116 離宮も確認してみたけれど
「まさか、ここまでなんて……」
エレオノーラが言葉を失うのも無理はない。
いくつかある離宮のほとんどが王城と同じ状態だった。
父と姉が今日1日の仕事を後回しにして離宮の偵察に専念したのは正解かもね。
今でさえこうもショックを受けているのだから、いつも通り仕事を優先していたなら2人はきっと後悔したことだろう。
もしかすると助かった命があったかもしれないと。
「残るはひとつ。国境付近の要塞と兼用になっているもののみか」
アルブレヒトが呟くように言った。
いま現在は、小型ゴーレムを回収した空母を最後の離宮へと向かわせているところである。
流れていく景色は、この世界では見慣れないもののようで最初のうちは父も姉も驚きを通り越して唖然としていた。
エレオノーラなんて──
「馬車よりも速いなんて信じられない。夢でも見ているのかしら」
とまで言っていたほどだ。
「ちゃんと現実ですよ。それに自動車だって馬車より速いですよね」
「こちらは魔法で浮かせているのよね」
自動車とは違うと言いたいのだろうか。
「浮かせるのは難しくないですよ。同時に発動させている風よけの方が術式的には複雑です」
そんなやり取りをしたのが何日も前のことであるかのように錯覚してしまうほど久しく感じてしまう。
「変だな」
アルブレヒトが空母からリアルタイムで送られてくる映像を見ながら表情を険しくさせて首をわずかにかしげている。
「父さん、何が変なの?」
事情が分からないエレオノーラが尋ねた。
「離宮が見当たらない」
「まだ、ずっと先なんじゃないの?」
「そんなはずはない。この景色には見覚えがあるからな」
地元一辺倒の姉と違って役職がら国内を飛び回っている父は国境付近のこの場所にも来たことがあるようだ。
「シド、本当に道を間違えてないんでしょうね?」
「僕に聞かないでよ、姉さん。父さんに指示されたとおりの方角に空母を飛ばしているだけなんだから」
「そうだけど」
「それに、こっちには分岐している道はなかったよ」
「そうは言っても、あるはずの離宮が無いなんておかしいじゃない」
「僕に言われても困るんだけど」
本当は知っているけど、それを説明するのははばかられる。
なぜ知っているのかの追求をされるのは目に見えているからね。
そうなれば先代が歩んできた苦難の人生の数々も説明しなければならなくなる。
ただ、荒唐無稽すぎて信じてもらえないだろう。
何度も何度も何度もリトライし続け、そのすべてで報われなかったと知れば少なからず傷つくはずだ。
言えないよ。
「それよりもアレは何だろうね」
俺はモニターに映る瓦礫の山を指差した。
実は少し前から見えていたんだけど、あまりにタイミングが早いと怪しまれるから誰が気付いてもおかしくない大きさになるまで待っていたのだ。
「っ!? そんなバカな!」
一瞬、息をのんだアルブレヒトが驚愕する。
己の記憶の中にある離宮が変わり果てた無残な姿をさらしているのは容易には受け止め切れなかったようだ。
「父さん?」
エレオノーラは風景に溶け込んだかのような瓦礫の山に気付いていないらしく状況を把握できずにいる。
しょうがない。助け船を出すか。
アルブレヒトはショックが大きすぎるのか再起動待ちだからね。
「姉さん、瓦礫の山が見えませんか」
「え? あっ」
さすがにエレオノーラも気付いたようだ。
「これって離宮の……」
「ようですね。どうしてこうなってしまったのやら」
「これは人間には無理なんじゃないかしら」
「魔法でも?」
「大規模な儀式魔法なら可能かもしれないけど、ここって要塞でしょ。対策くらいしているはずよ」
外からの攻撃に対してはそうだったのかもしれない。
内からは脆かったけどね。
いずれにせよ人の手によるものではないという姉の見立ては間違ってはいない。
こうなってしまったのはタッちゃんが行動したからだし。
まあ、現場で亜空間に隠れ潜んでいた俺が原因とは言えるのだけど。
「だとしたら何が起きたのかは、ちょっと想像がつかないですね。天変地異が起きたにしては瓦礫の周囲は綺麗なようですよ」
「そうね。要塞だけを破壊しているようにしか見えないわ」
意図してそうなった訳じゃないけどね。
今にして思うと、だからこそ何かしらの工作はしておくべきだったのかもしれない。
「これでは生存者を見つけるのは絶望的かもしれません」
「ええ、分かっているわ。それでも確認はしないとね」
「はい。では、そろそろ偵察機を出します」
空母を停止させて小型ゴーレムを次々に発艦させていく。
現場へと向かわせた偵察機から送られてくる映像は見るも無惨なものだった。
「酷いわね」
さすがにエレオノーラもこれ以上の言葉が見つからないようだ。
廃墟とすら言えないほどの状態では無理もない。
そして、俺も言葉を失っていた。
数日前に去った現場とは明らかに異なっていたが故に。
瓦礫が崩れて形が変わったとかではない。
その場にあるはずのものが消えていたからだ。
「妙だな」
表情を険しくさせたアルブレヒトが呟いた。
どうにか最初のショックから復帰できたみたいだ。
「どうしたの、父さん?」
「これだけの被害なのに死体が残っていない」
「……言われてみればそうね」
「生存者が危険のない場所に退避したというのならわかるが、この状態でそれは考えにくい」
そこなんだよな。
まるで死体だけゴッソリ持ち去ったかのようだ。
「あ、ヘルメットがありましたよ」
俺が見つけた手がかりを画面の半分に拡大表示させる。
残り半分は分割表示を継続だ。
「これは……」
「ゲラルース王国の紋章ね」
「こっちの鎧にも同じ紋章があります」
こんな具合に次々と装備品や衣服を発見していくが、生存者は言うに及ばず死体のしの字も見つけることはできなかった。
誰かがここにいたであろう証拠として血痕だけはあちこちに点在していたけれど。
それが逆に謎を深めてしまう。
「本当にどうなっているんだ」
「私もそれを聞きたいわ」
「同感です」
死体が勝手に消えてしまうなんて不思議現象はあり得ない。
誰かが持ち去ったかチリも残さぬほど分解してしまったのか。
ただ、分解するなら血痕は残すだろうか。
これを実行した何者かの目的が分からない以上は何とも言えないところだが。
「おそらく死霊術師の仕業だろう」
そう言ったのは今まで沈黙を守っていたタッちゃんだ。
「それはおかしくないか?」
俺は疑問を呈する。
「死体をアンデッドにしたのだとしても服や鎧なんかを脱がせる意味はないぞ」
「そうね。あえて防御力を下げても手駒を失いやすくなるだけだし」
「アンデッドの露出狂というのは聞いたことがないな」
エレオノーラやアルブレヒトも俺の意見に同調する。
もっとも父の意見は真面目に言っているのかと問いたくなるような中身の話であったが。
「勘違いをしているぞ」
「「「勘違い?」」」
思わず親子3人でハモってしまった。
「そうだ。死霊術師は死体を従属させるアンデッドの材料にしたのではない」
「それ以外に何があると言うの?」
「秘術だ。数多の生け贄と自らの死をもって完成する類いのな」
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




