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145 往生際が悪い

 逃げ場を失った側近野郎を捕らえて尋問すれば終わるだろうと思っていた時期が俺にもありましたよ。

 ところがギッチョン。世の中そんなに甘くない。


 最初の変化は側近野郎から禍々しい空気がジワリと漏れ出したことだ。

 それだけで肌が粟立つのを感じた。

 コイツはヤバい!


『シド、気をつけろ!』


 タッちゃんからも念話で警告が飛んできた。

 ただし、気付いているのは俺とタッちゃんだけみたい。

 誰もピリついた空気を発していないのだ。

 殺気には敏感な父や姉も悪しき気配の感知は難しいのか。


『ああ。なんかヤバそうだ』


 側近野郎が己の両腕を抱きながら悶え苦しみ始める。

 その声は獣がうめいているかのようだった。


「なんだ?」


 帰還女性が怪訝な表情を浮かべ困惑したものの、それも一瞬。


「そんな見え見えの芝居でかく乱しようたって、そうはいかん」


 彼女は即座に身構えて側近野郎を威嚇した。

 違う、そうじゃない! とは種明かしをしているようなものだから言いづらい。

 何故知っているのか追及されそうだもんな。

 あの禍々しい気配はオルランの時と似ているけれど、それをまんま言う訳にはいかない。


 人が生きたままグールに転ずるなど誰が知っているというのか。

 さすがに書物の知識と言うには無理があるし前世の記憶も同様だ。

 どの前世でのものなのかを問われると厳しい。


 それにグールに化けるとは限らない。

 おそらくは何らかの魔物になるのだけは間違いないとは思うのだけど、アンデッドになるかどうかを絞り込むのは厳しいものがある。

 オルランの時とは異なる点もあるからね。


 側近野郎は苦しんでいるが奴は憎悪を振りまくばかりで痛みや苦しみを訴えることはなかったはず。

 そう思っていたら突如として側近野郎の体が膨張した。

 一瞬、自爆かと思ったけど、そうではないらしい。


 服をズタズタに引き裂いて膨らんだ体は人とは別の何かに転じていた。

 どうやらアンデッドではないようだ。

 皮膚は背中側が茶褐色で凹凸がある特徴的な感じになっている。

 胸側は白に近い薄茶でぬめりから来る光沢があった。


 そして、何より頭部が人としての面影が何処にもない。

 口が大きく裂けたように開いているのが目立ち突き出た眼球は大半が瞼で覆われ眠たげな印象を抱かせる。

 有り体に言えばヒキガエルだ。


 ただし、姿勢は悪いながらも二足歩行状態を維持している。

 鳥獣戯画に出てくる擬人化されたそれよりも人に近いプロポーションをしていた。

 武器を持って戦うことも難しくはなさそうだ。


 このような魔物を俺は知らない。

 先代の記憶にも該当するものはなく前世の妖怪やゲームの知識にもヒットしなかった。

 あえて名付けるならトードマンだろうか。


 念のためにアカシックレコードへアクセスして該当する姿の魔物がないか検索してみた。

 そうしてヒットしたのはトードマン。


 まんまじゃないか!


 防御力が高めで厄介なことに毒持ちであるという。

 確かヒキガエルも毒を分泌したので不思議ではないのか。

 問題はトードマンの場合は霧状のブレスを吐き出すということと毒の効力がより強力であることだ。

 触れれば皮膚はただれ、まともに吸い込めば呼吸困難を起こすという。

 空気に触れると短時間で無毒化するため効果があるのは数秒だけというのが救いか。


 周囲を毒の霧で埋め尽くされでもしたらシャレにならないからな。

 そんな風に考えていたところで、トードマンが仰け反るようにして大きく息を吸い込む挙動を見せた。


「奴の正面に立つな! 横に跳べ!!」


 叫ぶと同時にショートソードをトードマンの脚に向けて投げつける。

 簡単には傷つかないようなのでバランスを崩せれば上出来と判断した。


 帰還女性は俺が剣を投げると即座に反応し大きく横っ跳びする。

 そのままだと倒れ込みそうなところを地面を転がって勢いを利用しすぐに立ち上がった。

 すかさず抜剣して身構える。

 側近野郎が人から魔物に転じた直後は驚きのあまり呆然として固まっていたが、反射神経は悪くないようだ。


 帰還女性が立ち上がったところでトードマンが毒々しい紫色の霧を吐き出した。

 俺の投げた剣が膝裏近くに命中して後ろに倒れ込みそうになりながらだったおかげで射程と範囲が見極められたのは収穫だ。

 アカシックレコードの情報通り数秒ほどで色が消えていき見えなくなった。

 色で無毒化したのが確認できるのはありがたい。


 ちなみにショートソードは奴の脚に食い込みはしたが刺さりはしなかった。

 身体強化した状態で投げてこれである。

 剣の切っ先がさほど尖っていなかったというのもあるが、奴の防御力は並の魔物とは一線を画するものだ。


 おかげで防御力が高めという情報がどれほどのものかの確認もできた。

 どうやらガチガチに硬化しているのではなく弾力性のある皮と肉で弾くことで、それを実現しているようだ。


 叩き切るタイプの武器だと苦戦はまぬがれないだろう。

 こちらの世界の剣は切り裂くタイプよりもそういうのが多い。

 彼女の剣も典型的なロングソードに見えた。


「少年! あれは毒か!?」


 帰還女性がトードマンから目をそらさぬまま聞いてくる。


「そうです! 霧が見えている間は吸っちゃダメですよ。触れてもいけません!」


「分かった。恩に着る!」


 後は任せろと言わんばかりの口ぶりだが今のままではどうにも分が悪い。

 かと言って、これ以上の支援はしてくれるなという無言の圧もあるので悩ましいところだ。


 俺たちはよそ者だから向こうの面子を潰すような真似は避けるべきだろう。

 そんな訳で、まずは様子見することにした。

 いつでも加勢できるように警戒は怠らないようにして。


 そこから先は帰還女性の剣技のお披露目会のような様相になっていった。

 もっとも、そのことごとくが弾かれていたけれど。

 やはり並大抵の攻撃では通用しないか。


 トードマンは合間にブレスを何度か使ってきたものの、そのあたりの対処は危なげない。

 最初の回避で予備動作のクセを看破したようだ。

 後ろに仰け反るようにしてタメを作るから分かりやすくはあるのだけど。


 双方が決定打にかける中、状況を変えるべく動いたのは帰還女性だった。

 それまでは剣を振るばかりであったところを突きを主体にした攻撃に切り替えたのだ。


 その判断は間違っていない。

 ロングソードの刃はトードマンの弾力ある皮にことごとく弾かれてきたが切っ先の鋭さには耐えきれなかった。


 最初に狙われたのは脚だ。

 ここを潰せば逃亡を防ぐことができるからだろう。

 続いて腕が狙われる。

 腕が上がらなくなれば物理的な攻撃手段を失うからね。


 動きを封じたところで帰還女性は大きくバックステップして溜めを作る。

 それはあたかも強弓を引き絞った姿を想起させた。


 解き放たれた矢はトードマンの胸を穿つ。

 その一撃の勢いは心臓を打ち抜き背中まで貫通させるほどであった。

 こうなると剣は簡単に抜けなくなる。

 が、帰還女性は足で蹴り飛ばすようにして引っこ抜く。


 トードマンはそのまま後ろに倒れ込み二度と動くことはなかった。

 臨機応変に対処して勝利を掴むあたり場数を踏んでいるのは間違いなさそうだ。

 子爵夫人マチルダの護衛につくだけのことはあるってことだな。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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