132 用心しても想定外のことはある
仏頂面で不服そうにしている父アルブレヒト。
今までドラゴンだと思っていたものが違うと言われても簡単には受け入れられないのだろう。
思い込みが強いと情報のアップデートが困難になるというのは、いくつもの前世を経験してきて承知しているつもりだったけど。
こうして目の当たりにすると上書きを拒否するのは感情なんだなと改めて思う。
そんな訳で少し父をフォローしておこう。
「人間にとってはワイバーンも充分に脅威ってことだよ」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
タッちゃんの疑問には平然と答えた俺だがドラゴンとワイバーンの差異は天と地ほどの開きがある。
とにかくワイバーンはドラゴンには遠く及ばない存在だ。
ブレスを放つことはないし知能は低く魔法は使えない。
決定的なのは頑丈な上に魔法耐性まである鱗の有無である。
にもかかわらずドラゴンと間違えられるのは、どちらも空を飛ぶ大きなトカゲだからだろう。
こんなことをタッちゃんに聞かれてしまうと激怒するだろうけどね。
ワイバーンを下等だと下に見ていたくらいだから自分がワイバーンと同列に扱われることは明確に嫌悪するはずだ。
その上、トカゲ呼ばわりまでされたんじゃプッツンしてもおかしくない。
しかもタッちゃんに限った話じゃないんだよな。
他のドラゴンも同じ反応をすると思う。
プライド高そうだし。
なんにせよワイバーンはドラゴンと比べれば明らかに格下である。
それでも人を丸呑みにできる巨躯は脅威だ。
この試作飛行機とタメを張るくらいはあるだろう。
そんなのが空を飛んで体当たりを仕掛けてきたり鋭い爪で切り裂いてくる。
爪に負けない牙による噛みつきも忘れてはいけない。
攻撃力は並の魔物の比ではない訳だ。
防御力も低い訳ではない。
空を飛ばれると、こちらから攻撃を当てる手段は限られてくる。
どんなに強力な槍や剣を構えていようとも当てられなければ傷つけることなど叶わない。
おまけにドラゴンのような鉄壁の鱗は持たずともワイバーンの表皮とて簡単には傷つかないのだ。
少なくとも普通の弓矢では当てることはできても貫通させることはできないだろう。
「だから、コソコソと低く飛んでおるのか」
「まあね」
わざわざ見つけてくださいと言わんばかりに目立つなど挑発しているに等しい。
無用な戦いを避けたい者がそれをするのは愚かしいにも程がある。
故に北上するにつれ徐々に高度を下げていったのだ。
「フン」
タッちゃんが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ワイバーンなどシドが本気を出せば手こずるような相手ではあるまいに」
えー、ここで言っちゃうかなぁ。
運転席のモニターで確認したら後ろの席の面々が唖然としている。
唯一の例外は姉エレオノーラであった。
無人島に飛ばされたときに本気の魔法制御を見せているからだと思う。
あれで俺の魔力量が桁違いであることにも気付いていたとしても不思議ではないし。
「誰も乗せていなかったなら、それでも良かったんだけどね」
生憎と今日の試験飛行は乗客がいる。
おまけにVIPだから無茶をするのは避けたいところだ。
非常事態になってしまえば、そんなことも言っていられないのだが。
「爺くさい考え方をするのう」
「用心深いと言ってほしいね」
「その考え方に水を差すようで悪いが、すでにフラグは立っておるぞ」
何処でそんな言い回しを覚えてきたのかと思ったけど、ずっと一緒にいる俺しかいないよな。
人のことを爺くさいと言うだけあって中身が若い。
などと感心している場合ではない。
「おいおい、勘弁してくれよ。もうワイバーンに見つかったって言うのか?」
連中の縄張りにはまだ距離があるはずだ。
狩りの最中に発見されたとかだろうか。
「いいや。ワイバーンではない」
どうやら別口のようだ。
強い気配は感じないから気まぐれなドラゴンが通りがかったなんてことはないと思うのだが。
「来るぞ。下だ」
「っ!?」
タッちゃんに警告されて初めて強い殺気を感じ取れた。
とっさに回避機動を行う。
「掴まれっ!」
機体を真横に向けて急旋回させるのに合わせてどうにか警告は発することができたものの運転席の後ろを気にかけている余裕はほとんどなかった。
こんなこともあろうかと飛行機に急激な機動をさせた場合は客席に仕込んだ保安バーが自動で展開する仕様にしておいて良かったよ。
シートベルトだけじゃ掴まるところがないからね。
それを頼りに踏ん張ることもできやしない。
もちろん、レイチェル殿下や侍女のアンナは保安バーとシートベルトだけでは耐えられないのは分かっている。
だから、バスの内部には慣性制御の術式を仕込んでおいたのだ。
これがなかったら今回はどうなっていたことやら……
後で文句を言われたとしても仕方ないとは思うが、今は謎の敵の攻撃をどうにかするのが先決だ。
機体下部の映像で確認した限りでは何か白い筋のようなものが下から飛んできたのが見えた。
などと悠長に考え込んでいる余裕はない。
間髪を入れず──
「次が来るぞ」
タッちゃんの警告通り謎の敵が再び白い筋を飛ばしてくる。
今度は直撃コースではなく旋回中の進路を潰すような先読みをした攻撃だ。
旋回を中止してこれをかわす。
「どうなってる? 敵の姿が見えないぞ」
射出してくる瞬間を見ていたが、何もない所から急に筋が生じていた。
だが、敵さんには困惑している時間さえ与えてもらえない。
次から次へと白い筋が俺たちの乗る飛行機へと飛ばされてきたからだ。
回避、回避、回避。
右に左にと翻弄されながら忙しなくかわし続ける。
かわし続けるが当たるのも時間の問題じゃないかと思うほど執拗で正確無比な攻撃だ。
「ええいっ、冗談ではない」
こんなことなら機動性も追求して開発しておくべきだったか。
殿下を乗せることを前提に乗り心地を最優先にしてしまったのが痛い。
その最たる慣性制御のおかげで後ろの心配をせずに済んでいるのだけど。
悲鳴とか聞こえてはきているけど、悲痛な感じはしないので放置だ。
そちらに対応していては被弾しかねない。
「こっちは試作機なんだ。楽に回避できる訳じゃないんだぞっ」
そんな愚痴を吐き出しても向こうには届かない。
仮に届いたとしても忖度してくれるはずはないのだ。
「しつっこいんだよ」
文句を言ったところで聞き届けてくれたりはしない。
向こうはこちらを獲物認定したはずだからね。
どうにか回避はできているが遊びでこうまでしつこい攻撃を仕掛けてくるとは考えづらい。
「いい加減、打ち止めになってもいいだろうが」
けれども攻撃が止むような気配はない。
普通なら弾切れしてもおかしくないんだがな。
「それは無理だろう」
俺の願いはタッちゃんに否定されてしまった。
「アレは飛ばした糸を引っ込めて次の攻撃に再利用しておるからの」
「あの白いのが糸だって!?」
綱引きの綱かと見紛う太さだったんですが?
そんなものを糸として扱う魔物ってことは尋常じゃないサイズってことになりませんかね。
それこそワイバーンに匹敵するか、それ以上の大きさはありそうだ。
いったい何者だ?
「左様。糸だ」
俺の疑問に対してタッちゃんは静かに断言した。
巧みに隠れている相手であるにもかかわらず敵の正体に気付いているように見受けられる。
やはり、白い筋改め白い糸から正体にたどり着いたと見るべきか。
そんな奴いたっけ?
「あれはタイラントスパイダーだ」
読んでくれてありがとう。
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