150 出し惜しみはしない
ん? レイチェル殿下の暗殺計画に隣領の子爵が関与しているのか。
ということは、ゲラルース王国の侵略に加担しているってことだよな。
それも何年も前から。
これはウエイブル子爵領とうちを手中に収めたら、そこで満足して終わりという訳じゃなさそうだ。
領土的野心は国全体に及んでいたと考えるのが自然だろう。
つまり、計算通りに領土を手に入れた後はクーデターを起こす気だった可能性が高い。
欲深くて厚かましい性格をした領主らしいので、昔からそういう野望を抱いていたと見るべきだろうな。
放置するとロクなことはなさそうだ。
「よく分かりませんが、とにかく殿下が狙われているかいないかは関係ないのです。今がどれほど危険な状況か御理解ください」
その言葉に殿下は返事をせず父アルブレヒトの方を見た。
「ミューラー伯爵。私が逃げなければならないほど逼迫していると思いますか?」
「……現場を確認していないので断言はできませんが──」
言いながら父が俺の方をチラリと見てきた。
「うちの愚息には対処可能なようです」
そんな返事をされると丸投げされた気分になるんですけど?
ほら、マチルダ夫人が唖然としてポカンと口を開けてしまってるよ。
思わしくない状況下で幼い子供に危険な仕事を任せるかのような発言をしているから無理もない。
しかも、父はこういう事象の専門家であるから衝撃もひとしおではないだろうか。
「できますか、シドくん?」
殿下まで俺に聞いてくる有様である。
「現場の状況しだいで対応は変わりますが可能かどうかで言えば答えはイエスです。一応、プランBまであります」
「では、シドくん。やっちゃってください」
本気で丸投げするんだ。
そんなことだろうとは思っていたけどさ。
「おい、アルッ!」
マチルダ夫人が父アルブレヒトに激しく噛みつかんばかりに吠えた。
その一言に撤回を求めろだとか何故止めないのかなどの意味が込められているのは想像に難くない。
対する父はすげなく肩をすくめる。
「ひとつ言っておくが、シドの魔法の腕前はワシよりはるかに上だぞ」
「なっ!?」
マチルダ夫人が驚いて気が削がれたところで俺は掌サイズの魔道具を取り出した。
「それは何ですか?」
目敏く見つけた殿下が興味津々で聞いてきた。
「これは幻影プロジェクターと言って指定した映像を幻影魔法で空間に投影するだけの魔道具ですよ」
大型モニターよりも大きく映像を流すことができる。
魔力消費の都合上、映像を大きくすればするほど透けていくので多少の見づらさは出てくるんだけどね。
「外の様子を確認するんですね」
「はい。そうしないことには有効な手が打てませんから。あまりにも静かすぎて街中の喧噪すらここには届かな……」
何かが引っ掛かったために最後まで言い切ることなく考え込んでしまった。
とはいえ、それも束の間。
すぐに違和感の正体に気付いた。
屋外にいるのに塀の外の音が聞こえないなんてことがあるのかということだ。
「マチルダ夫人!」
「おっ、おう?」
鋭い呼びかけに俺がこの件に対応することに反対していることも忘れて夫人は応じた。
「この屋敷には遮音結界が敷設されているのではありませんか?」
「そうだが、よく分かったな」
マチルダ夫人は目を丸くさせてイエスと返事をした。
「ここでは派手に訓練もするからな。外に大声が漏れないようにしてあるんだ」
それは塀の外からの音も届かないことを意味する。
その気になれば内側の音は漏らさず外の音は受け入れる一方通行の形にすることも不可能ではない。
が、それをしているようには見受けられなかった。
無理もない。
指定する範囲が異なるとはいえ相反する効果を同時に発動させる術式というのは繊細でかなり複雑化してしまう。
有り体に言ってしまえば技術的に難しいため魔道具に落とし込める職人を探すだけでもかなり苦労するはず。
いたとしても安くないのは言うまでもない。
「それが裏目に出たかもしれません」
「なにっ!? どうして裏目に出るというのだ?」
その質問には答えず俺は幻影プロジェクターと上空で待機しているゴーレムをリンクさせた。
直後、何もない空間に大型スクリーンサイズで半透明の映像が映し出された。
「なんてことだ……」
想定をはるかに超える惨状だった。
衛兵は多数と報告していたので無数とまでは思わなかったのだ。
多くてもせいぜい数十程度だろうと。
それならば個別に狙撃するなり人のいない場所へ誘導し一網打尽にする格好で浄化するなりで対処できると計算していた。
すなわちプランAとBである。
だが、今やそんなものではどうにもならない状況だ。
港のあたりには千に迫ろうかという数のゾンビがひしめき合い人気はまるでなかった。
沖に逃げている船もあるので助かった者もいるにはいるだろうが犠牲者も少なからずいるはず。
しかも、街中にはそこかしこでゾンビの小集団ができていた。
そのせいで何処も彼処もパニック状態でウエイブル子爵も足止めされるような格好だ。
もっとも子爵が港に到着しても収拾がつくとは思えない。
やるなら範囲魔法で一気に方を付けるしかないだろう。
躊躇っている場合ではない。
「殿下、しばし警護が手薄になりますが御容赦ください」
「ええ。今は事態の解決を優先してちょうだい」
返事をもらうと同時に──
「リスタ! ガイザーモードだ!」
殿下の影に隠れていたリスタを白兵戦に最適な形体で呼び出した。
とっておきとも言える隠し球だが出し惜しみはなしだ。
「近辺のゾンビを殲滅しろ。ただし、逃げ遅れた人の救助を優先でな。行け!」
超殖剛装ガイザーの姿で現れたリスタをそのまま街中へと送り出す。
さすがにこの姿を見せたことはないので父や姉も呆気にとられていた。
リスタのことを知らないマチルダ夫人や次姉ディアネスなどは息をのむ状態で固まっている有様だ。
声をかけるまでしばらくはあのままだろう。
ガイザーとなったリスタはさっそくゾンビと会敵していた。
と言っても相対する形ではなくリスタが民家の屋根の上から見下ろす格好だ。
パニック状態で逃げ惑う住民を避けて移動するにはその方が都合がいい。
飛び道具を持たないゾンビを相手に一方的に攻撃できる利点もある。
ガイザーは頭部熱線砲をなぎ払うように放ち8体のゾンビの頭部を斜めに輪切りにして仕留めた。
糸の切れた操り人形のようにゾンビどもが崩れ落ちていく。
その姿を確認するまでもなくガイザーは次の目標へ向け跳んでいった。
一方の俺もガイザーの活躍を黙って見ている訳ではない。
戦いが行われている間も本命の手を打つべく行動を起こしていた。
「タッちゃん!」
「うむ。我にも出番があるか」
返事をしたタッちゃんが姿を現す。
「デカいのを使う。魔力供給を頼む」
出し惜しみ無しその2だ。
これから使うのは浄化の雨と名付けた街全体を覆う規模の魔法である。
規模は言うに及ばず一瞬で終わるものではないため長距離転移に匹敵する魔力が要求されることになるだろう。
被害をこれ以上拡大させないためにも地脈を利用している時間的余裕はない。
おまけに天候操作で雨を降らしつつ浄化の魔法を雨に付与する格好になるため制御が複雑になる。
地脈から自分で魔力を引っ張ってくるよりタッちゃんに自動で供給してもらう方が負担が少ないのは言うまでもない。
「心得た」
タッちゃんが俺への魔力供給を開始した。
後は俺がイメージを固めて魔法を発動し完遂することに全力を注ぐだけだ。
読んでくれてありがとう。
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