119 とある男たちの回想と末路、あるいは始まり
その瞬間、何が起きたのか分からなかった。
部屋全体が激しい揺れに襲われたからだ。
いや、部屋だけではない。建物が地面が揺れているのか。
あり得ないほど地面が大地が縦に横に揺さぶられる。
意味が分からない。何だこれは!?
そう思ったことさえ声にならないほど動揺している。
つい先ほどまで晴れていたはずが急に嵐が吹き荒れ始めたのは前触れだったのか。
その時は多少の違和感を覚えた程度だったが、まさかこのような恐ろしいことが起こるとは夢にも思わなかった。
これぞ神罰としか思えぬほどの天変地異だ。
どう考えても神の怒りを買ったとしか思えない。
……正直に言おう。
自分は怯えているのだ。
この得体の知れない事態に。
これならばドラゴンに襲われた方がまだマシだ。
魔物の頂点にして神に最も近き超越者。
ひとたび襲われれば甚大な被害をもたらす存在ではあるが抗うくらいはできる。
だが、これはダメだ。
人に止める手立てなどあるはずがない。
何者かが触れることすらなく地面を大きく揺らし堅牢な城さえも破壊する。
そう、桁違いの破壊だ。
家具や調度品が倒れた拍子に壊れるだけならいざ知らず、壁に亀裂が走り柱が折れる。
こんなことが誰にできるというのか。
いや、定命の者に成し得るものではあるまい。
正に神の所業である。
だとすれば、これは天罰なのか。
我が国が騙し討ちのような形で進行を始めたのは事実だ。
しかしながら民への被害を最小限に抑え戦後の統治を大きな支障なく行うには最適な手段だったはず。
もっとも、敵国の王族を根絶やしにしたところで抵抗勢力すべてを排除できるわけではない。
特に厄介なのは護国大臣や辺境伯どもだ。
奴らに対抗するために大枚をはたいて用意したドラゴンの骨と魔石。
それらを用いて秘術によりドラゴンをアンデッドとして復活させようとしていた訳だが。
神の怒りを買ったのであれば、どうなることやら。
そうか。よくよく考えると死者に対する冒涜を繰り返していたな。
何しろ計画しているドラゴンだけではなく数多の人間をアンデッドにしてきたのだ。
それも生きている者たちばかりである。
死者を除けば我が国の国民は含まれていないが、神からすれば等しくすべて人なのだ。
ならば神罰が下ったとしても不思議ではないのか。
今更ながらに愚策であったと気付いてもな。
そもそも征服してしまえば敵国民ではなく自国民となることを忘れてはいけない。
作戦開始時には必要な犠牲だと考えてはいたが違ったようだ。
何をどう思おうと取り返しがつかない。
天井全体が崩壊し落ちてきた。
逃げ場など何処にもない。
それ以前にこの激しい揺れの中でまともに動けるものではなかった。
次の瞬間、視界は暗転する。
直感的に死を意識させられた。
だが、そこには悲壮も絶望もない。
どうせ俺自身は本当の勝者にはなれないのだ。
我が国がこの侵略を成功させたとしても、その手柄は俺のものではない。
根こそぎ持っていく奴がいるからだ。
一度だって覆ったことはない。
最初はわずかな希望を信じて努力もしていたが無情なる現実を前にいつしか前に進むのをやめていた。
今の俺はただただ諦念を抱くのみ。
そして、鈍く重い衝撃と激しく鋭い痛みが全身を襲った。
その後がどうなったかは知る術がない。
分かるのは絶対に助からないであろうということだけ。
あまりの痛みに死んだ方がマシだと意識を手放そうとしたくらいだ。
むしろ歓迎したいくらいである。
俺にとって死は解放である。
鬱陶しい束縛も屈辱的な抑圧も避けられなかった悪縁も何もかもから解き放たれるのだから。
願わくば死後の世界では自由でありたいものだ。
そんなものがあればだが。
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誤算だ。明らかに誤算だ。
最強の手札を手に入れられるはずだったのに、それを見届けることなく降り注いできた瓦礫に埋もれることになってしまった。
生暖かい液体が額から流れ落ちてきて右目が開けていられない。
頭からつま先まで激痛が走る。
体も言うことを聞かず指をわずかに動かすことすらできなかった。
何よりも寒い。
意識が朦朧とするとする。
このままだと死んでしまうのは間違いあるまい。
数多の死を見てきたからこそ一呼吸ごとに己の死がひたひたと忍び寄ってきているのを肌で感じる。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!
どんなに希おうと、それは叶わぬ話だ。
他人事であったときは何とも思わなかった。
何者であろうと死んでしまえば等しく物言わぬ死体でしかなくなってしまうということを。
迫り来る死を前にして、ようやく気付かされた。
思い描いた願いは生きていればこそ叶えることができるということに。
死は虚無だ。
それがどんなに残酷なことか。
何もできない。何もできないのだ。
そんなのは嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
もっとしたいことがある。
他人はそれを野望と言うだろう。
だが、自分にとってそれは願いであり使命だ。
万難を排してでも己の手で絶対に成し遂げねばならない。
だからこそ余計に生を渇望してしまう。
しかしながら、歯を食いしばろうとすることすら叶わず小さく弱々しい息が口から漏れ出るのみであった。
何故だ!? どうして志なかばで死なねばならないというのか。
こんなことが許されていいはずがない。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!
かような天変地異を引き起こすことができる人間がいるとは思わないが、そんなことはどうでもいい。
この怒りをぶつける相手など誰でもいいのだ。
呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる呪ってやる!!
呪いは力だ。
死と引き換えにしてでも必ずや……
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ゆるゆるとした微睡みの中で闇を感じた。
まるで朝日の柔らかい光を浴びているかのように。
暗く冷たいはずなのに覚醒を促してくる。
そこに活力を感じるからか。
分からない。こんなのは味わったことがない。
生まれて初めての感覚だ。
おかしなものだ。
死んだはずなのに目覚めを意識するなど滑稽にすぎる。
だが、自嘲しながらも目覚めという言葉を無視できない。
これが新たな目覚めとでも言うのかと自問した途端にずっと途切れがちだった意識が急浮上してきた。
真っ先に思い浮かんだのは疑問。
俺は私は自分は誰だ?
自問自答しても返事はない。
まるでいくつもの意識をひとつにしたような違和感だけがある。
そのことが引き金になって強い拒絶感が襲いかかってきた。
俺の私の自分の中から出ていけ!
せめぎ合う無数の意識が相争うたびにひとつまたひとつと消えていく。
いや、己の中に取り込まれていくような手応えがあった。
あるいは食ったと言うべきなのかもしれない。
そして、俺だけが残った。
読んでくれてありがとう。
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