダ夫人は違うと首を横に振った。
「それ以前の話をしているんだよ」
「スピードの話でなければ輸送力の問題でしょうか?」
大型船を飛ばすための魔道具なりが船体内のかなりの部分を占めてしまうと考えているのかもしれない。
そういうことがゼロだとは言わないけれど、かなりではないね。
それに削られた分は空間魔法で補えばいいだけのことだ。
「違う。そうじゃない」
速度でも積載量でもない?
他に何かあっただろうか。
少なくともパッと思いつくものがない。
「そう言われましてもね。僕には何のことか見当もつかないんですが」
「君は大型の船を飛ばすと言っただろう」
「それは、言いましたね」
「この飛行機とか言う乗り物よりもずっと大きい船を本当に飛ばすことができるのかということだ」
実際に飛行機で空を飛んでみせても結局はそう思ってしまうのか。
これは言葉だけで説明していたら、まず納得してもらえなかっただろうな。
「仮に飛ぶことができたとして、そんなに長い時間は無理なんじゃないのか?」
矢継ぎ早に疑問が投げかけられる。
それだけ今までの常識に縛られて信じられないということなんだと思う。
けどね、杞憂なんですよ。
「それができないのでは移住計画なんて進められませんって」
「必要な魔力は桁違いだろうに。そうなると特別大きな魔石が必要になると思うのだが?」
多少は魔道具の知識があるようで簡単には納得してくれないマチルダ夫人。
半端に知っている人が一番厄介だ。
それらの疑問が知識不足から来るものだと認識できていないからね。
「桁違いはさすがに言い過ぎですよ。確かに大量の魔力を必要としますが魔石は大きくなくて大丈夫です」
「そんなバカな」
マチルダ夫人は声こそ荒げることはなかったけれど拒否的なまでに信じられないという空気を全身にまとっていた。
「もちろん、それ相応の量は必要になります。あと、溜め込んだ魔力だけで飛ぶ訳じゃありません。それを増幅させて使います」
「なんだって!? そんな技術があると言うの」
凄く驚いているな。
もしかして夫人は俺が発明したとか思っているのかもしれない。
しかし、実際はアカシックレコードから引っ張ってきた古代文明の技術である。
さすがにこれをネタバレする訳にはいかないので誤解を解くことはできないのだけど。
「そんな訳で問題ありませんよ」
「そうは言うが魔石は量が必要なのだろう?」
「そうですね」
「簡単には集められないだろう。時間がかかるはずだよ」
「そうですか? 雑魚な魔物ならいくらでも湧いて出てくるじゃないですか」
魔物は弱い奴ほど数が増えやすい。
ゴブリンなんかはその代表格と言えるだろう。
「そんなもので本当に船を飛ばせることができるのか!?」
「飛びますよ。そういう魔道具の技術があるんです」
「信じられない……」
マチルダ夫人は呆然として呟いた。
「船を譲っていただければ証明してみせますよ」
論より証拠って言うからね。
読んでくれてありがとう。
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