142 決闘はじまる
決闘の審判がなかなか来ない。
その場にいた全員が焦れ始めたところで、ようやく登場。
ただ、歩みは遅いし全身から面倒くさげな雰囲気を発しているのが見て取れた。
これはまともな判定は期待できないだろう。
となるとよそ者の俺の方が不利になるのは明白。
適当にお茶を濁すような感じで終わらせるという選択肢は完全に消えてしまった。
まあ、端からそんなつもりはなかったのだけど。
対戦相手は怒りをにじませた顔でやる気になっているが、腹立たしさではこちらの方が上だ。
こっちが殺気を伏せているだけでも有り難く思うんだな。
決闘が始まればそれも抑えこむ気はないので奴のメンタルがどうなるやら。
いや、成敗しなければならないのは対戦相手だけじゃなかった。
目の前のコイツを有利に戦わせるために細工をしたバカがいる。
その実行犯は1人だが、それを指示した黒幕がいる可能性が高い。
ならば最初は三味線を弾いておくのが良さそうだ。
向こうの思惑通りにならなければ馬脚を露わすことは充分に考えられるからね。
そうなると……
『タッちゃん、ちょっといいか?』
レイチェル殿下の頭上でフヨフヨと浮いている透明化した状態のタッちゃんに念話で話しかける。
『どうした? すぐに決闘が始まるのだろう? 集中せんと足をすくわれかねんぞ』
『集中したいから頼みがあるんだよ』
『ほう、頼みとな?』
『決闘が始まったら観戦している全員をよく観察しておいてほしいんだ』
『それは構わんが、観察するとどうなるのだ?』
『俺の目の前にいるバカに加担しようとしている奴が分かるかもしれない』
『ほほう。不届き者がおるということか』
『頼んだよ』
『任せるが良い』
これで一安心。決闘に集中できる。
細工のせいで負わされたハンデが無ければ気を張ることもないのだけど。
とはいえ武器を手にした姿を見れば尚のこと素人くささが際立つ程度の相手だ。
右手で握るショートソードも左腕に装備したラウンドシールドも構えがなっちゃいない。
今にも襲いかからんと高ぶっているにしては脱力しすぎ。
あれでは攻撃するにしても防御するにしてもワンテンポ遅れてしまう。
審判の開始の合図を待って構えるつもりなのだとしたら奴の脳内にはお花畑が広がっているとしか思えない。
今回のように刃引きした剣で試合をするのがせいぜいで命のやり取りをしたことがない証拠だ。
まあ、子供なんだからしょうがないか。
などと考えている間に審判のルールの説明が終わった。
禁則事項は殺しと倒れた相手への追撃くらいなので何でもありに近い。
急所への攻撃の禁止も入れておくべきだと思うのだが、それは向こうにとって都合が悪いのだろう。
やりたい放題にはできなくなるからな。
だが、同じ土俵に立つ以上は自分も急所を狙われるかもしれないのだということを分かっているのだろうか。
……たぶん気付いていないだろうな。
己が一方的に攻撃することを夢想するばかりだと思われる。
細工もあるからなんだろう。
でなければ街中で実力差を少しは思い知ったはずのコイツがこうも油断するとは思えない。
「それでは決闘を始める」
俺は手にしたショートソードに目を落とした。
この決闘における唯一の相棒にして裏切り者だ。
どう転ぶかは俺の使い方しだいではあるが。
「始めっ!」
俺が視線を下げている間に試合開始が告げられた。
目の前でわざと隙を見せたというのに易々と引っ掛かってくれるとはね。
つまり、この審判もグルということだ。
積極的に手は出してこないとは思うが妨害はあって当たり前くらいに思っておいた方が良さそうだ。
審判までもが敵であろうとするなら俺にも考えがある。
「うおらあっ!!」
あ、真っ直ぐに突進してきた。
ハッキリ言ってしまうとアクビが出るほど遅い。
それでもバカが躊躇なく間合いに踏み込んでくるのは俺の隙をついたと思ったからだろう。
これが好機だと確信していたのかもしれないが、スピードがないと台無しになる。
奴はそのことにはまったく気付いていない。
あれこれ考えている間にバカがショートソードを大きく振りかぶって斬りかかってきた。
当然、奴は誘われたことには気付いていない。
だからという訳ではないだろうが、本気で斬るつもりがあるのかと思うくらい遅い。
怒気をにじませた気迫から躊躇いなどは微塵もないと分かるのだけど。
黒幕をあぶり出すという目的がなければカウンターを入れて一撃で終わらせるところだ。
とりあえず剣を片手で真横に掲げるようにして受けの体制を取る。
が、受けるように見せかけただけで、まともに受けたりはしない。
剣を傾けて斬撃を流しながら滑るように横へ回り込んだ。
空いた左の拳を奴の脇腹へ押しつけるように入れていく。
その際に反動をつけて奴の背後へ回り込む。
誰もダメージを負わせたとは思わないだろう。
食らった本人が意に介していないのだから。
「このおっ!」
つんのめったバカが顔を真っ赤にして振り返る。
まるで猿だな。
そこまで頭に血が上ってしまえば後は無茶苦茶に剣を振るだけだ。
縦に横にと剣を大振りしてくれるので剣の軌道が単調になる。
いや、元々そうなんだけどさ。
おまけにスイングが遅いから、かわすのも受け流すのもアクビが出そうになるよ。
少ないパターンで対応しても冷静さを失っているバカには気付かれなかった。
真面目にやれと審判に言われるかもと思ったが、それもない。
実は敵認定した直後から審判には殺気で威圧し続けている。
この程度で妨害をまったくしてこなくなるとは、ずいぶんと弱気なことで。
もしかすると、やらされている意識が強いからかもしれない。
コイツは黒幕からすると手駒のひとつにすぎないだろうし。
それにしても対戦相手のバカは本当に領主の部下の子として訓練を受けているのだろうか。
そう言いたくなるくらいスタミナがない。
いくら力任せに剣を振るい続けたとはいえ十数回ほどの攻撃でゼエゼエと大きく肩で息をしている始末だ。
もちろん、剣の軌道もフラフラである。
そんな状態でも奴の殺意は衰えず歯を食いしばって剣を振りかぶろうとしていた。
だが、最初に比べても動作が鈍くなってきている。
これでかわし続けるのも苦痛になるくらいだ。
心の方までへばるのを待ちたかったが無理そうなので、もう終わらせるとしよう。
今までとはガラッとリズムを変える。
軽く真正面に踏み込みつつ手にしたショートソードを逆手に持ち替え突き上げた。
奴が振り下ろし始めたタイミングだったので互いの剣の柄尻が激しく打ち合う格好になる。
たったそれだけでバカはバランスを崩してよろめき剣は高く宙を舞った。
そこから背負い投げへとつなげる。
ただし、本来であれば地面に叩きつけるところを観戦者たちの方へと身体強化を使って投げ飛ばす。
誰かに当てるのが目的ではないので落下点は少し手前だ。
ドサッと鈍い音がして奴は狙い通りの場所に落ちた。
「ぐうっ」
落下したバカはうめき声を漏らしたかと思うと動かなくなった。
落下ダメージがまともに入った証拠だ。
失神はしていないが体の芯に残るものは簡単には無くならない。
素人同然の相手の反撃を封じるなら、これで充分だろう。
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