126 作りますが、まずは飲んでもらいます
皆の視線が集まるという非常にやりづらい空気の中で調理をすることになってしまった。
食事を用意するだけなら、わざわざ母屋の厨房を使わなくても良かったんだけど今後のことを考慮した結果だ。
この先も俺がレイチェル殿下の食事を作り続けねばならないというのは自由が制限されてしまうのでね。
姉には当家の料理人に作業手順を見せておけば次からは料理人たちに任せられるからと言っておいた結果がこれである。
遠巻きにしている料理人たちの中からガタイのいい初老のオッサンが出てきた。
「料理長のサーカイよ」
「サーカイです」
一礼する所作から敬意が感じられる。
よそよそしかったり侮られたりという雰囲気はない。
俺に対する当たりがソフトなのはノーサムが色々と処理してくれたおかげなのは明らかだ。
居心地が悪い思いをせずにすむのは助かる。
いや、生暖かい視線を感じるので落ち着かなくはあるんだけどね。
子供が料理をするとなれば、そんな感じなのかもしれない。
とはいえ、できっこないという目で見られるよりは遥かにマシというもの。
変に挑発されたりすることもないので、その点についてはやりやすいのは間違いない。
「よろしくお願いします、坊ちゃん」
「ああ、はい」
やはりここでも坊ちゃん呼ばわりされてしまうのか。
時間が勿体ないので今回はスルーしておく。
「よろしくお願いします」
挨拶が終わったので作業に取り掛かる。
俺が頼んだ材料はすぐに用意された。
食材はオーツ麦がメインになるけど他の穀物やナッツ類、あとはベリー系の乾燥果物がいくつか。
それと牛乳とハチミツも使う。
「シド、もしかしてオートミールを作るつもりなの?」
姉が首をかしげながら聞いてきた。
材料が多いことで確信が持てないようだが渋めの表情を見る限り良い印象はなさそうだ。
味気ないとか思っているのだろう。
「違うのではないでしょうか、エレオノーラ様」
俺が口を開く前にサーカイが姉の疑問に答える。
「そうなの?」
「オートミールはオーツ麦だけで作りますので、この材料で単品だとすれば他のものだと思われます」
「では、サーカイはシドが何を作ろうとしているのか分かる?」
「申し訳ありません。材料だけでは判断しかねます」
料理長は自身の発言で方向性まで違うと思い込んでしまったみたいだな。
確かにオートミールではないけど同類なんだよね。
俺が作ろうとしているのはシリアルの一種であるグラノーラだ。
作れば分かることなので説明は省略。
そんな訳でさっそく作業に取り掛かるがテレビの料理番組のように手順ごとに説明をしたりはしない。
相手はプロ中のプロだから見せるだけで再現できるはずだし、分からなければ聞くだろう。
というか聞かなきゃならないほど手順は多くないのでチャチャッと仕上げてしまった。
「シド、これは?」
完成したものを見て姉が聞いてくる。
「グラノーラです。オートミールの仲間ですよ」
「あら、それじゃあ次は牛乳が必要になるかしら」
「そうですね。ただ、それは殿下にやってもらいましょう」
「えっ!?」
姉は驚きをあらわにしたが俺の返事はそんなに意外だっただろうか。
「どれだけ食べられるかは体調によっても変わるでしょうし、これなら量の調節がしやすいですから」
「そういうこと……。だから、これを作ったのね」
「それもありますが、これならいつでもお出しできますからね」
「今じゃダメなの?」
「まずは殿下の今の状態を確認しないと。これすら食べられない状態だったら、お出ししても意味がないですからね」
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そんな訳でレイチェル殿下が休んでいる部屋へやって来ましたよっと。
入室して最初に感じたのは数日前に呼ばれた時より少しやつれたかなという程度だった。
思ったほど悪くないのかなと思ったのだけど、話してみると見た目の印象よりも声に張りがない。
やはり先に殿下のお加減を確認しに来て正解だったな。
そんな訳で雑談しながら食欲や発熱の状態などを問診していく。
同時に固有魔法の鑑定で確認させてもらった。
鑑定するなら問診をする意味はあるのかと言われそうだけど、ちゃんとある。
ろくに会話もしないままに、こちらから要求や指示をしても抵抗感が強いだろう。
コミュニケーションを取って緊張をほぐすのは大事なことだ。
「食欲はないとのことですが、こちらも無理ですか?」
そう言いながら持参した小さなバスケットの中のものをテーブルの上に出していく。
小さめに焼き上げたクッキーなので抵抗感は薄かろうと踏んでいたのだけど……
「ごめんなさい」
一瞥した殿下はひとつも口にすることなく謝ってきた。
「いえ、お気になさらず」
殿下の食欲不振は思った以上に酷い状態だと言わざるを得ない。
まあ、それも織り込み済みだ。
というより次の一手のための布石だったと言うべきか。
「では、せめて薬だけでも飲んでおきましょう。このままでは衰弱していく一方です」
いきなり薬を出したんじゃ拒否される恐れもあったからね。
殿下には後ろめたい気持ちを抱いてもらって断りづらくさせてもらいましたよ。
その甲斐あってか用意した錠剤には手を伸ばしてもらえた。
ただ──
「お待ちください」
専属侍女のアンナ・シェフィールドに待ったをかけられてしまったけどね。
「この粒が薬だというのですか?」
不信感をあらわにした目で俺を見てくる。
こっちの世界じゃ薬と言えばポーションが一般的だから無理もない。
粉薬も無くはないという程度なので錠剤なんて見たことがなくて当然だろう。
その証拠に錠剤のことを粒なんて言ってるし。
「これは錠剤と言って粉薬を飲みやすくするために押し固めたものです」
「確かめても?」
飲んで確かめると言うのか。
「どうぞ。これは病気でない方が飲んでも大丈夫ですよ」
この錠剤の正体は薬師としての前世もある俺が調合した補中益気湯という漢方薬だ。
病み上がりなどの体力が低下している時に飲む薬で体力回復が見込める。
ただ、俺の言い方が引っ掛かったのかアンナ嬢がわずかに顔をしかめた。
「粉薬はポーションのように魔法が付与されていませんからね」
すかさずそう言うとアンナの目に込められていた疑念は弱まったようだ。
払拭しきれてはいないようなので説明を続ける。
「ものによっては健康な人にはキツかったり逆効果になったりすることがありますが──」
「これはそういうものがない薬だと?」
「そうですね」
問題ないことを証明するために1錠だけ摘まんで飲んでみせた。
減った分は補充する。
俺が飲んだことで問題ないと判断されたようで殿下が薬を飲むことになった。
フフフ、目論見通り。
実はこの薬を飲むと胃腸の働きが高まるから腹が減るんだよね。
ここで俺が悪役だったならニヤリと不敵な笑みを浮かべていたと思う。
そんな真似して不信感を抱かれるのは勘弁してほしいのでポーカーフェイスを貫いたけどさ。
読んでくれてありがとう。
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