118 姫様を目覚めさせる方法
殿下の御意向しだいとは言うけれど。
「レイチェル殿下はまだ目覚められていないのですよね」
「ああ。どこにも怪我は認められぬし疲労が蓄積していたにしても既に回復していなければおかしいのだが……」
父は昏睡する理由が不明だと言いたいようだ。
いかにも懊悩していますと言わんばかりの苦悶した表情を浮かべている。
もう何日も、そのことで頭を悩ませているのだろう。
「魔法や呪いの類いも確認したけど、かけられていないのよね」
同様に姉も困惑を隠せずにいる。
本当に2人とも原因が分からないらしい。
どう考えても残るは精神的なものだけしかないと思うのだが。
病気や怪我の治療が魔法頼りで医術の発達していない世界ではそんなものなのかもしれない。
「念のため治癒系の魔法を使ったけどダメだったわ」
それは身体的な回復を促す魔法だからだ。
ただ、心を癒やす魔法こそが必要だと気付いても使い手がいるかどうか。
俺? 使えると思うけど、俺が出張るのは打つ手なしになってからにしたい。
万が一にも外部に情報が漏れるようなことがあれば面倒なことになるのは間違いあるまい。
精神系の魔法が使えるなんて異端視されかねないからね。
「それならば護衛の方や専属侍女に話しかけてもらうのが良いかと」
「どういうことだ?」
「どういうこと?」
アルブレヒトとエレオノーラが示し合わせたようにハモりながら聞いてきた。
2人とも頭の上に大きな?マークが浮かんでいそうな顔をしている。
「殿下はショックな出来事のせいで本能が目覚めるのを拒否しているかもしれないと考えられるからです」
殺されかけたんだから、そうなっても不思議ではない。
王族とはいえ人間なんだから気丈夫だとは限らない。
そう見えるように教育はされるだろうけど。
「だったら身近な人が声をかけ続ければ心の傷も徐々に癒えていくんじゃないかと思うんですよね」
時間はかかるけど有効な回復手段となってくれると思いたい。
「なるほど。それは盲点だった」
「そういうことだったのね」
「必ずしもそうとは限りませんよ。あくまで可能性があるというだけですから」
「それでも、やれることはすべて実行すべきだ」
アルブレヒトは先程までとは異なり両の瞳に力のある光をたたえていた。
希望を見出したと言わんばかりだが大丈夫かな。
俺の推測が外れていれば失望も大きくなるだろうに。
「だったら声をかけてもらう際にバフを掛けるのはどうかしら」
エレオノーラの提案は見当違いなように思えるかもしれないが決して悪いものじゃない。
バフは身体を強化させるだけでなく士気を上げる効果がある。
つまり弱った心を魔法で奮い立たせる訳だ。
もしも俺が予想したとおりの状態であるならバフだけで姫様が回復することもあるかもしれない。
早くても数日はかかると思うけどね。
「うむ、それは良い。やってみよう。試す価値はあるはずだ」
アルブレヒトも賛同したから実行するのは確実か。
「やるならバフは弱めに掛けた方がいいですよ」
「む? そうか、なるほど。効果が切れた際の反動を考慮しないといけないな」
アルブレヒトの言う通りだ。
高揚していた心が一気に覚めてしまうと状態が悪化してしまうことだって考えられるからね。
「それなら最初に強くバフを掛けて、効果が切れる頃合いで少し弱めに掛け直すのを繰り返すのはどうかしら」
「賛同しかねますね」
「どうして!?」
自分の提案が否定されるとは夢にも思わなかったのかエレオノーラは驚きの声を上げた状態で固まっている。
「強いバフを掛けるのが問題なんですよ」
「そうなの?」
エレオノーラは問題があるとは微塵も感じていないようだ。
「落ち込んだ状態から一気に高揚したら危険だと思いませんか?」
「そうかも?」
俺の疑問を受けてもエレオノーラは何か問題がありそうだという程度の認識らしい。
今ひとつピンときていない相手にどう説明したものか。
「エリー」
俺が考えあぐねているとアルブレヒトが威厳に満ちた声でエレオノーラに呼びかけた。
並みの胆力では畏縮してまともに返事もできないくらいの迫力がある。
「なに、父さん?」
慣れている姉は特に動じることもなく応じたけれど。
「病人によく効くからと度を超した量の薬を飲ませればどうなる」
「あっ」
わかりやすい例え話にエレオノーラもさすがに気付かされたらしく、しまったという顔をする。
「ダメね。配慮が足りていなかったわ。殿下の状態を失念して治すことにばかり意識が向いてしまったのは良くないわね。もっと冷静にならないと」
「分かれば良いのだ」
反省の弁を聞いたからかアルブレヒトはエレオノーラを叱責しなかった。
言い訳をしていれば話は別だったと思うけど。
それくらい重々しい空気が流れていたのだ。
もちろん、その大本が父であったのは言うまでもない。
何にせよ父の矛がこれで収まるかと思っていたら……
「シド」
今度は俺に矛先が向いてきた。
途端に濃密な圧が押し寄せてくる。
しかしながら中身が見た目通りの子供ではない俺は身構えることもなく受け流す。
「何でしょうか?」
「この方法で殿下が目を覚まされなかったときは頼むぞ」
どうやら俺が最終手段として魔法を使うつもりであることは見抜かれていたようだ。
さすがは貴族社会の中で荒波に揉まれながら重職に就いていたと言うべきか。
いや、ここは父親だからと言った方がいいんだろうな。
子供の些細な変化も見逃さなかったのだから。
「わかりました」
微力を尽くすなどの意気込みは語らない。
言外に失敗する恐れがあると匂わせてしまうような気がしたからだ。
当たり前のように成功させるつもりだからこそ失敗を前提しにした心構えでいてはいけないと自分に言い聞かせた。
こうして、この日の話は終わったのである。
姫様がその後どうなったか気になるところだけど数日は姫様のひの字も耳にすることはなかった。
治療はしているものの目覚めていないのだろうと思って俺からも話題を振ることはしなかった。
俺がやきもきしても始まらないからね。
変化があったのはさらに数日が過ぎてからのことだ。
昼過ぎあたりに母屋の方が騒がしくなったことで姫様が目覚めたのだなと思った。
出番が無くなったおかげで目立たずにすんだと喜んでいたのだけど……
「殿下がお前と話をしたいそうだ」
翌日の朝食時に父からそんなことを言われて──
「はえっ?」
想定外の事態に思わず間抜けな声を漏らしてしまったさ。
姉にはそれで笑われてしまったさ。
赤面ものだよ。恥ずかしい。
「シドでも動揺することがあるのね」
普通にしますけど何か?
それは口には出さずエレオノーラにはジト目で抗議する。
「紹介されてもいない僕とですか?」
俺のことを知っているはずもない相手が俺と話をしたいとはどういうことだろうか。
まるで見当がつかない。
「殿下の危機を救ったのだろう。エルブレインの報告を聞いて直に礼を言いたいと仰られたのだ」
内心で「うげっ」と拒否反応を起こしていたが、どうにか表には出さずにすんだ。
同時に疑問が湧き上がっていなければ微妙なところではあったが。
「エルブレイン?」
聞き覚えのない名前に首をかしげながら呟いてしまう。
「護衛の生き残りよ」
俺が記憶を掘り起こせずにいるとエレオノーラが助け船を出してくれた。
「ああっ、あの騎士見習いの人ですかー」
男だと思い込んでいたせいで完全に失念していたよ。
「そう言えばオリビア・エルブレインという名前でしたかね」
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