146 豪放磊落なオバさんらしい
トードマンが死を迎えたことにより毒がまき散らされることはなくなった。
帰還女性が苦戦していれば、こうも上手くはいかなかっただろう。
「少年よ、助かった。礼を言う」
帰還女性が頭を下げた。
子供相手に素直に礼を言える人なんだな。
大抵はササッと済ませたり何かしら考えるような間があったり冗談めかして照れを隠すなどすることも少なくないのだが。
中には子供相手に礼儀など不要と主張するような輩までいたりする。
彼女の身なりはヨレヨレで汚れており髪もボサボサだけど、その心根はそれとは正反対のようだ。
「僕は簡単なアドバイスをしただけで具体的な行動は起こしていませんよ」
「何を言うのか。君の助言がなければ私は毒を浴びていたし、こんなに早くコレを始末することはできなかったのは間違いない」
「そうですか? 僕としては大したことをしたつもりはないのですが」
「謙遜するな。最初のあの投てきがなかったら危なかったのは分かっている」
謙遜はしていないんだけどな。
あれは膝カックンすれば毒ブレスの軸がずれないかなという思いつきでしかない。
結果も満足できるものではなかったし。
「ところでシド少年」
今度はマチルダ夫人が話しかけてきた。
「君は魔物のことに詳しいのだな。あのような珍しい魔物をよく知っていたものだ」
あれ? なんか疑われているのか?
「たまたまですよ。僕は本の虫でしてね」
「だが、人が魔物になるなど聞いたこともないぞ」
あ、そっちなのね。
トードマンがレアな魔物だから、そっちについて聞かれているのかと思ったよ。
「それについては知りません」
ということにしておこう。
オルランのことを話す訳にはいかないからね。
「おそらくは魔法で人から魔物に変身させたんでしょうけど、何をどうすれば魔物に変わるのかなど僕にはサッパリ分かりません」
肩をすくめながら言ってみたがジッと両眼を見られてしまった。
普通の子供なら確実に動揺していたであろう迫力がある。
「おい、マチルダ。それくらいにしておけよ。うちにケンカを吹っ掛けているのでなければな」
父アルブレヒトからの援護があって追及の視線はどうにか緩んだ。
「しかし人が魔物に変わるなどあり得るのか? あの男にそれだけのことができるとは到底信じられないのだが」
「特定の呪文を唱えれば変身する術を施した何者かがいるんだと思いますよ」
「それであんな風になるものか?」
まだ納得がいかないらしいが現実は受け止めた方がいいと思う。
「魔物の中にはまれに人化したりするのがいるそうですから不可能じゃないんでしょうよ」
「そういうのはかなり高度な知能を持つ魔物ではないか?」
「普通はそうでしょうね。でも、元に戻れない変身なら我々が思っているほど難しくないのかもしれません」
俺の話を聞いたマチルダ夫人はうなっている。
追及はされなかったが納得させるのは骨が折れそうだ。
「そんなことより、あの死体をどうにかした方がいいんじゃないか」
再び父の助け船が出された。
「そうだった。あれは調べたいところだが、きっと何も分からんだろうな。燃やしてしまうか」
腐って様々な害が発生してしまうことを懸念しているのだろう。
臭気を放つだけならまだしも病原菌を媒介する元になるのはいただけない。
「そういうことでしたら少しはお役に立てると思いますよ」
フィンガースナップでパチンと音を鳴らしてから魔法を使う。
傷口から血を抜き取ってから本体を氷柱に閉じ込めた。
血の方は水分を完全に飛ばして塊にする。
「これなら後で調べることができるんじゃないですか」
「アル、お前の息子は何者だい?」
唖然としつつもマチルダ夫人はどうにか質問を口にした。
「さてな。シドはシドだ。ワシの息子であることに変わりはない」
くすぐったくもあるが嬉しいと感じる返答だ。
何度生まれ変わっても人の子であることに変わりはないからね。
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トードマンの死体が別の場所へ運び出されていき一息つけそうだと思っていたら。
「それよりも、マチルダ。その汚い格好はどうにかしてくれないか。臭くてたまらん」
我が父は遠慮がないな。
変装した殿下も一緒だからというのもあるのだろうけど。
「おお、そうだったな。嵐の中、遭難しかけたせいでこの有様だ。許せ」
そう言って豪快に笑うマチルダ夫人。
これで前子爵の娘だというのだから貴族令嬢のイメージがおかしくなりそうだ。
遭難という単語に反応して顔色を悪くしているウエイブル子爵の方がそれっぽいと言うか男女逆転してるんじゃないか?
「お前が遭難? 冗談だろう」
「魔物に成り果てたバカが手を回してくれたおかげで帆がズタズタになったんだよ」
濃縮した青汁でも飲んだのかという顔でマチルダ夫人が答えた。
「なんだって!?」
そう叫んだウエイブル子爵が驚愕のあまり固まってしまっている。
「アタシを始末すれば後は言いなりのアンタしか残らないだろ。やりたい放題できるじゃないか」
「いくらなんでも、そこまでする必要があるのか」
事実を受け止め切れないのか子爵が呟くように漏らした。
「おめでたい頭してるねえ、アンタは。そいつは何処かのいけ好かない子爵の息がかかっているんだよ。奴ならそれくらいやりかねないさ」
夫人は名指しこそしないものの誰のことを言っているのかはその場にいる誰もが理解していた。
密かにうちへちょっかいを出してきた隣領の主である。
もしかすると、こちらを先に思い通りの状態にしてから、うちにも手を出そうという魂胆だったのかもしれないな。
果たして何年前からの計画だったのやら。
王都の状況を把握して動き始めた訳ではないだろう。
このあたりは辺境だから上手く立ち回れば何もなかったように事を片付けられるという魂胆だったのかもな。
「なんてことだ……」
子爵が真っ白な灰になりかけているよ。
「呆けている暇があるなら少しは自分で考えて仕事しな。面倒だからって何でもかんでも丸投げするからこうなるんだよ」
「ううっ」
デカい図体を縮めて落ち込む子爵の姿は捨てられた子犬を思わせる有様だ。
全然可愛くないけどさ。
「言うこと言ったら少しはスッキリしたね」
マチルダ夫人は旦那とは対照的にサバサバしている。
「それじゃあ失礼するよ。さすがに臭うままじゃお嬢さん方にはキツいだろうからね」
「あ、オバさん。それなんだけど、うちのシドに任せてみない?」
姉エレオノーラが遠慮のない呼び方でマチルダ夫人を呼び止める。
それだけ親しいんだろうけど、俺は初対面だってことを忘れちゃいませんかね?
「少年に?」
困惑しきりの顔でこちらを見ながら問い返している。
居心地が悪いったらありゃしないじゃないか。
「便利な魔法を使うのよ。服を着たまま汚れを落とせてスッキリできるわよ」
適当なことを言うの勘弁してもらえませんかね?
確かに書庫住まいで重宝している魔法はあるけど、そんなにお手軽って訳でもないんだよ。
クリーンナップと名付けた魔法は複数の工程を同時制御するので気を遣うのだ。
おまけに汚れがここまでひどいと綺麗にするのも楽じゃあない。
「おや、そんなことができるのかい」
マチルダ夫人は姉の言葉を少しも疑っていないようだ。
プレッシャーがかかってしょうがないんですけど?
読んでくれてありがとう。
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