113 説明するのは骨が折れる
「シド、貴方のそばで浮いているのは何なのかしら?」
頬を引きつらせながら姉エレオノーラが聞いてきた。
「どう見ても魔物だと思うのだが、翼もなく宙に浮くとは珍しい種のようだな」
父アルブレヒトの方が回りくどくなくてストレートである。
「本人は魔物ではないと主張していますよ」
ゲートの魔法で自室に戻ってきてから朝食の時間までにタッちゃんと打ち合わせをして、こういう設定にした。
青龍は東の方位を司る守護神とされているのだし嘘にはならないだろう。
「本人って魔物が喋ることなどできる訳がないでしょう!」
眉をキリリと吊り上げてエレオノーラが吠えた。
何をそんなにピリついているのだろうか。
魔物を書庫内で放し飼いしているように見えるから?
エレオノーラの口ぶりでは魔物ではないという設定は受け入れてもらえなかったみたいだし、そういう発想になるのは無理からぬことか。
魔物はそのサイズに関係なく人畜有害とされているしなぁ。
「タッちゃんは僕が召喚しましたから、無闇に暴れたりはしませんよ」
そう説明してもエレオノーラの噛みつきそうな顔つきは変わらぬままである。
「この魔物はタッちゃんという種なのか」
父の方も魔物だと信じて疑わないようだ。
この調子では苦労して考えた設定を信じてもらうのは骨が折れそうだ。
「いえ、タッちゃんというのは僕がつけた名前です。種族は龍というらしいです。異世界でも珍しい生き物なんだとか」
「リュウ……。聞いたことのない種だな。それに異世界と言ったか?」
アルブレヒトが疲れた表情で頭を振った。
「耳慣れない言葉だが異世界とは何だ?」
そこからかぁ。
異世界と言われて、サッと具体的にイメージが思い浮かぶのは前世の世界のオタクたちくらいのものなのかもしれない。
「世界の壁を隔てた先にある、こことは異なる世界だそうですよ」
今ひとつ反応が芳しくない。
父も姉も困惑した顔で考え込んでいる。
まあ、白紙の状態からではこんな説明で理解しろという方が無理難題。
それでも理解しようと考えてくれているだけマシなのだとは思う。
「あらゆる方向へどれだけ進み続けてもたどり着くことはない場所だとか」
「それは転移魔法で跳んだとしても?」
「そのようですよ。神ならぬ身で世界間の隔たりを超えるのは召喚魔法しか手立てがないみたいです」
召喚魔法で異世界に呼び出されるのは転移系異世界もののアニメやラノベでは鉄板のシチュエーションだよな。
ただ、何も知らない相手には雑な説明でしかない。
こんなので果たして伝わるかどうか。
「そんな話は聞いたことがないがな」
「そうよね。それも文献にあったの、シド?」
「いいえ。タッちゃんと使い魔の契約を結んで情報共有しました」
「得体の知れない相手を召喚した上に契約までしたの!?」
エレオノーラが目を丸くさせている。
アルブレヒトは呆れたと言わんばかりの顔で嘆息していた。
「得体の知れないというのは勘弁してほしいですね」
タッちゃんが機嫌を損ねてしまうかもしれないとは考えてくれないのか。
いや、これはタッちゃんが何者かを理解していないからだな。
このサイズじゃドラゴンだとは思わないだろうし。
「シド、こればかりは誰に聞いても同じ様に答えるわよ」
「そう言われても興味本位でやったことじゃないですからね。でなきゃ注ぎ込めるだけの魔力を使って召喚なんてしませんよ」
「無茶するわね」
俺の魔力量が常人離れしていることを知っているエレオノーラがドン引きしている。
そのあたりのことを知らないアルブレヒトは今ひとつピンとこないようなのが対照的だった。
「貴方の魔力を限界まで使ったの?」
「だから考えなしにそんな真似しませんよ。具体的には相手を指定しませんでしたけど高潔で格の高い存在を意識して召喚魔法を行使しましたから」
姉の評価には無反応だったタッちゃんだけど、俺が「高潔」と言ったあたりで上機嫌になっていた。
他人の評価はどうでも良くて身内がどう思っているかが重要らしい。
口出ししてこないのは、そういうことなんだろう。
「最初は魔力タンクになりそうな相手をと考えていたんですけど、それで悪魔なんかが召喚されたらシャレになりませんからね」
「当たり前よっ」
すかさずエレオノーラからツッコミを入れられてしまった。
「待て待て。格が高いと言ったな、シド」
よく分からないが父は慌てているようだ。
「はい、そうですが?」
「一体なにを呼び出したのだ?」
どうやらアルブレヒトもタッちゃんがその小ささからは想像できないほどの存在であることに気付いたようだ。
「龍ですよ」
「だからそのリュウとは、どういった存在なのかと言っている」
「向こうの世界では最上位のドラゴンのようですね」
「「ドラゴン──────────────────────────────ッ!!」」
卒倒するんじゃないかと思うほどの勢いで驚いている父と姉。
こっちはその2人の姿に驚いているよ。
こりゃあ、アンデッドドラゴン復活の儀式が成功していたらどうなっていたことか。
戦場に出てきたら早々に戦意喪失したかもしれない。
こんなところでゲラルース王国の本気度が垣間見えてしまったな。
「召喚直後はそんなの分かんなくて普通に話してたんですけどね」
今度はエレオノーラだけでなくアルブレヒトもドン引きしている。
「そしたら思いのほか馬が合ったんですよ」
なるべく恐怖心が薄れるようにと軽い調子を出しながら言ってみたのだけど、思惑とは裏腹にますます引かれてしまった。
この世界でのドラゴンは俺が思っている以上に超越的な存在みたいだな。
おまけに「最上位」とか付け加えていることを思うと……
「そんな訳で友情の証しに契約しました」
契約していることを知れば少しは恐怖心もまぎれるかもと言ってみた。
「……送還防止のためか」
少し間はあったが父から確認するように問われた。
理性的に考えられるようにはなったかな。
「はい。そうです」
「つまり、このタッちゃんとやらとの力関係は……」
やっぱり気になるのはそこだよね。
「主従の状態ではないですね」
一瞬、ギョッとした顔になる父と姉だったが。
「よほど無理なことじゃなければお願いは聞いてもらえますよ」
そう答えるとホッと安堵した表情を見せた。
「無茶をする」
そう言った父に叱られはしなかったものの、これは確実に呆れられてしまったな。
なんにせよ、これでようやく異世界の説明に戻れるよ。
こっちの方が俺にとっては至難のわざだけどね。
脱線した上にゴールが果てしなく遠いとは……
結局、この日のうちに異世界の概念を父と姉に植え付けることはできなかった。
2人は忙しいから朝食時にしかゆっくり話せる時間が取れないというのはあるんだけど。
それでも数日かけて粘り強く説明を続けたにもかかわらず微塵も進展しなかったのにはサジを投げたくなったさ。
その数日の間に色々と頭の中に思い描いた計画が進められたから良かったけど、何も成果がなかったら折れていたかもしれない。
とはいえ、このまま延々と同じ説明を続けても徒労に終わるだけなのは分かっている。
そもそも何故に異世界の説明をしようとしていたんだっけと疑問を抱いてしまった時点で潮時だと思った。
とにかくタッちゃんが尋常ならざる存在であることが理解できたんだから、それで良しとしておくべきなんだろう。
最後にもう一度だけ別アプローチでの説明を試みて異世界の話は終わりにしよう。
読んでくれてありがとう。
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