128 シド、藪蛇なミスをする
レイチェル殿下が麺料理にハマってしまった。
いや、スパゲティにと言うべきか。
「このスパゲティという料理は具材を変えるなどすれば色々と楽しめそうですね」
なんて仰るものだから──
「でしたら明日はミートソースではないスパゲティを作りますよ」
カルボナーラを作ることにした。
本場の作り方じゃなくて牛乳を使うものだけどね。
イタリア人に言わせればカルボナーラ風の別物だろう。
できれば本場物を作りたいところだったけど我が領では羊乳からチーズが作られていないからしょうがない。
羊乳酒はあるのになぁ。
前世のひとつでは料理人だったことがある俺でも材料不足では料理を仕上げられない。
パルミジャーノだけでもできなくはないけどペコリーノとブレンドしなくてはカルボナーラのミソとも言うべきコクが足りなくなってしまう。
おまけに黒胡椒も手に入らないから本物のカルボナーラとは到底言い難い。
なんちゃってと言われても仕方がないだろう。
同じなんちゃってなら牛乳から作ってお手軽に仕上げた方が楽だよね。
味も比較的あっさりになるから初めての人には食べやすいと思う。
「これは……、昨日のミートソースのものとはまるで違う味わいですね」
「ありがとうございます」
「スパゲティは奥が深いのですね。明日が楽しみです」
明日も御所望らしい。
奥が深いのは確かだけどトマトが使えないと厳しいものがある。
アラビアータにナポリタン、ボンゴレやペスカトーレなどはトマトがなきゃどうにもならないからね。
北国である我が国ではトマトは存在すら知られていない。
ミートソースもトマトを使うことが多いけど、今回はデミグラスソースをベースにして作った。
当然、広く知られている味とは異なるけれどミートソースであることに違いはない。
いずれはトマトを用いたミートソーススパゲティも作りたいところ。
入手の当てはあるんだよ。
調査中の無人島にはトマトが自生していたからね。
海のない我が領ではボンゴレとペスカトーレはさらに作るのが困難だ。
商人を通じて海鮮を苦労して取り寄せるくらいなら無人島の方で確保できるよう調査を進めた方がマシだと思う。
そんな訳で残るはペペロンチーノかクリームソースくらい。
あと2日でスパゲティ祭りは終了である。
「申し訳ありませんがスパゲティのバリエーションはネタがつきました」
和風にする手も無くはないけれど現状で醤油や味噌をクリエイションの魔法なしで用意できないので作れない。
発酵させるのは魔法で制御できるんだけどね。
ただ、短い期間で仕上げようとすればするほど消費魔力量が跳ね上がっていくのだ。
何度か試作してみたけど文句なしに納得できる味のものはまだできていない。
ギリギリ及第点といったところまで来たので次のロットには期待している。
「あら、残念だわ」
俺の言葉を受けたレイチェル殿下にはすごく悲しそうな顔をされてしまった。
あまりにションボリされると本当に申し訳なくなってくる。
「書物には他のスパゲティ料理もあったのですが、ここでは入手の難しい食材や未知の調味料を使うものなのです」
「珍しい食材を使うものがあるんですか?」
殿下は興味津々で聞いてくる。
「ええ。トマトという温暖な場所で育つ野菜を使うものがあるのです」
「聞いたことのない名前の野菜ですね」
殿下が振り返って従者たちを見るがオリビアもアンナも頭を振った。
「どのような野菜なのでしょう」
思い浮かべるかのように上を見るレイチェル殿下。
「書物によると赤くて丸みを帯び柔らかいものだそうですよ」
俺の返答に殿下はキョトンとして小首をかしげる。
そして、すぐに困惑したような顔になった。
「それは本当に野菜なのですか? 果物ではなく?」
言われてみれば確かに果物じゃないかと思えるような説明をしてしまった気がする。
「書物の挿絵も果物のように見えるのですが野菜だそうです」
「スゴいわね。どんなものなのかしら。ぜひ実物を見てみたいわね」
興味はつきないと言わんばかりの目を向けられてしまった。
食べたいとは一言も仰らなかったが、実質的に食したいと言っているようなものである。
「そうですね。僕も見てみたいです」
こちらの世界のものをね。
「入手は困難ですか」
殿下はちょっと残念そうだ。
「運か縁があれば、いずれ目にすることがあるかもしれませんよ」
今はそう言うのが精一杯である。
それはともかくスパゲティはネタ切れだ。
スープ系にする手は残されているが、そこまでするならラーメンをお出ししたい。
塩や豚骨であれば現状でもすぐに用意できるからというのも理由のひとつだ。
なにより味が大幅に違ってくるからスパゲティだけでローテーションするより飽きにくいはず。
問題があるとすれば麺を作る際にかん水を用意しないといけないことくらいか。
とはいえ現代的な製法にこだわらなければハードルはさほど高くない。
草木を燃やした灰を水に溶かして上澄みをすくえばいいだけだ。
前世のひとつにおいて、このやり方でかん水を用意して麺を作ったことがあるのは大きいと思う。
試行錯誤しなくてすむからね。
という訳でスパゲティのローテーションで時間を稼ぎ塩ラーメンを作った。
塩にしたのは朝っぱらから豚骨はどうかと思ったからだ。
それ以前にラーメンという時点で朝食のメニューとしては微妙かもしれない。
それでも異世界なら余計な先入観がないので拒否されないだろうという目論見の元に出してみた。
2回目以降はもしかすると受け付けないと言われてしまう恐れもあるけど、初見ならば興味を持ってもらえるはずと考えた。
「これは何ですか? スープの中にスパゲティがあるようですが」
さすがのレイチェル殿下も困惑気味に聞いてくる。
「殿下、この麺はスパゲティではありません。材料が少し違う別物です」
「えっ!? そうなのですか?」
「これは麺料理ばかりを集めた書物に載っていたラーメンというものです。食べていただければ分かると思いますが、麺のコシや滑らかさが違います」
「それは楽しみです」
そう言ってレイチェル殿下はフォークを手にラーメンを食べ始めた。
何度か日本人を経験してきた身から言わせてもらうと丼に入ったラーメンをフォークで食べるのは違和感がハンパない。
箸を使って食事をする文化は近隣諸国にはないのでしょうがないんだけど。
そんな訳で俺だけは箸を使ってラーメンを食べていたのだが。
「シドくん、その棒状のものは何ですか?」
箸を見慣れていない殿下からすれば気になって仕方がないようだ。
殿下だけではなく、この場にいる全員から視線を集めてしまっていた。
「これは箸という遠い異国の食器だそうです」
「ラーメンを食べる国ではそのハシというものを使っているのですね」
察しがいいね。
「そのようです」
「ずいぶんと器用に使っているじゃないか」
とは父アルブレヒトである。
「ええ、まあ……」
いささか軽率だったか。
「一人で食事をしていた頃から異国の料理を食べるときには箸を使っていましたから」
苦しい言い訳だが更なるツッコミはなかったので信じてもらえたみたい。
ホッと安堵したいところだったが。
「シドくんは外国の料理を沢山知っているのですね。見てみたいですわ」
殿下からツッコミに等しいリクエストをされてしまった。
見たいイコール食べたい、である。
そして、殿下のお願いを断れるはずはなく。
次の日から和食やら中華やらを提供することになったのは言うまでもない。
ちょうど納得できる醤油や味噌の試作品ができていなかったら誤魔化しようがなかったよ。
危ない危ない。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




