153 シド、丸投げされる
「「移住ですか?」」
ウエイブル夫妻がハモった上に困惑している。
こういうところで似たもの夫婦だなと実感させられましたよ。
「そうよ。今日ここに来たのもそのための移動手段を確保するためなんだから」
「……船、ですか?」
戸惑いを残したまま聞いてきたのはマチルダ夫人の方だ。
「ええ、大きな船が必要なの」
「そうは仰いますが……」
ますます困惑の色を深めていくマチルダ夫人だ。
「船で行けそうな場所に新天地などありませんよ」
「それなら心配いらないわ」
そう言ってニッコリ微笑むレイチェル殿下に対してマチルダ夫人はさらに困惑を深くした。
「シドくん。説明してあげて」
「はい」
結局は丸投げされる格好になったけれども無理からぬことだ。
誰が空を飛んで移住するなどと思うのかってね。
そんな訳で俺も言葉で説明するのではなく模型を引っ張り出して見せるところから始める。
「あら、船の模型じゃない」
「ふむ? ずいぶんと精巧にできているな」
テーブルの上に置いた帆船の模型をまじまじと見つめるウエイブル夫妻。
ついさっきまでひどく困惑していたとは思えないほど興味津々である。
模型をためつすがめつ眺める2人をよそに俺はスマホ型のコントローラーを取り出した。
と言うより、まんまスマホである。
通話や通信の相手がいないのでインストールしたアプリを動かすことしかできないので宝の持ち腐れ状態だが。
とにかく、模型操作用のアプリを起動させて両手持ちで操作を開始。
まずは浮上するところからだ。
画面をタップして模型に信号を送ると模型船は台座から数センチほど浮き上がった。
「はあっ!?」
ウエイブル子爵が素っ頓狂な声を出して飛び退いた。
マチルダ夫人はバックステップこそしなかったが声なしで驚愕をあらわにしている。
そこまでのリアクションが得られるとは思いませんでしたよ。
浮かんだくらいで驚かれてもね。
「本番はここからですよ」
適当に操作して自分たちの頭上で模型船を飛ばす。
デモンストレーションではあるがアクロバティックな飛行はしていない。
実際の船でも同じように飛ぶのだと思われると忌避的な反応をされかねないからね。
それでもウエイブル夫妻は呆気にとられて目を白黒させていたよ。
「船が空を飛んでいる……」
ウエイブル子爵が誰に聞かせるでもなく呟いた。
心ここにあらずと言った様子なのは見ていて少し気の毒になった。
「このサイズだからということは……」
マチルダ夫人が恐る恐るといった感じで俺の方を見てくる。
先程までの快活さや豪快さが鳴りを潜めてしまって憐れみを誘う空気がにじみ出ていた。
「ないですよ。形は別物ですが、すでに人を乗せて飛んでいますし」
俺の返答を耳にしたマチルダ夫人がギョッと目を見開いた。
旦那の方は「なにを言っているんだ?」と言わんばかりのポカンとした顔をしている。
「うちの父や姉だけでなく殿下も搭乗されました」
さらに大きく目を見開いたマチルダ夫人がギギギと音がしそうなぎこちない動きで殿下たちの方を見た。
気の毒そうな目を向ける父と姉に対し、殿下はニコニコと笑みを浮かべている。
「とても楽しかったですよ。ハプニングもありましたけど」
あー、それを言っちゃうか。
「ハプニングって何ですか!?」
マチルダ夫人が問い詰めるような勢いで殿下に迫っていた。
端から見れば過剰反応だけど、夫人からすると判断材料が少ないし無理からぬところだろう。
「大型の魔物に襲われたのよ。なんて言ったかしらね、シドくん」
そこで俺に振るんですか?
ちょっと勘弁してくださいよとは言えないよなぁ。
「Gタイラントスパイダーです。その場で黙らせたので今後は襲撃されるようなことはありません。御心配なく」
大幅に端折った俺の言葉が信じられなかったのか父アルブレヒトの方を見るマチルダ夫人。
「シドの言う通りだ。アレが追ってくるようなことはなかった」
再びギョッとした目をするマチルダ夫人。
アルブレヒトの口ぶりから己の耳を疑うような何かを感じ取ったようだ。
「その、まさかだよ。信じられないかもしれないがな」
何が問いたいのか言葉にしなくても分かるとばかりに苦笑しながらアルブレヒトが言った。
「ゴーレムを使いはしたがシドが1人で対処した。文句のつけようがない戦いぶりだったよ」
「冗談、よね?」
恐る恐るといった感じで確かめようとするマチルダ夫人に対し──
「俺の性格はお前もよく知っているはずだが?」
我が父に素っ気なく切り返される。
夫人はあえなく撃沈し「嘘でしょ」と目で語りながら俺を見てきた。
こんなことで嘘をついても何の得にもならないと思うんだけどね。
冗談を言うような状況でもないし。
「オバさん、現実は受け入れなきゃ」
エレオノーラからもツッコミが入る。
「さっきの広範囲魔法はオバさんも見たでしょ」
「見たさ。見たが……」
現実を受け入れがたいのか何とか抗弁しようとしている。
反論の言葉は見つからないようだけど。
「魔力供給を受けたとはいえ、あれだけの広範囲で長時間の魔法を維持できるのは普通じゃないでしょ」
「いや、しかしな」
エレオノーラからこうまで言われても現実は受け入れがたいようだ。
理屈で理解できても俺が子供であるという認識がそれを拒否させているといったところか。
「シドをそこら辺の子供と同じだと思わない方がいいわよ。尋常じゃない相手と渡り合うだけの実力はあるんだから」
マチルダ夫人はうっと言葉に詰まっている。
受け入れがたい思いが苦悶の表情に表れていたが、やがてストンと落ちるように顔に深く入り込んでいたシワが消えた。
身にまとう空気も軽くなり残ったのは諦めの表情である。
そして、ジロリと自分の旦那の方を睨み付けた。
「アンタは得な性格してるわよね」
「難しいことは考えても無駄だとわかっているからな」
ニカッと笑って見せたウエイブル子爵の顔面にグーが叩き込まれた。
にもかかわらずヘラヘラと笑っているので定番のやり取りなんだろう。
変な夫婦だ。
「とにかく──」
話を脱線したままにはしておけないので軌道修正にかかる。
「大型の船でも魔道具化すれば普通に飛ぶことは可能です」
最高速度など諸々の問題を考えると形状はこの世界で一般的な帆船より飛行機なんだけどね。
「魔道具化と簡単に言うが大きくなればなるほど魔力の消費量も上がるだろうに」
「確かに必要な魔石の量は多くなりますが──」
そう前置きすると、マチルダ夫人はそら見たことかと言わんばかりの顔をした。
話は最後まで聞くものですよ?
「魔道具の魔力を増幅させる仕組みを組み込めば、そこまで非常識な量になることはないです」
この返答には何とも言えない表情をされてしまった。
判断をつけかねるといったところか。
「何の問題もないということですよ。殿下も飛んだと仰ったじゃありませんか」
レイチェル殿下の証言は大きいのだろう。
マチルダ夫人とて、ぐうの音も出ない有様だ。
「別に信じられないならそれでもいいんですよ。船を売ってくれさえすれば」
「それは構わないんだが……」
夫人は拒否をしないものの煮え切らない。
自分たちも移住することになるかもしれないと考えているからだと思われる。
その場合は空を飛ぶことになるのがネックになるようだ。
荒れた海よりも未知の空に不安を感じるのか。
読んでくれてありがとう。
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