148 BIGになるはずだった女
「ちょっとアンタ! こんな所で何してるのよっ!? 王都へ行ってBIGになるって言ってたじゃない」
姉エレオノーラが帰還女性に突っかかる。
これはもう疑いようもなく顔見知りであろう。
それはともかくBIGになるですか。
痛々しい過去というか率直に言って黒歴史ですな。
もっとも当の帰還女性はまるで意に介していないかのように見受けられる。
「ハッハッハ! それは言わないお約束ぅ」
先程までとは打って変わってノリが軽い。
こっちが素のようだけど今まで特大の猫を被ってたんだな。
「王都は平和すぎて話になんないから各地を放浪したのよねえ」
「それでここに流れ着いたと?」
「ちょっと違うかな~。国境越えてたしぃ」
「はあっ!? 意味分かんないんだけど」
姉エレオノーラが素っ頓狂な声を上げたけど無理もない。
国境を越えた人間が、どうしてここにいるのかという話になってくるもんな。
「たまたま港町で姐さんとバッタリしたのよぉ。こういうの邂逅って言うんだっけ?」
姐さんというのはマチルダ夫人のことだと思う。
おそらくだけど……
それとバッタリしたって独特のワードセンスだよな。
思いがけなく出会ったと言いたいみたいだけど分かりにくいったらありゃしない。
姉と話す前の喋り方に戻してほしいね。
「とにかく、そこでバカどもに鉄槌を下していたのが姐さんのお眼鏡にかなってスカウトされたって寸法だったりするんだな、これが」
寸法という単語の用法を間違えているな。
それを言うなら経緯とか顛末だろうに。
まあ、内心でツッコミを入れるにとどめたけどね。
でないと泥沼に引きずり込まれそうな予感がしたから。
エレオノーラも苦り切った顔で話を聞くだけだし、俺の直感は見当外れなものではないと思う。
「オバさん、こんなの引き込んで大丈夫なの?」
どうにか表情をやや渋くらいにまで戻した姉はマチルダ夫人に目を向けながら質問した。
それに対し不敵な笑みを浮かべる夫人。
「心配しなくても昔より自重できるようになっているさ。それにディアのおかげで今回は命拾いしたところもあるんだよ」
今回? と一瞬、考え込みそうになったけれどトードマンのことではないだろう。
確か遭難しかけたと言っていたし、それ関連の話なんじゃないかな。
何にせよ姉の知る過去よりも成長しているみたいだ、うちの姉は。
そう、姉なのだ。
何処かで見たような気がしていた帰還女性がまさか身内だったとはね。
マチルダ夫人がディアと愛称を言ってくれなければ気付くのはもっと遅れていたと思う。
エレオノーラのような赤い髪と灰色の瞳で気付いても良さそうなものだったけど。
気付かなかったのは先代の記憶に残されていた次姉の姿よりも大人っぽくなっていたせいだろう。
ちなみに本名はディアネス・ミューラーである。
結婚していなければ。
しているとも思えないけれど。
年齢的にはエレオノーラの四つ下だったはず。
それでも俺より10個上で成人してすぐに家を飛び出したきりだから馴染みは薄いと言わざるを得ない。
すぐには思い出せなかったとしても仕方あるまい。
「その帰路で海賊の襲撃があってね」
ウエイブル子爵が「なにぃ!?」と吠えたが全員にスルーされた。
「数の上で不利なのに、ちょうど帆が限界を迎えていたから逃げることもできなくて仕方なく応戦した」
「そこでうちの娘が活躍したと」
それまで黙って聞いていた父アルブレヒトが口を挟んできた。
娘が活躍したであろうシチュエーションを想像して高まってしまったんだろうな。
ホント親馬鹿だよ。
「そういうこと。うちの部下は腕っ節ばかりでね。魔法はからっきしなのさ。私も得意と言えるほどじゃないし」
数の不利を覆すなら魔法が鍵を握るのは当然と言えよう。
「それも計算に入れた襲撃だったのだな」
「ああ。海賊の生き残りを締め上げたら豚子爵に雇われたって白状したよ」
念の入ったことだ。
遭難させるのが目的じゃなく逃げられないようにして襲撃を確実に成功させる腹づもりだった訳か。
マチルダ夫人に豚呼ばわりされている隣領の主は執念深そうだ。
この調子だと、まだ何か手を打っていることも考えられるな。
「ディアの魔法がなければ正直なとこ厳しかったね」
魔法の名門とうたわれるミューラー伯爵家の出身だけはあると夫人は絶賛している。
マジでやばかったんだろう。
その割にトードマン相手には魔法を使わなかったな。
もしかして10年の修行の成果をうちの家族に披露するために縛りプレイしていたのか?
なんとなく次姉の性格が分かってきた気がする。
長姉が「こんなの」と評するくらいだから当たらずとも遠からずだと思う。
「オバさん、あまり褒めちゃダメだよ。ディアはすぐ調子に乗るんだから」
密かにドヤ顔をしていたディアネスがエレオノーラの言葉に痛い所を突かれた顔になった。
「アッハッハ! 結果を出すなら何だっていいさ」
呆れるエレオノーラに対してマチルダ夫人は豪快に笑う。
「もう。どうなっても知らないわよ」
エレオノーラは膨れっ面でそんなことを言っているが、本気で怒ったりしている訳ではなさそうだ。
久しぶりの家族の再会に軽口を叩いたような雰囲気があった。
父も無表情だが内からにじみ出るような惚気じみた空気は隠しきれていない。
それに引っ張られるように殿下たちも軽い笑みを浮かべている。
一方で俺は皆のように脱力する気にはなれずにいた。
先程からずっと薄ら寒い嫌な何かを感じているせいである。
トードマンは間違いなく死んでいるというのに、どういうことだ?
『気付いているか、シド』
俺の様子に感づいたらしいタッちゃんが念話で語りかけてきた。
『まだ何かあるんだな、タッちゃん』
『左様。あのカエルが引き金になっておる』
『トードマンが!?』
言われて初めて嫌な何かの正体に気付かされた。
それは離れた場所から漂ってくる瘴気の気配だったのだ。
『港の方みたいだな。引き金ってことは他にも魔物になった人間がいるのか』
『うむ。しかし、カエルではない。もっと別のものだ』
どうか毒持ちではありませんようにと願わずにいられない。
一般人が巻き込まれれば犠牲者が多数出ることになりかねないからね。
『数も多いぞ。しかも徐々にだが増えておる』
勘弁してくれよと言いたくなった。
殿下も一緒なのに数で押してくる敵が出てきたなど悪夢以外の何者でもない。
ないのだが……
『増えるって、そんなことある?』
タッちゃんの感知力を疑う訳じゃないけど現実感の乏しい話に思わず疑問を返していた。
トードマンにされた側近野郎だけでもレアケースなのに人から変身する魔物が大量発生するとか、ちょっと考えられない。
『考えるだけで虫酸が走るが、おるだろう。同類を増やすのが』
『うわぁ……』
タッちゃんが嫌悪して数を増やす存在と言えば、アレしかあるまい。
これはもう形振りかまっている場合じゃなさそうだ。
上空に待機させているゴーレムから情報を得るべくタブレットを出そうとしたのだけど。
「大変です!」
衛兵が血相を変えて飛び込んできたことで手が止まってしまった。
「何事だっ!?」
ウエイブル子爵が叱責するように強い口調で問う。
「港近くに大量のゾンビが出現しました!」
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