139 報告案件
今は印刷技術を広めるつもりがないことを言うと、父も殿下もすぐにうなずいた。
これから国内が荒れるであろうこの時期に自ら目立つような真似はしないさ。
狙ってくれと言っているようなものだからね。
ならば移住先で広めるべきだろう。
外部の影響を排除するという点において無人島は最高の環境と言えるからね。
それに新生活が始まる際に人々のモチベーションを上げられそうなものが有るか無いかの差は少なくないと思う。
技術ひとつで期待しすぎるのも危険だとは思うけれど。
「それよりも今は移住計画を推し進めることが肝要です」
「そうだったな」
俺の言葉に父も賛同したものの今はまだ移住が決定した訳ではない。
現地調査を進めてはいる。
食料調達の観点だけで言えば、この地にしがみつくという選択はあり得ない。
それでも調査結果しだいで延期を考慮せざるを得ないような危険が判明するかもしれないし。
「調査は任せっきりだが大丈夫そうか?」
「今のところ大きな問題はありませんが」
「どうした? 何かあるのか?」
「あると言えばありますし、そもそも移住希望者がいなくては話にならないですよ」
「そうだったな」
移動手段の確保より領民を説得する方が大変だと思う。
多くが残ることを選択した場合、移住先での人材確保が難しくなるんだよな。
それについては考えていることもあるけど、上手くいくかは未知数だ。
いずれにせよ時間が限られているので悠長にはしていられない。
おまけに状況しだいではタイムリミットが縮まる恐れもある。
それもこれも国内の野心家たちがどう動くかなんだよね。
野心を抱いた貴族が複数いるから挙国一致とは行かないのだ。
まず間違いなく内戦状態に陥るだろう。
「何としても説得せねばならん」
この口ぶりだと父の中では移住は決定事項のようだ。
かなり渋られることを覚悟していたんだけどな。
「シド、父さんとは数え切れないほど話し合ったわ」
俺がわかりやすい表情で考え込んでいるのを見た姉エレオノーラが口を開いた。
「そうなんですか?」
「ええ。だから、この話が覆ることはないわね」
姉から聞いたところによると俺たちがガルフの罠にかかって強制転移された件を父はかなり気にしていたようだ。
そのおかげで移住先が確保できたのだから俺としては禍を転じて福となすと言っても過言ではないと思っているのだけど。
「信じられないかしら?」
俺が考え込んだままなのを疑っていると受け止められてしまったみたいだ。
「そういう訳ではないのですが移住一択で考えているとは思わなかったので」
俺が口ごもるように言った言葉に姉は苦笑する。
「どう想定をしても国に残るのは疲弊するばかりでどうにもならないのよ」
レイチェル殿下がいるのであからさまな表現は避けているが、内戦が激化するのだろう。
そんなことになったら中立を貫こうとも巻き込まれるのは必至だろう。
たとえ勝てたとしても深刻な被害は免れまい。
だから未知の土地へ移住する方に活路を求めるということか。
「思ったより野心家が多いようですね」
国を二分するような戦いになるのかと思っていたのだけど想定が甘かったか。
護国大臣として国中を駆け回っていた父だからこそ察知できるもの予見できるものがあるのだろう。
「バカが多いと言うべきね」
嫌悪感丸出しの顔で辛辣な言葉を吐き捨てる姉である。
「まあ、欲望丸出しで後先なんて微塵も考えちゃいないのは確かでしょうけど」
輝かしい理想だけを思い描くばかりで国を民を憂うことなく突き進めば、寂れた現実という未来を突き付けられるのは明白なんだが。
「そう言えば、内陸側の隣領からうちにちょっかいを出そうとした愚か者がいましたよ」
偵察部隊を送り込んできただけなので大事にはなっていない。
表の街道を使わず森林地帯を利用して隠れ潜みながらの侵入ルートを確保しようとしていたみたいだ。
そういうこともあるだろうと危なそうな場所には事前にあれこれと仕掛けをしておいたから撃退済みだけど。
「ちょっと待て、シド」
ギョッとした目を向けてくる父の慌てぶりと言ったら今までの中で一番だったのではないだろうか。
「あ、御心配なく。オーガの群れに見せかけたゴーレムで撃退済みですよ」
それ以前に人工的に作り出した湿地帯で疲弊していたので撤退の判断も迅速だったと思う。
偵察部隊だから情報を持ち帰ることを優先したとも言えるか。
「いつの間に……」
「撃退したのはバスを降りる直前ですね。森林地帯を抜けようとしてきた偵察部隊ですけど、さっさと逃げ出しましたよ」
「そういうことは真っ先に報告なさいよ」
うっかりしていたとはいえ姉からクレームが入ったのは無理からぬことだろう。
「いやぁ、すみません。後で報告書を提出しようとは思っていたんですけど口頭で先に報告しておくべきでしたね」
「本当に偵察部隊だったんだな」
念を押すように父が聞いてきた。
「ええ。どう見ても装備が整いすぎていましたからね」
偽装くらいしておけば冒険者と誤認させられたかもしれないのだけど。
プライドが優先して貴族の私兵でございと言いたかったという可能性が微レ存か?
あるいは、こんな場所に監視の目などないと高をくくっていたか。
「本隊が後方に控えているということもなかったので、侵攻ルートを決めるための偵察でしょう」
「この時期にか。春までは猶予があると思っていたのだがな」
今は秋も深まりつつある頃。
冬になれば雪が降り積もり戦どころではなくなるので今の時期に攻め込んでくるのは中途半端な結果に終わるのは目に見えている。
故に父は隣の領主が動くのは春になってからだと読んでいたようだ。
北国であるアルス国の冬は長い。
それ故に一息つけると考えていたのかもしれないが。
「ネズミは隙あらば家の中に入り込んで餌にありつこうとしますからね」
「ネズミか。言い得て妙だな。あのセコい男にピッタリだ」
父はフンと鼻を鳴らして侮蔑のこもった笑みを浮かべた。
名前を口にすることすら厭うとは、よほど嫌いな相手らしい。
「そのあたりはよく分かりませんが簡単には領内に入り込ませませんよ」
「なに? それはどういうことだ」
目を見張って驚きをあらわにする父だが、それを見て姉が喉を鳴らしながら笑う。
「父さん。王都の監視網を構築したシドが抜かるとお思いかしら?」
「むう。そうだったな」
短く唸り声を上げて渋い顔で頭を振る父である。
俺の子供な外見に引っ張られている思考を振り払おうとしているかのようだ。
「それはそれとして報告書をあげると言ったな、シド」
「はい。森林地帯の警備状況も含め今夜中にまとめて提出させてもらいます」
「無理はするな。撃退しているのであれば、そこまで急ぐ必要はない」
「別に無理はしませんよ。警備の方は仕上がってますから偵察部隊の分を追加するだけです」
実は警備状況の報告書は今日のフライトが無ければとっくに提出できていたのだ。
こちらを優先したので遅れたけれども結果オーライと言えるのではなかろうか。
「そうだとしてもだ」
「大丈夫です。その気になれば1時間もかかりませんから」
「いやいや、それでは雑なものになってしまうだろう」
そうだろうか?
報告に上げる内容は偵察部隊が使用していた装備と行動パターン、それから部隊内の会話から得られた情報くらいだと思うのだが。
それらはゴーレムが動画で記録しているので何度でも確認できる。
どう考えても報告書に書き起こすのはそう難しいことではないはずだ。
あと、その作業を楽にする切り札も用意してある。
本気にならなくても、すぐに終わるんじゃないかな。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




