140 実演報告?
「どうしてこうなった?」
離れの書庫に戻ってきた俺は思わずぼやいていた。
「何を言っているのだ、シドよ」
呆れた様子で父アルブレヒトが言う。
そりゃそうだ。
報告書の作成がそんな簡単に終わるはずがないと言い張る父に対して俺がすぐに終わると豪語し続けた結果、実演することになったのはつい先ほどのこと。
それを忘れたとは言わせないとばかりにジトッとした視線を向けてくる。
言われなくても分かっていますとも。
分かっちゃいるが試験飛行に参加した全員が見学に来るなど想定外もいいところである。
いや、想定外でもないのか。
父が来ると言えば姉も同行するだろう。
そしてレイチェル殿下は面白そうなことには目がない方である。
俺が短時間で報告書を仕上げることができると自信満々に言えば興味を持たないはずがない。
当然、殿下も来ることになった。
そうなれば側仕えのオリビアやアンナが付き従うのは言うまでもなく、ということだ。
「じゃあ、始めますよ」
ストレージで格納していた今回の仕事道具一式を作業台にもなる大きなテーブルの上に出現させる。
まずは作業用とデータ再生用のタブレット端末が1台ずつとキーボード。
印刷のためのプリンターを出すのは後でも良かったのだけど、邪魔にならない離れた場所に置いておく。
後は大型のモニターをドーンと設置する。
これと作業用のタブレットを同期させて俺の作業を大画面で確認できるようにした。
こうしておかないと全員から覗き込まれて窮屈な思いをすることになるからね。
さて、最初にデータを再生する訳だが……
「いつ見てもスゴいですね。遠方の情報を見ることができるなんて」
レイチェル殿下がしみじみと感嘆の声を漏らす。
「これはリアルタイムのものではありませんよ。ゴーレムが記録した映像をこちらに転送させたものを再生していますから」
誤解のないように説明したのだけど反応がイマイチである。
振り返れば困惑顔の殿下を見ることになりそうだ。
「……御免なさい、シドくん。ちょっと何を言っているのか分からないわ」
別に専門用語を使った覚えはないのだけど、よくよく考えるとそういう状態だった。
異世界じゃ映像という単語からして馴染みがないものだもんな。
もう何度も見てもらっているからと深く考えていなかったよ。
しかも同時に転送だの再生だのと聞き慣れない単語を聞かされた訳だから話の内容がチンプンカンプンだったとしても不思議ではない。
「ああ、すみません」
ちなみに父アルブレヒトや殿下の側仕えの2人も似たような状態だ。
姉エレオノーラからはなんとなく分かったような空気が発せられていたけれど、知ったかぶりでないとは言い切れない。
「端折った感じになりますが、先程ゴーレムが見たものを今ここで再現しています」
「あ、そういうことなのね。スゴい技術だわ」
説明のし直しは正解だったようだ。
もう少し具体的にと思わなくもなかったけど伝わらなければ意味がないからね。
念のため動画を一時停止させて振り返ってみたけれど感じていた戸惑いの空気は消えて殿下は静かにうなずいていた。
父も同様である。
姉には特に変化が見られなかったけれど、これはいつものことだと思う。
護衛のオリビアはちょっと考え込む時間があった。
リアルタイムじゃない映像を見ているという感覚に違和感があるのかもね。
侍女のアンナは虚無顔だ。端から理解を放棄したのかもしれない。
「恐縮です」
ちょっと不安になってきた。
今の段階でこれだと、作業を進める間にどんな反応をされるのか想像もつかない。
何をどう驚き困惑するのやら。
とはいえ、このまま何もしないという選択肢は存在しない。
気を取り直して前を向き動画の再生を再開する。
「戦闘が終わったようね」
偽装オーガタイプゴーレムと隣領から領境を越えてきた偵察部隊の遭遇から撤退までの映像にしては短い気がする。
「及び腰だな。ひと当てしてオーガの力量を見極めるだけのつもりだったとしても撤退の判断が早すぎる」
オリビアはなかなかに辛辣な感想を漏らした。
「及び腰というのはどうかな」
疑問の声を上げたのは父だ。
「最初から疲労困憊なように見えた。おそらくだが、あそこにたどり着くまでに消耗していたのだろう」
「言われてみれば、そうだったかもしれません」
そんな訳で確認すべく再び再生を開始する。
大体の感じは掴んでいるのでキーボードでの入力も並行して行う。
「これって戦闘をしたという報告をするためだけに辻褄合わせで突っ込んだように見えるわね」
とはエレオノーラの言だ。
「ふむ、確かに。疲労から撤退の判断を早めたと言うより最初からかなりの安全マージンを確保してデッドラインを決めていたように見えるな」
一度の再生では分からなかったことも再び見たことで気付くことがある訳だ。
こういうところは録画の強みだろう。
「シドくん、ちょっといいかしら」
念のため3回目の再生をし始めたところでレイチェル殿下から声をかけられた。
「何でしょうか?」
返事をしつつもタブレットの画面から目を離さない。
礼を失してはいるけれど入力したテキストの修正作業中だし殿下たちは俺の報告書作成を見学するという体で来ているので、作業を優先する。
「シドくんの手元にある板状のものは何なのかしら? 見たところそれを使うことで小さな画面と連動しているようだけど」
その言葉で大画面のモニターに注目していた面々の視線がタブレットの方へ集まってくるのを感じた。
「これで報告書を作成しているんですよ。板状のものはキーボードと言って文字を入力する魔道具です。小さい画面はタブレットと言ってキーボードからの入力を表示したり、画面に直接触れて操作したりします」
説明している途中で驚きの声が複数上がったけれど、スルーさせてもらった。
ちなみに姉の声は含まれていない。
「そこで報告書を作成しているのね」
「そうです」
「でも、結局は紙に書かないといけないでしょう?」
プリンターの存在を知らなければ二度手間になると考えてもおかしくないか。
「殿下、そのあたりはシドも考えているはずです。おそらくあの箱が鍵を握っているのではないかと」
俺が答える前にそう言ったのはエレオノーラだ。
我が姉は俺に全幅の信頼を寄せてくれているようで嬉しくも気恥ずかしさを禁じ得ない。
「まあ、そうなんですけどね。あれはプリンターと言って印刷をする魔道具です」
と言ったところで報告書が仕上がったので出力する。
プリンターから紙が1枚2枚と排出されていくと全員から感嘆の声が上がった。
印刷した紙の束をそろえて片隅を魔法で圧着させる。
「どうぞ。報告書です」
「あ、ああ……」
呆気にとられている父に報告書を手渡し器材一式をストレージで収納した。
「スゴいわね。紙の大きさが綺麗にそろっているわ」
殿下が目を丸くさせて感心しているが、驚くところはそこですか。
無理もないか。こっちの世界じゃミリ単位のズレは許容範囲だもんな。
なお、紙の大きさがそろうのはプリンターで製紙しているからだ。
材料だけ放り込んでおけば印刷に必要なだけ製紙して印刷するので紙の品質が一定になる。
レーザープリンターをイメージして製作した魔道具なのでスピードもそれに引けを取らない。
「殿下、それよりもあの魔道具ですよ。あれだけの文字を手書きするとなるとどれだけ時間がかかることか」
護衛のオリビアが戸惑いながらもツッコミを入れている。
やはり速さは気になるよね。
「それもあったわね。あれもこれも驚くことばかりだわ」
父などは報告書を受け取った直後から固まったままだ。
「父さん、読まないの?」
クスクスと笑いながら姉に指摘されてようやく我に返った父があたふたしながら報告書に目を落とした。
最初は戸惑いがうかがえる表情をしていたものの徐々にそれが薄まっていく。
同時に読み進める速さも上がっていった。
それもあって森林地帯の警備状況も含め報告書の内容を父がすべて読み終えるまでさほど時間はかからなかったと思う。
読み終わった後は疲労をにじませた顔で天を仰ぐかのように目線を上に向けていたけどね。
「書類仕事に革命が起きるな」
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




