136 一息つく間もなく
帰るなり父アルブレヒトと模擬戦をすることになってしまった。
普通に考えれば「意味が分からない」となるところだが、父が何故そうしようと思ったのかは耳にたこができるほど説教されたから容易に想像がつく。
大きな魔物を屈服させるほどの魔法を使えるからといって調子に乗るなと釘を刺したいのだろう。
現に魔法ありでということになったから間違ってはいまい。
だからこそアルブレヒトがどう攻めてくるのかもほぼ読めてしまった。
俺に魔法を使う隙を与えずに剣で圧倒しようとするはず。
開始早々に間合いを詰めてという展開になるかは五分五分だろう。
俺に魔法を使わせて、それを回避か防御で封じてから剣での勝負に移行するということも考えられる。
で、屋敷の裏庭で姉エレオノーラを審判として模擬試合が始まることとなった。
見物はレイチェル殿下とその従者たちのみ。
リスタとタッちゃんもいるけど興味なしと言わんばかりの態勢で待機中だ。
ちなみに真剣で行われるので場の空気はピンと張り詰めた感じになっていた。
アルブレヒトは腰に下げた長剣を抜き、俺は影から引っ張り出した闇色の小太刀を二振り構える。
ショートソードよりやや短めの小太刀ではあるが10才児が構えると長く見えてしまうのは御愛敬。
もちろん父が握る長剣からすれば明らかに短いのだけど。
つまり懐に飛び込まなければ俺に勝機はない。
まして身長差を考えればじかに急所を狙いづらいので不利はさらに重なる。
このことからもアルブレヒトが父として教育的指導を狙っているのが見え見えだ。
向こうは険しい表情を浮かべ、そんなことはおくびにも出してはいないが。
もし俺が普通の子供であったなら父の醸し出す剣呑な空気に怖じ気づいて気づきはしなかっただろう。
生憎と俺の中身は幾度となく転生を繰り返してきた魂なので年相応ではないんだよな。
肉体年齢に精神が引っ張られる傾向はあるけれど基本はオッサンだ。
時には爺さんになってしまうことがあったりなかったり。
実を言えばアルブレヒトの父であらんとする姿を見て、いま少し爺さんの心境だったりする。
向こうは相対する俺を呑んでかからんとしているつもりのようだが、俺としては青いなぁと思わずにいられない。
親として導かねばという気持ちが丸見えなんだよ。
それは姉エレオノーラにもバレバレであるが、まさか子供の俺に見抜かれているとは夢にも思っていないようだ。
とはいえ本気を見せているのは間違いないので心境としては好々爺でいても、それを表に出す訳にはいかない。
そんなのが表情に出ていたらブチ切れられるのは目に見えている。
まあ、こちらがポーカーフェイスでいる時点で向こうは結構なお冠状態なのだが。
なかば本能的に思惑が外れたことを悟っていそうだな。
姉にはお見通しという目を向けられているので、割と正確に俺の内心を見抜かれている気がしなくもない。
さすがに中身が爺さん状態だとは思っていないだろうけど。
「それでは両者構えて」
審判であるエレオノーラの言葉で場の空気がいっそう張り詰めたものになった。
向かい合う俺たちは隙なく構える。
言葉を交わすことはない。
「始めっ!」
開始の合図と同時にアルブレヒトが動いた。
もう半歩前に出れば長剣の間合いになるという所まで一瞬で距離を詰めてくる。
その気になれば半歩分も踏み込めたはずだろうにそれをしない。
初手が長剣での攻撃ではない証しだ。
この場合は……
ザッとこすれた音がして土埃が舞う。
アルブレヒトがすり足で地面を蹴り上げ土やら砂やらを俺の顔面に浴びせてきた。
目潰しとはセコい真似をするものだ。
大方、実戦は甘くないと言いたいのだろうが生憎と俺は世間知らずの子供ではない。
数多ある前世で卑怯な手も散々味わってきた。
同じようなシチュエーションで石を蹴りつけられたこともある。
つまり、そんな手は繰り出す前からお見通しなのだ。
こんなものは不意を突くからこそ有効になるのであって事前に見抜かれていては通用するはずもない。
ただ、普通に回避するだけでは味がないというもの。
向こうとて俺がとっさに反応してくるくらいは織り込み済みでやっているだろうし。
という訳で俺は風属性の魔法で土埃を跳ね返した。
角度を調節してアルブレヒトの顔面に届くようにね。
「むおっ!」
さすがにこれは読めていなかっただろう。
アルブレヒトは大慌てで飛び退る。
同時にこちらから踏み込んでいれば痛烈な一打をお見舞いできたとは思うが、あえてそれはしなかった。
あっさり勝ってしまうと親の面目が丸つぶれだからなぁ。
同様にあからさまな手加減もできないので難しいところだ。
今のは、どう評価されるかな。
その余裕はないと見た。
土だか砂だかが目に入って難儀しているみたいだからね。
ここで追撃しないのは舐めていると思われるよな。
ならば動くしかないだろう。
俺は一歩も動かずその場で両手の小太刀をクロスさせるように振るう。
鋭い風切り音がして風の刃がバツの字を描くように放たれた。
「くっ!」
アルブレヒトは剣に魔力を乗せて防御するが、俺の放った斬撃波はその程度で簡単に霧散したりはしない。
受け止めた後も拮抗する時間が数秒続く。
さらなる追撃を浴びせるには充分な時間だ。
俺は再び剣を振るう。
ただし、今度は斬撃波を飛ばすのではない。
刀の切っ先から黒い影が伸びムチのように大きくしなった。
そう。これはただの刀ではない。
魔法で影を切り取って作ったものだ。
当然のことながら形も長さも自在に変えられる訳で、今はムチとして振り回している。
ただし、打ち付けるためではなくグルグル巻きにするためだ。
長さを自由に変えられるからこその業である。
「しまった!」
目が万全ではない状態で斬撃波を受け止めつつ変幻自在に襲いかかる影のムチをかわすのは、いかに百戦錬磨の父といえども無理があったようだ。
数瞬後には首の下から足首まで闇色のロープで巻き付けられていた。
これで終わりじゃない。
審判を務めるエレオノーラのコールがなされていないからね。
アルブレヒトがグルグル巻きにされても抜け出すかもしれないと思っているのだろう。
つまり、続行だ。
もっとも俺の方は長々と続けるつもりなど毛頭ない。
スタスタと歩み寄りムチとして使わなかった小太刀の切っ先をアルブレヒトの首筋にあてがった。
「それまで!」
今度こそ終わりだ。
ただの模擬戦であるならね。
にもかかわらずアルブレヒトの放つ空気は模擬戦を終えた者のそれではなかった。
「勝者、シド!」
エレオノーラの宣告を受けても悔しいだとか納得がいかないという感情は見て取れない。
平静を保ちつつ薄くこちらの様子をうかがっている感じだ。
隙あらば反撃しようという意思がうかがえる。
終わってなお攻撃すれば卑怯者のそしりは免れないだろうが、そんなことは百も承知という訳だ。
実戦は何でもありだと言いたいのだろう。
どうあっても教育的指導をするというのなら、こちらにも考えがあるさ。
要するに油断していませんよってところを見せられれば良いのだろう?
という訳で俺は小太刀は引いたもののグルグル巻きの方は解除せず持ち手を地面に突き刺す。
無抵抗なら何日でもこのままだけど父なら半日とかからず出て来るだろう。
逆を言えば、すぐには脱出できない訳で。
さて、どうするかな。
読んでくれてありがとう。
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