152 殿下はすでに諦めている
その後がどうなったか。
あまり愉快な話でないのは確かだ。
犠牲者は領民の過半数を超えていたからね。
もし船で沖に逃げた住民がいなかったら、もっとひどいことになっていた。
とっさの判断と決断の早さは海の玄関口で生きてきた人々だからこそなのかもしれない。
「訳が分からんぞ! 何がなんだか分からんうちにゾンビが消えて終わってしまった!」
ウエイブル子爵がそう言いながら興奮した様子で帰ってきたのは無理からぬことだと思う。
思うけど、正直うるさい。
「聞いてくれ、マティ!」
「やかましい! 少しは落ち着け、この宿六がっ」
ズカズカと大股で迫ってきた自分の旦那を相手にマチルダ夫人はグーで殴って黙らせた。
いや、黙らせようとしたのだが……
「ショエ──────────────────ッ!!
オッサンは意味不明な奇声を発しつつ妙なポーズで飛び上がった。
お前はギャグアニメに出てくるおかっぱ頭の嫌みなオッサンか。
思わず声に出してツッコミを入れてしまうところだったよ。
叫び声とポーズが微妙に似ていると感じるのは気のせいだろう。
こっちの世界では知り得ない存在であるオッサンの模倣なんてできるはずがないからね。
殴られたことで半端に冷静さを取り戻したのかね。
それとも狭くなっていた視野が元に戻ったか。
「でっ、ででで殿下ぁっ1? 何故ここにぃっ?」
どもるほど驚くことかね。
マチルダ夫人だって、ここまでじゃなかったですよ?
「いい加減、静かにしろっ!」
今度は溜めてからひねり込まれたストレートが炸裂。
コークスクリューブローとは容赦がないね。
それくらいしないと止められないと判断したからなんだろうけど。
現にウエイブル子爵はKOされずに立っている。
まともに入ったせいで膝は笑っているけどね。
どうにか静かになったウエイブル子爵にマチルダ夫人が説明を始めた。
俺の出番はなさそうなので正直助かる。
大規模魔法を長時間使ったことでヘロヘロだ。
これを自前の魔力でやっていたら今頃は気を失ってぶっ倒れていただろう。
今でも長時間の集中が続いた影響で眠気を感じているくらいだ。
魂的にはオッサンでも体は子供だからなぁ。
体力面で子供離れしていても脳まで鍛えられる訳じゃないし。
素直に寝ておいた方がいいかもしれない。
「あー、タッちゃん。あと任せるわ~……」
返事も聞かずにその場に倒れ込んで眠ってしまおうと思ったのだけど。
地面に伏す前に体がポヨンと軽く跳ねた。
何事かと思ったら戻ってきていたリスタがクッション代わりになってくれたようだ。
程良く体を支えてくれる弾力と吸い付くような肌触りが心地よくて寝心地は抜群である。
という訳で俺は早々に意識を手放した。
まどろむようなこともなく一気に眠りの世界へと急降下。
その直後、ちょっとした騒ぎになったそうだけど俺の耳にはその片鱗すら届かなかった。
大仕事をした後だから些細なことは勘弁してほしいね。
あ、レイチェル殿下をずぶ濡れにしたのは些細なことではないか。
いくら雨は冷たくなかったとはいえ全身ぐっしょり状態が長い時間続いたのは不快でしかなかったはず。
浄化が完了した後で乾燥させたとはいえ、やっちまったな感がハンパない。
もちろん後で詫びさせてもらいましたよ。
最初は何のことか分からないという様子だったけど、気付いた途端にあっけらかんとした様子で笑われてしまったけどね。
逆に心配されましたよ。
倒れるほどの危険な魔法を使ったのかと。
もちろん長時間の集中で疲れただけだと訂正させてもらいましたよ。
でないと父や姉にも心配されていたからね。
あと、ウエイブル夫妻には被害が拡大せずにすんだからと感謝された。
こちらの居心地が悪くなるくらいに。
あ、次姉であるディアネスには妙に気に入られてしまいましたよ?
しばらくの間、ぬいぐるみのように抱きかかえられてしまったほどだ。
本当にぬいぐるみだったら体は潰れていただろうけど。
力加減は適切にお願いしたい。
で、休んだ後は後始末と言いたいところなんだけど。
ここから先は暗い話題になる。
浄化の雨の影響で死体は残らなかったものの住民がゾンビ化したことは誰にとってもショックな出来事だったから。
子爵領の人口が一気に激減したのも痛手である。
街としての機能を維持することさえ難しいかもしれない。
不幸中の幸いなのは港湾関係者が早い段階で船を使って避難していたことだ。
少なくとも港だけは維持できるはず。
まあ、他がダメなら長くは持たないだろうけど。
「申し訳ありません、殿下。領地を預かる身でありながら、このような事態を招いたこと──」
子爵がうんたらかんたらと話していたが要するに謝罪だ。
脳筋一辺倒な人物だと思っていたけど、そういう訳でもなかったんだな。
「私に謝る必要などありませんよ。継承権など放棄して自由にやらせてもらっていましたし。何よりこの国はすでに国の体をなしていませんから」
「え? ど、どういう意味ですか?」
戸惑う子爵に殿下が現状を説明することしばし。
ウエイブル子爵だけでなくマチルダ夫人までもが驚愕の表情で固まってしまった。
「しかし、今からでも殿下が生きていると仰れば……」
「言ってどうなるというのです」
どうにか声を絞り出したマチルダ夫人に対して殿下はにべも無い。
「担ぎ上げられて傀儡にされるか、偽物だと相手にされないか、暗殺の標的になるだけですよ」
最後の王族であるからこそ殿下の言う通りの結果になるであろうことは想像に難くない。
「ですがっ」
どうにか反論しようとする夫人だったが言葉が続かないようで歯噛みしている。
「今はまだ静かですが冬を越せば国内は大きく荒れるでしょう。そうなれば、この国も長くはないでしょうね」
悲観的な見方をしているが俺も同じ意見だ。
我が国は外敵に対しては結束するが普段はバラバラだからね。
貴族派が幅をきかせているものの、その彼らも決して仲が良い訳ではない。
今までは王族がかろうじてストッパーになっていたけれど……
春になれば内戦が始まるのは間違いない。
中立を保とうとするのはうちとウエイブル子爵家以外では辺境伯の二家だけだろう。
もっとも、勝ち抜いたところで待っているのは著しい国力低下だ。
そうなると周辺国が併呑してくるところだが、それも利があっての話である。
平時であればともかく疲弊しきったアルス国に抱え込む魅力があるとは言えない。
誰も好き好んで負債を欲する者などいはしないからね。
ゲラルース王国ならば話は別かもしれないが今は向こうもそれどころではない状態のはず。
となれば国家として終焉を迎えることになるのは火を見るよりも明らかだ。
それが分かっているのに誰にも止められない。
でなければ殿下は早々にサジを投げたりはしなかっただろう。
王位継承権を放棄し他の王族の協力を取り付けて国を豊かにしようと奔走していたくらいだからね。
貴族派の支持が得られず思うようにはいかなかったみたいだけど。
数々の妨害にもめげなかったレイチェル殿下も国の行く末に希望を見出せなくなったことで諦めてしまった。
王族の生き残りが己一人だけとなってしまっては無理もない。
ただ、この人が凄いのはいつまでも失意の念にとらわれていないところだ。
「それより、貴方たちも移住しませんか」
読んでくれてありがとう。
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