137 王女様は勘がいい?
「じゃあ、僕はこれで失礼します」
一礼して離れの書庫へ戻ろうと背を向けたところで──
「待つのだ、シド。これを何とする」
父アルブレヒトに呼び止められた。
こうなることは端から読めていたので驚きはない。
「何ですか、父上?」
芝居がかった動きで振り返りながら外連味のある言い回しで父に問いかける。
おかげで姉エレオノーラが噴き出しそうになるのをこらえようとしているのが見て取れた。
俺の意図を少なからず把握できていると思って間違いあるまい。
「何ですかじゃないだろう。これをなんとかしてくれ。模擬戦は終わっただろう」
これとは言うまでもなく父を縛り上げている影のロープである。
まともに身動きが取れないほど上から下まできっちりグルグル巻きにしたからねえ。
動かせるのは首から上と足首から下くらいのものだろう。
影のロープをなんとかしない限りはペンギンよりも不自由な歩き方しかできまい。
「おや、これは異な事を仰いますね」
「なにぃ?」
「確かに僕の模擬戦は終わりましたが、父上は違うじゃないですか」
「何を言っているのだ」
訳が分からないと言わんばかりに噛みついてくる父。
「だったらどうして虎視眈々と俺の隙をうかがったりするんですかねえ? 今も」
「ナンノコトダ?」
ちょっとアルブレヒトさん、切り返しの台詞が片言になってますよ?
うちの父親は護国大臣を任されるほどの貴族とは思えないほど芝居が下手だな。
もしかして噛まなきゃセーフとか思ってないですよね?
それとも、そっち方面は苦手だったりするのだろうか。
脳筋一辺倒の次兄ガルフじゃあるまいし、それはないと思いたいんだがなぁ。
などと頭の中で嘆いていると──
「アハハハハ」
不意に姉が笑う声が聞こえてきた。
「父さん、諦めた方が良いんじゃないかしら? シドには全部お見通しのようじゃない」
「むぅ」
ここで初めて父アルブレヒトは悔しげにうなった。
「参った。降参だ」
そう言うと、父のまとっていた空気がガラッと変わった。
張り詰めた緊張感のようなものが完全に霧散している。
「だ、そうよ。これで充分じゃないかしら、シド?」
父の方を見ていた姉が俺の方へ振り返りながら言った。
エレオノーラはエレオノーラでこの一件を俯瞰した視線で見ていたんだろう。
そして、介入すべきは今だと見切って踏み込んできた訳だ。
そんな風に言われては頑なに意地を通すような真似はできない。
という訳で父を縛り付けていた魔法をキャンセルした。
闇のロープは解かしたバターのように垂れ下がりながら消えていく。
「ふぅ」
ひどい目にあったと語るように体をほぐしながら父は溜め息をついた。
「凄まじいものだな。ビクともしなかったぞ」
そりゃそうだ。
「あのGタイラントスパイダーとかいう魔物を拘束するくらいのつもりで魔力を込めましたからね」
「無茶苦茶だな」
父は呆れ顔を見せているが、お互い様だ。
こちらの魔法の威力に対し向こうはルール無用でやらかそうとしていたという違いはあるけれども。
「調子に乗るなと言うつもりで何でもありの仕合をしようとしていた人が言いますか」
「ぐっ」
今までで最も動揺をあらわにしつつ父アルブレヒトは重苦しくうめいた。
「そこまで見抜かれていたとはな。いつからだ?」
「割と最初の方ですよ。模擬戦をしようということになった段階でおかしいなと思いましたから」
「なにぃ!?」
「このタイミングで模擬戦をしようと言い出すんですから変だと思わない方がどうかしてます」
子供なら訳も分からないままに流れに乗せられていたのかもしれないが。
生憎と俺の中身は純粋な子供じゃないのでね。
「それに魔法ありにしておきながら場所で縛りをかけてましたよね」
俺が周辺被害を気にして攻撃魔法を使えなくなるとでも考えていたのだろう。
お生憎様だ。
「あれでそういうことなんだろうなと思いましたよ」
「なんということだ……」
愕然を絵に描いたような顔で父はたたずみ姉は苦笑した。
「父さん、シドはこういう子ですよ」
その言葉に父は寂しそうに肩を落として遠い目をする。
「私が教えられることは何もないのかもしれないな。親としては子供の成長を喜ぶべきなんだろうが」
いや、すみません。俺はオッサンの記憶を残して転生していますから成長したとは言い難いんですよねえ。
すでに出来上がっているというか、成長の余地が少ないというか。
「それはどうなんでしょう?」
不意にレイチェル殿下から疑問の声が投げかけられた。
今まで静かに見守っていたのに急にどうしたのだろうか。
「どうとは?」
父も怪訝な表情を浮かべて問い返している。
「シドくんはあまりにも子供離れしています。まるで成熟した大人が若返ったような」
おや、まあ。この短期間で中身が子供じゃないことに気付かれるとは思わなかったよ。
勘のいい王女は嫌いだよなんてことは言わないけど鋭い洞察力をお持ちでらっしゃる。
「まさか!?」
と驚いているのは殿下の護衛を務めるオリビアだ。
我が父も声には出さないながら同じように驚愕していた。
一方で姉は失念していたことに気付いたかのような様子を見せている。
すでに俺のことを子供扱いしていないから、こんなものか。
残るは殿下の専属侍女アンナだが、この人は薄気味悪いと言わんばかりの目を俺に向けてきた。
もともと胡散臭いと思っていただろうし然もありなんってね。
なんにせよ、俺に視線が集中するのは自然の成り行きだろう。
「あなたは本当にシド・ミューラーなのですか?」
そう聞かれてしまっては沈黙で逃げる訳にもいかないか。
加えて言えば下手に誤魔化すと余計に怪しまれるのは間違いなさそうだ。
「おや、別人がなりすましていると仰るのですか」
「その可能性があると思っています。それで、どうなんですか?」
肝の据わった王女様だ。
ろくに証拠もない状況で本人に対して真正面から本題を突き付けるとか普通はやらない。
証拠は得られないと踏んで心理的な揺さぶりをかける手を打ってきたと見るべきか。
動揺すれば畳みかけるつもりだったに違いない。
「成りすましではないですね」
こちらとしては当然の否定だが、それで「はい、そうですか」と信じてもらえるとは思っちゃいない。
何かしら納得できる説明は必要だろう。
ある程度は本当のことを話すのがモアベターか。
嘘は発覚した時に信頼を失うのが目に見えているし。
「ただし、生まれる前は別人でしたよ」
「生まれる前?」
困惑の疑問が返ってきた。
何を言っているのかと言いたげな空気が場を支配する。
「僕には前世の記憶があるんですよ。それも1人ではなく何人も」
俺がそう言うと、しばしの沈黙が流れた。
声にならない驚愕がわき上がったと言った方が正確か。
各々で温度差はあったけどね。
「シド、そういうことは先に言っておきなさいよ!」
真っ先に復帰した姉が吠えた。
「すみませんね。余計な混乱を生むだけだと思ったので黙っていました」
沈黙は金と言うだろう?
「それで疑われていては意味がないんですけどね」
これからはもう少し気をつけるべきなんだろう。
けれど、レイチェル殿下がそばにいると難しそうだ。
やれやれ……
読んでくれてありがとう。
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