131 試験飛行
さて、準備は整った。
しかしながら偵察機や試作機の模型などでデータが取れていることもあって緊張感はあまりない。
機体形状がまるで違うとか無人機と有人機では精神的な差が大きいというのはあるはすなんだけど。
このあたりは転生を繰り返してきた人生経験が心理的な余裕を持たせてくれているのかもしれない。
後は飛ぶだけ。
ワクワクしてくるね。
「これより試験飛行に移ります」
宣言と同時にセンターパネルの操作で射出口を開く。
すると、ザアザアという水音が聞こえてきた。
射出口の向こう側には大量の水が流れ落ちている。
そう、短い滑走路の先には滝があるのだ。
離着陸時に上から水を被ることになるという問題点を抱えているが隠蔽性は高い。
というのは建前でロマンを優先しただけだ。
水の抵抗を受けることに関しては通過時に結界で一時的に水流をせき止めることで解決している。
ギリギリまで止めないので、まともに水を被るように見えるだろうだけどね。
その方が格好いいだろ?
機体からフックを出して滑走路面に設置された器具に引っかけた。
ロックを解除すれば器具に込められた術式が発動して飛行機が引っ張られることになる。
そう、カタパルトだ。
短い滑走路ではこれがないと離陸できない。普通はね。
まあ、垂直離着陸が可能な造りにしてあるのでカタパルトがなくても飛べるんだけど。
射出時にかかるGは魔法で大幅にカットされるようにしてあるので体を鍛えていないであろう殿下や侍女の負担になることもないはずだ。
ゼロ距離で離陸できるなら、そこまでする必要があるのかと言われそうだけどね。
そこはカタパルト発進をやってみたかったんだからしょうがない。
「発進5秒前。……3・2・1・GO!」
グンと体がシートに押しつけられた。
操縦席だけはGの軽減率を低めに設定していたからだ。
雰囲気を味わいたいのに旅客機に乗っているような感じじゃ意味ないからね。
飛行機はあっという間に滑走路を走り抜け射出口から飛び出していく。
結界で滝の水を止めたたことで飛行機には余計な負荷はかからなかったのは目論見通りだったが、そのせいで派手に水がまき散らされてしまったのは改善点かもしれない。
結界ではなく空間魔法を使う方が良さそうだ。
なんにせよ失速する要因がないのであれば、そのまま加速して上昇するのみである。
ただ、普通に上昇したのでは地面が見えず空へ駆け上がる実感が伴いそうにない。
少なくとも後部座席の面々はそうだろう。
そこで俺は意図的に飛行機を傾ける。
「と、飛んでるっ。本当に飛んでる!」
混乱気味に叫んだのは殿下の近衛であるオリビアだ。
「落ち着きなさい。飛ぶことは最初から分かっていたじゃない」
護衛対象であるレイチェル殿下にたしなめられているのはどうかと思う。
すぐに我に返って自らの失態を恥じていたので高所恐怖症の類いではなさそうだ。
「シド、傾いているぞ。大丈夫なのか」
父アルブレヒトからクレームが入った。
地上にいればずっと傾いたままなど考えられないことだから無理もない。
まあ、飛んでいても旋回時以外でこういうことはしないだろうけど。
この形になるのは横風にあおられたときかアクロバット飛行をするときくらいか。
「問題ありませんよ。この方が地上がよく見えるでしょ」
「言いたいことは分かったが、このままの姿勢を維持するのは殿下にはキツいぞ」
それもそうだ。
「構いませんよ。空しか見えないのも、すぐに飽きが来そうですから」
殿下からフォローの言葉をいただいたものの踏ん張る必要があるのは事実だ。
あまり長い時間続けるものではないだろう。
「傾きを戻します」
通常の上昇に切り替える。
これで側面の窓からは空しか見えなくなってしまった。
「あら、残念」
殿下からそんな声が漏れ聞こえてきた。
そう来るだろうと思っていたので、すかさずコンソールパネル上で操作していく。
再び大型モニターが展開された。
が、今度は無人偵察機からの映像ではなく機体の下部から見たリアルタイム映像が流れている。
さらに画面を分割させて正面の映像も確保した。
こうしないとモニターのせいで前が見えなくなるからね。
「これでどうでしょう」
前を見たまま後ろの様子をうかがうが苦情は聞こえてこない。
ただし、1人だけガクガク震えている人物がいた。
殿下の専属侍女アンナ・シェフィールドだ。
「あー。真下を見せるのは無神経すぎましたか」
そう言うとアンナは唇を引き締め震えを止めてみせたけど。
さすがに返事をする余裕まではないらしく表情も強張っている。
とはいえ我慢ができるというのなら、そうしてもらおう。
10分ほど我慢すると恐怖も薄れると聞いたことがあるのでね。
それでダメなら魔法で眠ってもらうなりするさ。
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しばらく飛び続けていると前方に山の連なりが見えてきた。
頂上は冬でもないのに白く彩られている。
「北の方へ飛んできたのですね」
そう話しかけてきたのはレイチェル殿下だ。
「ええ。飛んでいるところを余人に見られたくはありませんので」
この飛行機は試作機ゆえ基本的に飛ぶこと以外の機能は盛り込んでいない。
その他の機能と言えばバスとドッキングすることとバスほどではない荷物を積載することくらいだろうか。
光学迷彩や幻影の魔法で機体を見えなくさせることもできない。
「人里を避けて飛んでいたものね」
とはエレオノーラである。
「そうだったのですね」
殿下は感心しきりで何度もうなずいている。
一方で近衛であるオリビアは青ざめた顔でカタカタと震えている。
高所恐怖症でビビっていた侍女アンナの次はこの人か。
もっとも、震えている理由は別物だけどさ。
「シド」
深刻さを顔ににじませながら父が呼びかけてきた。
これはオリビアと同じく気付いているな。
「はい、何でしょうか」
「あれは魔龍山脈だろう」
「そうですよ」
魔龍山脈とはアルス国の北方に位置する秘境中の秘境だ。
縄張り意識が強いと言われるドラゴンが数多く生息。
このため迂闊に近づくと命がいくつあっても足りないと言われている。
「何という無茶をするんだ」
さすがの父もドラゴン相手では豪胆ではいられないようだ。
オリビアのように震えこそしていないものの顔から血の気が引いてしまっている。
「事前にドラゴンの縄張りについて調べてありますから御心配なく」
「バカを言うな。ドラゴン相手では用心に用心を重ねても万全とは言えないのだぞ」
「ドラゴンの縄張りに飛び込むほどバカじゃないですよ」
「ならば何の縄張りだというのだ」
何がなんでも空飛ぶ魔物の縄張りにしたいらしい。
「現状は地上の魔物の縄張りなので飛んでいる限りは大丈夫ですよ」
もっとも……
「このまま北上すればワイバーンが飛んで来るでしょうけどね」
「ドラゴンじゃないかっ!」
血相を変えて吠える父アルブレヒト。
「あのような知性の欠片もない下等な奴らをドラゴンなどと呼ぶでないわ」
今までフヨフヨと浮いて話を聞くだけだったタッちゃんが不愉快そうに言い放った。
本物のドラゴンであるタッちゃんに違うと断言されては父も強くは出られない。
短くグッとうめいて反論できなくなってしまった。
読んでくれてありがとう。
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