117 秘術は未来を変えてしまうのか
死霊術師の秘術だって?
自らの死と数多の生け贄──先に死んでしまった者たちがその範疇に含まれているとは思いもしなかったが──を必要とする。
思い当たる節はひとつしかない。
だとすれば……
「最悪じゃないか」
まさか、タッちゃんが言うようなことになっているとは夢にも思わなかった。
後始末もせずに帰ってきたのは明らかに失敗だった。
前世でも様々な物語において定番の展開だというのに、どうしてその可能性に気付かなかったのか。
自分の迂闊さが腹立たしい。
「知っているの、シド?」
そう聞いてきたのはエレオノーラだが、アルブレヒトも大いに気になると目で語っている。
「僕の記憶が正しければ、その死霊術師は秘術によって高位のアンデッドになっているはずです」
高位ではなく最高位のと言うべきではあるか。
両手両脚の指では到底数え切れない生け贄が使われたのだから。
ただ、生け贄の質が高いとは言い難いため最高位の中では下位に位置づけられるだろう。
それでもグールに成り果て消滅したオルランよりは格上なのは間違いない。
死霊術師だったものがアンデッドとして活動を始めれば少なからぬ被害が出そうだ。
つくづく後処理をせずに帰ってしまったことが悔やまれる。
「アンデッドなら魔物と同じ扱いになるわよね」
エレオノーラはキョトンとした顔であっけらかんとした物言いをした。
事態の深刻さが今ひとつピンときていないようだ。
「被害が出ても討伐すれば済む話でしょう?」
やはり分かっていないな。
「その被害がどれほどになるかなんですよね」
「そんなに酷いことになるの?」
「下手をすると国が滅ぼされてしまうくらいには」
もしも吸血種だったら、そうなってしまう可能性が高い。
吸血で眷属を増やせるからね。
そうでなくても並みの人間では太刀打ちなどできない相手だ。
討伐するのにどれほどの犠牲が出てしまうことやら。
刺客を差し向けられることを嫌って隠者のように隠れ潜むなら話は別だが。
もっともアンデッドドラゴンの復活を目論むような輩が逃げ隠れするのかと問われると肯定しづらいところではある。
もし、そういう行動をするなら何かしらの目的のため一時的に潜伏していると見るべきだろう。
そちらの方がより厄介だ。
満を持して表に出てきたときには手がつけられなくなっている恐れがあるからね。
「ちょっと!? それってシャレにならないじゃない」
「だから言ったじゃないですか。被害の予想がつかないと」
「冗談ではないのよね」
一縷の望みを託すような目をして聞いてくるエレオノーラ。
「残念ながら」
俺は即答して姉の願いをバッサリ切り捨てた。
「そもそも並みの軍隊では相手にもならないでしょうね」
「どういうこと?」
「上位のアンデッドともなれば様々な攻撃に対して強い耐性がありますよ。場合によっては無効化されたり攻撃が通っても再生したりなんてこともあるようです」
エレオノーラは俺の説明に息をのんだ。
そこまでだとは夢にも思っていなかったものと思われる。
一方でアルブレヒトは、やや険しい表情で黙って聞いていた。
護国大臣という役職がら魔物のことには誰よりも詳しいが故か。
「早急に手を打たないと……」
エレオノーラが焦るのも無理はない。
国が滅びかねないという言葉が頭にこびりついているはずだから。
「何をするつもりですか? 言っておきますけど、ここから討伐の部隊を差し向けるのは現実的じゃないですよ」
現場との距離がどれだけ離れていると思っているのだろうか。
そもそも他領だからガチガチの戦闘装備で固めた大勢の部隊を派遣すれば内戦の引き金になりかねない。
いや、確実にそうなるだろう。
そうでなくても王が不在である我がアルス国の現状は非常に不安定だ。
この事実が国中に知れ渡ればアンデッド討伐どころではなくなるのは目に見えている。
ゲラルース王国が攻めてこなくても国が崩壊しかねない。
反りが合わない貴族が互いを屈服させるべく争いを始めたり。
領土的野心を持つ貴族が隣領への侵攻を画策したり。
何にせよ各地で動乱が巻き起こるだろう。
事と次第によっては全国規模へ拡大してもおかしくない。
それどころか最初から国全体を争いで覆ってしまう火種も無いとは言えない。
大貴族ともなれば自分が王となるべく実力行使も辞さずに動くことだって考えられるからね。
誰もが認める者が単独で名乗りを上げたなら問題ないのだけど。
根拠はないけど、おそらくそうはならないだろうという気がしている。
ひとたび不穏な状況になればレイチェル殿下が生きていることを知られてしまうとマズいことになりそうだ。
姫様を擁立して簒奪者に対抗しようと身柄の引き渡しを要求してきたり。
邪魔者は消せとばかりに暗殺者や軍勢を差し向けられたり。
いずれにせよ、こちらにも飛び火してくるだろう。
「何もできないと言うの?」
「少なくともアンデッド化した死霊術師が動き始めるまでは大胆な手は打てませんよ。よその貴族と揉めたくはないでしょ?」
「大胆な手がダメということは何か目立たない手立てがあるのね」
「強力なアンデッドが出現したかもしれないからと冒険者に調査依頼を出すくらいですが」
「調査って、ずいぶんと消極的じゃない」
「討伐依頼にするとアンデッドが確実に存在する根拠を求められますよ。その情報を何処で得たのか説明できないですよね」
事実を話したところで信じてもらえまい。
ゴーレム化させた魔道具を駆使して調べたとか龍の知識によって得た情報だとか。
そもそも国王が行方不明ということから始まっているのだ。
事実が確認されるまで誰が聞く耳を持つだろうか。
そして、確認されたらされたで真っ先に我々が疑われてしまうに違いない。
人は不穏な情報をもたらした者をなかなか信用しないからね。
迂闊な真似はできないということだ。
「それに死霊術師がどう動くか、まだ分かりませんし」
「そんな悠長なことを言っていては手遅れになるかもしれないのよ」
「被害は出るでしょうね。でも、国全体に及んだりはしません」
「根拠は?」
断言した俺に対してエレオノーラがとがめるように疑問を呈してきた。
「過去の歴史が証明していますよ。アンデッドが国を滅ぼしたことなんて一度もありません」
「それは……」
エレオノーラは言葉に詰まって何も言えなくなった。
反論されていたら、こちらが言葉に詰まらされていたんだけど。
これからもそういう事例は起こり得ないと断言できるものではないからね。
危ない、危ない。
「それに死霊術師などより姫様を守ることを優先すべきでしょう」
「確かにそれは最優先事項だな」
今まで黙って俺と姉のやり取りを聞いていた父が口を開いた。
「現状は王族がほぼ全滅していると見るべきだろう」
「でしょうね。そうなると姫様が狙われる恐れが……」
我々が黙っていればそうなってしまう可能性は低い。
本人が積極的に前へ出ようとするなら話は違ってくるけどね。
「それもあるが殿下の御意向しだいだ」
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