127 食べたいそうです
その後、レイチェル殿下は食欲を取り戻した。
精神的な影響で食欲を失っていたとしても舌を反応させることができれば脳は抗えないからね。
悟りを開くための荒行に耐える僧ならばいざ知らずって訳だ。
とはいえ数日はまともに食事をしていなかったため、いきなり重いものを食すのは良くない。
ということで俺の作ったグラノーラが出されたのである。
後で聞いた話だけど食べ始めてから一度も手を止めることなく結構な勢いで完食されたそうだ。
俺はその場に立ち会わなかったから、どんな食べ方をしていたのかは知らない。
ただ、見るからに眉をひそめたくなるような汚らしい食べ方はしていないはずだ。
王族として行儀作法は徹底して叩き込まれているだろうからね。
いずれにせよ、食欲が戻ったようで何よりである。
それで何もかもが上手くいくとはいかないのが世の常というもの。
まず、空飛ぶ輸送機のお披露目は延期となったままだ。
これは殿下の体調が回復するまで待つべきだと言われてしまうと仕方がない。
普段は何ともなくても体力が低下している時ならひどい乗り物酔いになるなんてこともあるし。
それについては納得もするけど、もうひとつはねえ……
「どうしてこうなった?」
食欲が戻ったことで徐々に具合が良くなってきたのは良いことなんだけど。
何故だかレイチェル殿下が朝食の席に同席されることになったのだ。
母屋の方から離れの書庫へ向けて父アルブレヒトと姉エレオノーラと一緒に歩いてくるのを見たときは我が目を疑いましたよ?
まあ、体力回復のための散歩を兼ねているそうなので納得するしかなかったけれども。
「今日からお世話になりますね」
まるで同居するかのような挨拶をされてしまった。
さすがに書庫へ越してくるようなことはなかったので一安心。
自由を制限されるのは勘弁願いたいからね。
朝食の時間だけなら今までと大きく変わることはないので問題はないと言いたいところだったのだけど……
「シドくんの作ったものが食べたいわ」
どうやらグラノーラが大層お気に召したらしい。
それなら当家の料理人たちがグラノーラを作ってくれているはず。
そう思っていたが甘かった。
「グラノーラだったかしら。あれ以外のものも食べてみたいわね」
同じものが続けば飽きが来るのも早くて当然か。
しかも反動は大きいので変わったものが食べたくなる。
よほどの好物でもなければ殿下が食べ慣れているものでは納得してもらえないだろう。
思わぬ落とし穴であった。
見たことも聞いたこともないような珍しいものなんて縛りがきついにも程がある。
だからと言ってクリエイションの魔法で向こうの世界のものをそのまま提供するわけにもいかない。
例えばmのマークでおなじみのハンバーガーなんかは包み紙が目を引いてしまうからね。
同様にロゴマークにドミノの駒を使っているピザなんかもアウトだ。
え? 中身だけクリエイションすればいいって?
悪目立ちはしないかもしれないけど料理人たちが再現できるものでないとダメだ。
下手すると昼食や夕食まで俺が担当することになりかねないからね。
そんなのは御免こうむる。
だからハンバーガーにしてもピザにしても、こちらの世界の材料で作る必要がある。
そのレシピを料理人たちに教える手間も必要だ。
レシピ本を渡して丸投げするという手も無くはないけれど。
あと、ハンバーガーはともかく朝っぱらからピザは重い気がする。
ハンバーガーもどう仕上げるかによっては、こってり系になりかねない。
殿下は内臓にダメージがあった訳じゃないから肉はそろそろ食べるべきだとは思うんだけどね。
そんな訳であれこれと考えて作ったのがミートスパゲティ。それと水餃子と野菜のスープである。
調理作業中は背を向けていたのだけど、なにやら驚かれていた。
サイコキネシスをはじめとして炎や風の魔法を駆使していたからのようだ。
「浮いてますわよ!?」
「サイコキネシスの魔法でしょう」
殿下の質問に姉が答えている。
耳を澄ますと父は「ううむ」とうなっている。
見ている面子で当然だと思っているのは姉だけのようだ。
「今度は野菜がひとりでに細かく!?」
「ひとりでにではありません。風の魔法です」
「火の魔法をあそこまで繊細に操作できるなんて……」
「シドであれば当然です」
仕上がりに影響するのも嫌なので極力聞かないようにしていたんだけど、嫌でも耳に入ってくるから居心地はよろしくない。
そうこうするうちに料理は完成し後は盛り付けるだけとなった。
仕上げてから思ったのだけど少し重い気がする。
スパゲティでは肉が少ないかと思って具だくさんの野菜スープに肉を足したのが良くなかったかもしれない。
せめて盛り付ける際に水餃子の数を減らしておこう。
洋食と中華が入り交じった献立となったけど気にしない。
先日、姉さんにシューマイはどうかと言われたのが耳に残っていたからか。
まんまシューマイにしなかったのは、スープに入れるなら水餃子だろうと脳内で勝手に置換したからである。
何故そう思ったのかは俺にも説明できない。
なんにせよ後は盛り付けて出すだけだ。
レイチェル殿下には少なめで、父や姉には大盛りで装っていく。
護衛のオリビアと専属侍女のアンナにも別のテーブルに同じものを配膳した。
「我々まで同時にいただくのは……」
「別の席とはいえ、いただくわけにはまいりません」
オリビアは困惑しアンナはキッパリと断ってくる。
両者ともに席に着こうとすらしない。
この調子だと殿下が食べ終わるまでこのままだろう。
タイプは違えど2人とも頑固そうだもんね。
「後でって仰りましたが、殿下を待たせるつもりですか?」
「「うっ」」
俺の指摘に両名とも短く言葉を詰まらせる。
そのまま気まずそうに席に着いた。
食事が終われば母屋の方へ帰るということを失念していたのは間違いなさそうだ。
それを見た殿下はクスクスと笑っている。
「冷めないうちに食べましょう」
普通に勧めたつもりだが誰も手を動かそうとしない。
オリビアやアンナはレイチェル殿下が食べ始めるのを待っているので分かるが殿下は違う。
そして、父や姉も困惑の表情を浮かべて皿を見つめるばかりである。
どういうこと? 食べられないものを出した覚えはないんだが……
「シド、これはどうやって食べるのだ?」
アルブレヒトから聞かれるまでスパゲティのような麺類がこの国では珍しいを通り越して未知のものであるとは思ってもみませんでしたよ?
慌てて密かにアカシックレコードにアクセスしてみたけど、我がアルス国だけでなく北方の国々では小麦を麺にして食べる習慣がなかった。
まさか、そんなことだとは夢にも思わなかったよ。
迂闊だった。
「これは遠い異国の料理でして──」
本から得た知識ということにして誤魔化しながら説明していく。
一通り説明が終わったところで実演タイムとなった。
パスタの山にフォークを軽く差し込みくるくると巻いていく。
スプーンは使わない。
あれはフォークの扱いに慣れていない小さい子だけが補助するために用いる代物だ。
言ってみれば自転車の補助輪のようなものである。
「変わった食べ方をするのね」
そう言いながら見様見真似でエレオノーラが口火を切り、みんなが真似をする。
その後は何事もなく食事を終えることができた。
やれやれ、なんとかなったか。
読んでくれてありがとう。
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